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ベトナム共産党が相次いで打ち出した二つの中央決議──「第66号決議(Nghị quyết 66-NQ/TW)」と「第57号決議(Nghị quyết 57-NQ/TW)」──が、同国の国家統治のあり方を根底から変えようとしている。前者は法制度の刷新と地方への徹底的な権限移譲、後者は科学技術・デジタルトランスフォーメーション(DX)の戦略的推進を柱とする。この二つが連動することで、ベトナムは「制度改革×デジタル化」による新たな国家運営モデルの構築に本格的に乗り出した。2026年を「行動の突破・成果の拡散の年」と位置づけるトー・ラム(Tô Lâm)書記長の号令のもと、改革は実行フェーズに入っている。
第66号決議──「お伺い・許可」型から「権限移譲・責任追及」型へ
2025年4月30日に公布された第66号決議は、ベトナムの法制度改革における「突破の中の突破」とも称される画期的な文書である。その核心は、地方政府への大幅な権限移譲(分権・分級)の推進だ。従来のベトナムの行政は、中央政府に権限が集中する「xin – cho(お伺い・許可)」体制が長年続いてきた。地方自治体が何らかの施策を実施しようとするたびに中央の承認を求める構造であり、意思決定の遅延や責任の所在の不明確さが慢性的な問題となっていた。
第66号決議はこれを抜本的に転換し、「地方が決定し、地方が実行し、地方が責任を負う」という原則を明確に打ち出した。行政機構の簡素化(2〜3層の政府モデル)と一体で進められるこの改革は、地方政府の位置づけを「中央の指示を執行する機関」から「自ら意思決定する主体」へと変えるものである。
第66号決議を受け、政府は具体的な実行計画として「第140号政府決議(Nghị quyết 140/NQ-CP)」を策定。公共投資、予算、都市計画、土地、科学技術など多岐にわたる分野で49の重点課題を設定し、法制度上のボトルネック(「法律の詰まり」)を解消する作業に着手している。
ハノイ・ホーチミン市──二大都市の対応
首都ハノイ(Hà Nội)では、市党委員会が「計画第350号(Kế hoạch số 350-KH/TU)」を公布し、法制度の整備と運用の質を主体的に高める方針を打ち出した。ヴー・ダイ・タン(Vũ Đại Thắng)ハノイ市人民委員会主席は、国会常務委員会および国会に対し、ハノイ市への徹底的な権限移譲を求めている。とりわけ注目されるのは、中央がまだ具体的な規定を制定していない分野について、ハノイ市が独自に法的文書や規定を発出し、法律や国会決議の施行を先行的に組織・指導できるようにするという要望である。これは中央集権的な体制からの大きな転換を意味する。
一方、ホーチミン市(TP.HCM)は「行動プログラム第01号(Chương trình hành động số 01-CTrHĐ/TU)」および「計画第63号(Kế hoạch số 63/KH-UBND)」を策定し、2030年までに同期的・透明・実行可能な法制度体系の構築を目標に掲げている。同市の改革の特徴は、単に「意思決定を速くする」ことにとどまらず、中間的な手続き層の削減、電子データで代替可能な不要な手続きの廃止、そして「管理する行政」から「奉仕する行政」への発想転換を志向している点にある。
しかし、権限移譲には本質的なリスクも伴う。権限を移譲しても、その行使結果を測定する手段がなければ、「権限はあるが怖くてやれない」あるいは「やったが責任の所在がわからない」という「責任の空白地帯」が生じかねない。第66号決議は「誰が何をできるか」を再設計したが、「どこまでやったか、効果はどうか、最終責任は誰か」という問いには、それ単独では答えきれない。ここで登場するのが第57号決議である。
第57号決議──「デジタル神経系」が分権を機能させる
2024年12月22日に公布された第57号決議は、科学技術の突破的発展、イノベーション、デジタルトランスフォーメーションを国家戦略の中核に据えた決議である。第66号決議が「法制度の頭脳」だとすれば、第57号決議は「デジタル神経系」として、国家システム全体の情報伝達と監視機能を担う。
同決議の核心は単なるデジタル化ではない。リアルタイムでの測定・監視能力の構築であり、これこそが分権を実効性あるものにする前提条件となる。トー・ラム書記長が自ら「科学技術発展・イノベーション・DX中央指導委員会」の委員長を務め、陣頭指揮を執っている。
実施から1年余りで、成果は数字に表れ始めている。財務省統計局のデータによれば、2025年のデジタル経済のGDP寄与率は14.02%、規模にして約721億ドルに達した。約7万9,000社のテクノロジー企業が設立され、イノベーション・エコシステムの拡充も進んでいる。しかし、これらの数字以上に重要なのは、国家統治のための「ソフトインフラ」が形成されつつあるという点である。
