2026年の幕開けから2カ月、ベトナム経済は製造業の拡大、貿易・輸出の増加など、一見すると力強い回復基調を示している。しかし、その華やかな数字の裏側では、成長の原動力における「ねじれ」、国内需要の回復遅れ、そして原材料・エネルギーコストの急騰という構造的リスクが静かに、しかし確実に蓄積されつつある。ベトナム計画投資省(現・財務省)統計総局の元総局長であるグエン・ビック・ラム博士が、ベトナム経済誌に寄稿した詳細な分析をもとに、日本の読者向けに深掘りして解説する。
製造業は好調も、コスト圧力が影を落とす
2026年1〜2月の鉱工業生産指数は前年同期比10.4%増と、2025年同期の7.5%増から2.9ポイント改善した。特に製造業(加工・組立)は11.5%増と、前年の9.1%増を大きく上回る伸びを見せた。製造業の景況感を示す購買担当者景気指数(PMI)は2月に54.3を記録し、8カ月連続で好不況の分かれ目である50を上回った。生産量と新規受注の増加が、企業の景況感を41カ月ぶりの高水準に押し上げている。
しかし、手放しでは喜べない状況だ。企業は2022年半ば以来、最も急速な原材料コストの上昇に直面している。その最大の要因は、ホルムズ海峡の封鎖という地政学リスクを背景とした原油価格の高騰である。ペルシャ湾からのエネルギー供給が滞るリスクは、世界のエネルギー価格を押し上げ、製造コストに直撃している。原油高が長引けば、その影響は輸送、物流、そして最終的な消費財価格へと波及し、今後数カ月でインフレ圧力が一気に顕在化する可能性がある。1〜2月の平均消費者物価指数(CPI)上昇率は前年同期比2.94%と、目標を大きく下回る水準に留まっているが、これは嵐の前の静けさかもしれない。
企業数は急増するも、「量より質」に課題
年初2カ月で新たに設立された企業は約3万5500社に上り、前年同期比で70.7%もの急増となった。登記資本金の総額も36.1%増加したが、1社あたりの平均登記資本金は88億ドン(約5000万円相当)にとどまり、前年同期比で20.3%も減少した。つまり、小規模な企業が大量に生まれている構図である。
さらに注目すべきは、新設企業の業種構成だ。3万5500社のうち、実に75.6%にあたる約2万6800社がサービス業に属し、その中の65.6%が卸売・小売、自動車・バイク修理、飲食・宿泊業に集中している。これは、国内の製造能力が向上しているのではなく、流通・消費の末端を担う事業者が増えているに過ぎないことを意味する。
一方で、その肝心の小売売上高・サービス消費収入は前年同期比4.5%増にとどまり、過去4年間で最低の伸び率となった。2025年同期の6.2%増、2024年同期の5.3%増と比較しても、消費者の財布の紐が固くなっていることは明らかだ。消費が冷え込む中でサービス業の新規参入が急増すれば、商業施設やサービスの供給過剰、いわゆる「オーバーキャパシティ」のリスクが高まる。
そして、市場から退出する企業の数も依然として多い。事業を一時停止した企業は5万8500社、解散手続き中が1万600社超、解散完了が約7900社。月平均で3万8500社が市場から姿を消しており、新規参入企業数は退出企業数の83.7%にとどまる。企業数は増えても、国内企業セクターの生産能力が比例して向上しているとは言い難い状況だ。
貿易収支は赤字に転落、FDI依存の構図が鮮明に
1〜2月の輸出入総額は1557億ドルで、前年同期比22.2%増と大幅に拡大した。輸出は763.6億ドル(18.3%増)、輸入は793.4億ドル(26.3%増)。輸入の伸びが輸出を上回った結果、貿易収支は29.8億ドルの赤字(輸入超過)に転じた。2025年同期は14.7億ドルの黒字(輸出超過)だったことを考えると、様相は一変している。
ここで最も注視すべきは、輸出に占める外国直接投資(FDI)セクターの圧倒的な存在感だ。輸出総額763.6億ドルのうち、国内企業セクターはわずか159.6億ドル(シェア20.9%)で、しかも前年同期比12%減と落ち込んでいる。対照的に、FDIセクターは全体の79.1%を占め、30.1%増と独走状態にある。特にコンピューター・電子部品は176.9億ドル(輸出全体の23.16%)を記録し、前年同期比40.9%増という驚異的な伸びを見せた。成長は確かにあるが、その恩恵が国内企業にほとんど波及していないという深刻な「二重構造」が浮き彫りになっている。
