ベトナム経済が大きな転換点を迎えている。2025年のGDP成長率は8.02%を記録し、新型コロナからの回復期を除けば過去15年間で最高水準となった。しかも、インフレ率は3.31%と目標の4.5%を大きく下回り、「高成長と物価安定の両立」という理想的な結果を残した。だが、この華々しい数字の裏には構造的な課題が潜んでおり、ベトナムは今、1986年の「ドイモイ(刷新)」以来となる経済モデルの根本的な変革——いわば「ドイモイ2.0」——に踏み出そうとしている。
2025年の経済実績:数字が示す光と影
2025年のベトナム経済は、主要指標がいずれも目標を達成した。小売売上高指数(RSI)は前年比9.8%増、鉱工業生産指数(IIP)は同10.1%増と、コロナ禍からの正常化が着実に進んでいることを示した。製造業購買担当者指数(PMI)も拡大・縮小の分岐点である50を上回る水準を維持し、年末には53.8を記録。企業の景況感は良好だ。
物価面でも、12月の消費者物価指数(CPI)上昇率は前年比3.48%、コアインフレ率は3.27%にとどまり、政府が「成長優先のために許容する」と設定した4.5%の目標を大きく下回った。金融緩和を続けながらもインフレを抑制できたことは、政策運営の成功といえる。
貿易面では、輸出入総額が過去最高の9,300億ドルに達し、前年比18.2%増を記録。ベトナムは世界の貿易大国トップ15に入る存在となった。しかし、ここに最初の課題が見える。輸出の約80%は外資系企業(FDI企業)が担っており、FDI企業の輸出が26%増加する一方、国内企業の輸出は6%減少した。金融・財政政策の恩恵を受けるべき国内企業が、輸出分野で期待通りの成果を上げられていない現実がある。
構造的リスク:FDI依存と市場集中
ベトナムは17の国・地域と自由貿易協定(FTA)を締結し、多くの国と戦略的パートナーシップを結んでいる。しかし、貿易相手国は特定の国に集中している。輸入の約30%は中国から、輸出の約30%は米国向けだ。この構造は、米国の関税政策や中国との通商摩擦といった外部ショックに対する脆弱性を意味する。
「協定を結んだ以上、それを実行に移す」という姿勢で、FTAを実効性のあるものにし、貿易相手国の多角化を進めることが急務となっている。
成長の原動力:金融政策への過度な依存
2025年の経済成長を支えた最大の要因は、積極的な金融緩和と信用拡大だった。ベトナム国家銀行(中央銀行)のデータによれば、2025年の信用成長率は19.1%に達し、過去の平均である15%を大きく上回った。対GDP比での信用残高は146%に達し、同程度の所得水準にある国々の中で最も高い水準にある。
一方、預金の伸びは14%程度にとどまり、資金需給の逼迫から金利上昇圧力が早期に顕在化しつつある。信用主導の成長は、資産価格の上昇によるバブルリスクと、金利上昇による企業の資金調達コスト増加という二重のリスクをはらんでいる。
もう一つの成長ドライバーとして期待された財政政策・公共投資も、十分に機能したとは言い難い。2025年末時点で公共投資の執行率は計画の70%にとどまった。財政赤字の上限をGDP比4%から4.5%に引き上げ、公共支出のGDP比を2012年以来最高の7.5%まで拡大したにもかかわらず、この結果だ。投資実行能力の向上が喫緊の課題である。
「ドイモイ2.0」への道筋:何が変わろうとしているのか
2026年、ベトナム国会は10%超の経済成長目標を承認した。同時に、インフレ率4.5%以下、マクロ経済の安定維持も求められている。しかし、国家金融通貨政策諮問委員会は政府に対し、「金融政策のさらなる拡大は控え、より慎重な運営を行うべき」と勧告した。信用拡大に依存した成長モデルのリスクを直視した警告である。
中央銀行は2026年の信用成長目標を15%に設定した。これは過去の平均水準であり、2025年当初に掲げた16%よりも低い。「リスクの高い不動産セクターへの融資を注視する」というメッセージも発せられた。
こうした動きは、短期的には有効だった信用拡大モデルから、より持続可能な成長モデルへの転換が始まったことを示している。
改革の三本柱:インフラ、行政、経済思想
政府は新たな成長モデルの基盤構築に向け、三つの柱で改革を進めている。
第一に、インフラ整備だ。官民の資金を活用し、交通・物流、住宅、エネルギーなど全国250の大規模プロジェクトが始動した。単なる公共投資の拡大ではなく、経済インフラの連結性を高め、長期的な経済能力の向上を目指すものだ。
第二に、行政・統治機構の改革である。2025年は「行政のスリム化と権限移譲」が明確に打ち出された年だった。省・市の統合、基層レベル(郷・村)の行政機能の上位への集約が進められ、意思決定の効率化と責任の明確化が図られている。
第三に、経済思想の刷新だ。国有経済に関する「第79号決議」と民間経済に関する「第68号決議」が発布された。両決議は「革新」「創造」「ガバナンス」「透明性」を核心に据え、互いに補完し合う。民間セクターは成長と雇用創出の主要な担い手と位置づけられ、国有セクターはエネルギー、インフラ、金融など戦略分野に集中し、経済の安定と方向付けを担う。
これらの決議が真剣に実行されれば、競争力が弱く資金・技術へのアクセスが困難だった民間企業、効率性が低く透明性に欠けていた国有企業の双方に根本的な変化をもたらす可能性がある。1986年のドイモイが「計画経済から市場経済への転換」という「考え方の変革」だったとすれば、今回の改革は「どうやって市場経済を運営するか」という「やり方の変革」だ。筆者はこれを「ドイモイ2.0」と呼びたい。
証券市場の進化:投機から投資へ
2025年、ベトナム証券市場は大きな節目を迎えた。FTSE Russellが正式にベトナムを「フロンティア市場」から「セカンダリー・エマージング市場」に格上げすると発表したのだ。これは政府による資本市場整備の努力が国際的に認められた証であり、海外からの投資資金を再び呼び込む基盤が整ったことを意味する。ホーチミン市とダナンに国際金融センターを設立する計画も、この方向性を裏付けている。
これまでベトナムの株式市場は金融政策のサイクルや企業の「煽り」に左右され、バブルの膨張と崩壊を繰り返してきた。しかし、新たな経済運営のあり方が定着すれば、市場はファンダメンタルズ(経済と企業の基礎的条件)に基づいて動くようになるだろう。実際、優良企業には投資家が集まり、株価操作や不正な情報発信は以前ほど見られなくなっている。「株を『投機』するのではなく『投資』する」という意識変革が進んでいる。
日本企業への示唆
ベトナムの「ドイモイ2.0」は、日本企業にとって注視すべき動きだ。行政改革による許認可手続きの効率化、インフラ整備による物流コストの低減、民間セクターの競争力向上は、進出日系企業のビジネス環境改善に直結する。一方で、信用引き締め局面への移行は、現地パートナー企業の資金繰りや不動産市場の動向に影響を与える可能性がある。
また、証券市場の格上げは、ベトナム株への投資機会の拡大を意味する。新興国市場に投資するファンドがベトナムを投資対象に加えやすくなり、資金流入が期待される。日本の個人投資家にとっても、より透明性の高い市場でベトナムの成長に参加できる環境が整いつつある。
ベトナムは「高成長の維持」と「持続可能な成長モデルへの転換」という難しい舵取りに挑んでいる。その行方は、東南アジア経済全体の方向性を占う上でも重要な試金石となるだろう。
出典: Vn Economy
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