公共サービス分野では、2026年初頭時点でオンライン完結型の申請処理率が約51%に到達した。国家公共サービスポータル(Cổng Dịch vụ công quốc gia)は「デジタル・ワンストップ」モデルへと進化しつつある。手続きが標準化され、データが記録・追跡され、責任の所在が透明化される──これは権力行使の仕方そのものを変える構造的変化である。
特筆すべきは、各地で整備が進むスマート運営監視センター(IOC:Intelligent Operations Center)の存在だ。リアルタイムデータ、AI分析、KPIダッシュボードを統合したこれらのセンターにより、まったく新しい監視メカニズムが構築されつつある。すべての行政活動がデジタル化され常時追跡される環境では、「権限を渡す」ことは「統制を緩める」ことではなく、「管理可能な形で権限を委譲する」ことになる。
北欧30年の教訓──ベトナムは5〜7年で追いつけるか
記事は重要な国際比較も提示している。分権と監視の両立は、ベトナム固有の課題ではない。北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、デンマークなど)は、透明なデータシステムとリアルタイム監視が伴って初めて分権が機能するという結論に至るまで、約30年の試行錯誤と多大なコストを費やした。
ベトナムは「後発者の利点」を活かし、このプロセスを5〜7年に短縮できる可能性があるとされる。ただし、その条件は明確だ。制度改革(第66号決議)とデジタル化(第57号決議)が分離されず、同期的に推進されることである。デジタル基盤なき法改正は「権限はあるが行使できない」状態を生み、法的裏付けなきデジタル化は「技術はあるが使い道がない」状態に陥る。二つの決議は独立した文書ではなく、相互補完的な一つの改革構造を形成している。
トー・ラム書記長は2026年について「制度設計から実行へ重心を移し、成果を測定し、国民と企業に具体的な価値を届ける年」と位置づけている。
投資家・ビジネス視点の考察
ベトナム株式市場への影響:この二大決議の実行は、ベトナムの投資環境に中長期的なポジティブインパクトをもたらす可能性が高い。行政手続きのデジタル化・簡素化は、公共投資案件の認可スピード向上に直結し、建設・インフラ関連銘柄にとって追い風となる。また、土地・都市計画の分権が進めば、地方の不動産開発プロジェクトの意思決定が迅速化し、不動産セクターにもプラスに働き得る。ITサービス・DX関連企業(FPTなど)は、IOC構築や公共サービスのデジタル化需要の直接的な受注者として恩恵を受ける立場にある。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2026年9月に判断が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げにおいて、ベトナムの制度的透明性・市場アクセス環境の改善は重要な評価項目である。第66号決議による法制度の整備・簡素化、第57号決議による行政のデジタル化・透明化は、いずれもFTSEが重視する「市場の効率性」「規制環境の整備度」に好影響を与える要素だ。直接的な証券市場改革ではないものの、国家統治全体の透明性向上は格上げ審査においてプラス材料と評価される可能性がある。
日本企業への示唆:ベトナムに進出している、あるいは進出を検討している日本企業にとって、この改革は注視に値する。地方自治体が独自に意思決定できる範囲が広がることは、ハノイやホーチミン市以外の地方都市(ダナン、ハイフォン、ビンズオンなど)への投資・進出において、許認可プロセスの迅速化や地方独自のインセンティブ設計につながる可能性がある。一方で、地方ごとの運用にバラつきが出るリスクもあり、進出先の地方政府のDX進捗度を見極めることが新たな重要指標となるだろう。デジタル基盤が整った地方ほど、分権のメリットを享受しやすいという記事の指摘は、投資先・拠点選定の実務的な判断材料として有用である。
ベトナム経済全体の文脈:デジタル経済がGDPの14.02%を占めるまでに成長し、約7万9,000社のテクノロジー企業が存在するという事実は、ベトナムがもはや「安価な労働力」だけの国ではないことを明確に示している。制度とテクノロジーの両輪で国家運営を高度化しようとするこの動きは、ベトナムが中所得国の罠を回避し、より付加価値の高い経済構造へ移行するための構造改革の一環として捉えるべきである。
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