貿易赤字への転落は、国際収支や為替レートへの圧力を高める可能性があり、今後の金融政策運営において注視が必要なポイントとなる。
FDI実行額は過去5年で最高、公共投資は遅れ
1〜2月のFDI動向を見ると、新規認可案件は620件、登記資本金は35.4億ドルで、件数は20.2%増、金額は61.5%増となった。ただし、既存プロジェクトの増資(調整資本)は52.3%減少しており、外国企業が新規参入には積極的でも、既存事業の拡大には慎重になっている傾向がうかがえる。
明るい材料は、FDI実行額(実際に投下された資本)が32.1億ドルに達し、前年同期比8.8%増、過去5年間の年初2カ月としては最高額を記録したことだ。これは、投資が「口約束」にとどまらず、実際にベトナム国内で工場建設や設備投資に使われていることを示している。
一方、公共投資の実行額は83.5兆ドンで、年間計画の9.4%、前年同期比11.5%増にとどまった。政府は投資加速に努めているものの、国内消費が弱い中で景気を大きく押し上げるほどのスピード感には至っていない。FDIが成長のエンジンである一方、公共投資が加速しなければ、国内発の成長力は引き続きFDIセクターの後塵を拝することになる。
「FDI依存の罠」――成長の持続性を脅かす構造問題
今回の統計が浮き彫りにした最大の課題は、「FDI依存の罠」に陥るリスクである。FDIセクターが輸出の約8割を占め、成長を牽引する一方、国内企業は付加価値の低い領域や国内市場向けのサービス業に留まっている。両者の連携が弱いため、ベトナム国内に残る付加価値は限定的だ。
グローバルサプライチェーンが地政学リスクや技術サイクルに応じて急速に変動する時代、多国籍企業がベトナムから他国へ生産拠点を移す決定を下せば、輸出と工業生産はたちまち打撃を受ける。経済の「体力」はFDIという「外部の筋肉」に依存しており、国内企業という「骨格」が脆弱なままでは、持続的な成長は望めない。
グエン・ビック・ラム博士は、「FDI誘致は正しい戦略だが、国内企業がバリューチェーンに深く参加できなければ、ベトナムは単なる『工場の設置場所』であり続け、『価値を創造する場所』にはなれない」と警鐘を鳴らす。裾野産業の育成、バリューチェーンとの連携強化、そして国内企業の技術力向上が急務である。
国内消費の回復遅れが最大の懸念材料
1〜2月の小売売上高・サービス消費収入は1236.6兆ドンで、前年同期比4.5%増にとどまった。外国人観光客が470万人(18.1%増)とベトナムで消費を拡大しているにもかかわらず、この低い伸びは深刻だ。国内総需要、すなわち家計の消費意欲が戻っていないことを如実に示している。
消費は、国際貿易の変動から国内経済を守る「緩衝材」としての役割を担う。この消費が弱いままでは、経済は輸出とFDIという外部要因への依存を深めるしかなく、地政学リスクや世界経済の変調に対してより脆弱になる。最も安定した成長の柱であるべき国内消費が力を失えば、経済全体の足腰が弱くなる。
「内なる力」の強化なくして持続的成長なし
2026年年初2カ月のベトナム経済は、製造業の拡大、PMIの好調維持、FDI実行額の増加と、表面上はポジティブな指標が並ぶ。しかし、その裏では、国内企業セクターの脆弱性、FDIへの過度な依存、そして投入コストの上昇という構造的な制約が明らかになりつつある。
今後の経済運営は、単に成長率を維持することではなく、国内企業の「内なる力」をいかに強化するかにかかっている。国内企業がバリューチェーンの中核を担えるようになって初めて、成長は外部要因に左右されなくなり、変動激しいグローバル環境の中でも持続可能な発展を遂げることができる。成長が真に持続可能となるのは、国内セクターが経済を牽引できるほど強くなった時だ。日本企業にとっても、ベトナムの国内サプライヤーとの連携強化や、裾野産業への投資は、長期的なサプライチェーンの安定性を確保する上で重要な視点となるだろう。
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出典: Vn Economy












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