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ベトナムがグリーン経済への転換を加速させる中、資金・技術・政策ではなく「人材」が最大のボトルネックとなりつつある。PwCの最新調査では89%の企業がESG導入済みまたは導入予定としながらも、完全に経営に統合できているのはわずか19%にとどまり、その背景にはグリーンスキルを持つ人材の圧倒的な不足がある。
ILO・WEFが示す「グリーン雇用」の爆発的需要
国際労働機関(ILO)によれば、グリーン経済への移行は2030年までに世界全体で約2,400万人の新規雇用を生み出す見通しである。再生可能エネルギー、グリーン建築、持続可能な農業などが中心分野となる。一方、世界経済フォーラム(WEF)の報告書は、2023年から2027年の間に労働者のコアスキルの44%が変化すると指摘。データ分析、環境マネジメント、排出量インベントリ(温室効果ガス排出量の算定・報告)、ESGコンプライアンスといったスキルへの需要が急増している。
注目すべきは、「グリーン雇用」が風力発電や太陽光発電といった新興セクターだけでなく、製造業、物流、金融といった伝統的産業にも広がっている点である。製造現場ではエネルギー消費と排出量の管理が求められ、物流では「カーボンフットプリント」削減のための輸送ルート最適化が必要となり、金融では気候リスクを投資判断に組み込む能力が不可欠となっている。経済協力開発機構(OECD)も、グリーンスキルの不足がグリーン転換における最大の障壁の一つになっていると警鐘を鳴らしている。
ベトナム企業が直面する「スキルギャップ」の実態
ベトナムでは特に輸出産業を中心に、グリーン人材への圧力が急速に高まっている。PwCが発表した「ESG Progress Tracker 2025」によると、ベトナム企業の89%がESGに着手済みまたは着手予定であるにもかかわらず、経営モデルに完全統合しているのはわずか19%に過ぎない。この大きなギャップは、実行能力——とりわけ人材面の限界を如実に映し出している。
具体的に不足が顕著なポジションとしては、カーボン排出量インベントリの専門家、ESGデータ分析人材、製品ライフサイクルアセスメント(LCA)の専門家、国際基準コンプライアンス担当者などが挙げられる。これらはいずれも環境・金融・テクノロジーを横断する学際的スキルが求められる職種であり、ベトナムではまだ極めて新しい領域である。
データ活用能力の面でもギャップは鮮明である。78%の企業がESGデータを収集しているものの、高度な分析ツールを活用しているのはわずか3%、ESG報告書の独立監査を実施しているのは約33%にとどまる。つまり、大半の企業はデータを「価値ある情報」や「信頼できる報告」に転換するだけの人材を確保できていないのが現状である。
ESGガバナンス体制も未成熟であり、ESG担当リーダーに具体的なKPIを設定している企業は約30%にすぎない。多くの企業ではESGを依然としてCSR(企業の社会的責任)活動や広報の一環と位置づけており、経営の根幹に組み込まれていないため、専門人材への投資も後手に回っている。
ベトナムの縫製・アパレル産業は、クリーン生産に向けた再構築で先行する業種の一つであるが、同時に労働集約型産業でもある。現場の作業員レベルからグリーンスキルを浸透させる必要があり、その教育コストと時間は決して小さくない。
「リスキリング」こそがグリーン転換の鍵
グリーン経済の特徴は、新たな雇用を創出するだけでなく、既存の職務内容そのものを変質させる点にある。したがって、転換とは単に新規採用を増やすことではなく、労働力全体のスキルを再構築(リスキリング)することを意味する。
しかしベトナムの教育・訓練体系は、この要請にまだ追いついていない。環境、再生可能エネルギー、持続可能な開発に関する教育プログラムは分散しており、企業ニーズとの連携が不十分である。カーボンインベントリ、ESG報告、グリーンファイナンスといった新しいスキルは、まだ広く普及していない。
アジア開発銀行(ADB)は、開発途上国がグリーン経済の機会を活かすためには、リスキリング(再教育)とアップスキリング(技能向上)を強力に推進すべきだと提言している。これは国際基準への適合を助けるだけでなく、長期的な成長基盤の構築にもつながる。ESG基準がグローバルサプライチェーンにおける事実上の「通行証」となりつつある今、人材は補助的な存在から決定的な競争要因へと格上げされている。適切な人材なしには、排出削減策の実行、データガバナンス、基準遵守のいずれも困難であり、市場喪失のリスクに直面する。逆に、グリーンスキルへの早期投資を行う企業は、競争力と資金調達の両面で明確な優位性を得る。
国際的な経験が示すように、グリーン転換はスキル転換と同時に進めなければ成功しない。ベトナムにおいては、政府・教育機関・企業の三者が連携し、「グリーン人材エコシステム」を構築することが急務であると多くの専門家が指摘している。
投資家・ビジネス視点の考察
本件はベトナム株式市場において複数の角度から注視すべきテーマである。
第一に、ESG対応の遅れは輸出企業の業績リスクに直結する。EU(欧州連合)のCBAM(炭素国境調整メカニズム)やサプライチェーンデューデリジェンス規制が本格化する中、鉄鋼(ホアファットグループ/HPG)、繊維(ビナテックス/VGT)、水産(ヴィンホアン/VHC)など輸出比率の高い銘柄は、グリーン人材確保の巧拙が中長期の受注維持に影響を及ぼす可能性がある。
第二に、教育・研修関連セクターに商機がある。ESGコンサルティング、カーボン会計ソフトウェア、企業研修プラットフォームなどの領域は、今後需要が急拡大する見込みである。ベトナム国内ではまだプレイヤーが限られており、日系企業にとっても進出余地は大きい。
第三に、2026年9月に判定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げとの関連性も見逃せない。格上げが実現すれば海外機関投資家の資金流入が加速するが、彼らはESGスコアリングを投資判断に組み込む傾向が強い。ベトナム上場企業のESG開示・ガバナンス水準が人材不足により低水準にとどまれば、せっかくの格上げ効果が減殺されるリスクがある。逆に、ESG体制を早期に整備した企業は、格上げ後の外資流入の「受け皿」として選好されやすくなるだろう。
第四に、日本企業への示唆。ベトナムに生産拠点を持つ日系メーカーにとって、現地サプライヤーのグリーン対応力不足はサプライチェーン全体のESGリスクとなる。現地パートナーへの研修支援やグリーンスキル移転を戦略的に位置づけることが、自社のESG評価向上にもつながる。
総じて、ベトナムのグリーン人材問題は一過性のトピックではなく、同国経済の構造転換の成否を左右する中核的課題である。投資家としては、個別企業のESG体制——とりわけ人材投資の本気度を、財務指標と同等の重要性をもって評価すべき局面に入っている。
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