ベトナムで急成長が期待される無人航空機(UAV=ドローン)産業が、深刻な法整備の遅れに直面している。民間企業の経済発展に関する研究委員会(通称「第4委員会」=Ban IV)がまとめた報告書によれば、UAVの研究開発・製造・商業化に関わる法的枠組み、技術基準、行政手続きのいずれにおいても大きな「空白」が存在し、企業活動に深刻な支障を来している実態が明らかになった。ベトナム政府はUAVを国家戦略技術の一つに位置づけているにもかかわらず、現場の規制環境がそれに追いついていない矛盾が浮き彫りとなっている。
サンドボックス制度の不在――試験飛行すら困難な現実
報告書がまず指摘するのは、UAVの試験的運用を認める「サンドボックス(規制の砂場)」制度が国家レベルで存在しないことである。サンドボックスとは、新技術の社会実装を促すために、一定の条件下で既存規制を緩和し、実証実験を可能にする仕組みだ。欧米や日本、シンガポールなどでは都市部でのドローン配送実験などに広く活用されているが、ベトナムではこの枠組み自体が未整備のままだ。
ホーチミン市など一部の地方自治体は独自の特例措置を設けているものの、試験飛行のたびに国防省作戦局(Cục Tác chiến)の許可を個別に取得する必要がある。飛行範囲、高度、飛行回廊、リスク上限といった具体的な規定も定められておらず、新技術の試験環境としてはきわめて不十分な状況にある。
さらに深刻なのは、国防省から製造許可を取得した企業であっても、専用の試験飛行場が存在しないことだ。多くの企業は空き地や河川敷、工場敷地内で試験飛行を行っているが、そのたびに複数の行政機関から許可を取得しなければならず、商業化前の安全性評価プロセスが大きく遅延する要因となっている。
技術基準と検査体制の「二重の空白」
技術基準についても課題は山積している。国防省は2025年にUAVおよびその他の飛行体に関する技術基準・規格の一覧を定めた通達第39/2025/TT-BQP号を発布した。しかし企業側の指摘によれば、ベトナム国内にUAV専用の国家技術基準は依然として存在しない。参照されている一部の国際基準はすでに有効期限が切れているか、民生用ドローン、産業用ドローン、物流用ドローン、セキュリティ用ドローンといったセグメント別の分類がなされていない状態だという。
加えて、商業用UAVを市場に投入する前の強制的な検査制度も、飛行任務前の機体状態検定プロセスも未整備である。有人航空機では当然とされるこれらの安全措置がUAVには適用されていないため、事故発生時の責任追及が困難になるリスクが高まっている。
パイロット養成制度が事実上の「空白状態」
人材育成の面でも問題は深刻だ。2025年に公布された政令第288/2025/NĐ-CP号は、教育機関によるUAVパイロットの養成を認めている。しかし、国防省は具体的な実施細則を定めた通達をいまだ発布しておらず、試験実施機関、教育プログラムの基準、安全基準のいずれも明確にされていない。結果として、UAVパイロットの養成・資格認定制度は事実上まだ立ち上がっていない状態にある。
ベトナムでは近年、農業散布用ドローンや測量用ドローンの利用が急速に広がっており、操縦者の技術水準を担保する仕組みの欠如は、安全上の重大なリスク要因となりかねない。
「メイド・イン・ベトナム」の定義すら不在
企業がとりわけ困惑しているのは、「ベトナム製UAV」の定義が存在しないことである。国産化比率、設計、ソフトウェア、部品のいずれについても、何をもって「ベトナム製」とするのかの基準が定まっていない。このため、輸出時の原産地証明書の発行手続きも不透明で、国防省への輸出許可申請プロセスも複雑を極め、海外市場の開拓を目指す企業にとって大きな障壁となっている。
ベトナムは近年、電子機器の製造拠点としての存在感を急速に高めているが、高付加価値製品であるUAVの輸出においては、こうした制度的な未整備が競争力を削いでいる格好だ。
飛行データ管理と国家UTMシステムの必要性
報告書はさらに、UAVの飛行データ管理に関する規定の欠如にも警鐘を鳴らしている。現状では、飛行ログデータの記録・送信を義務づける仕組みがなく、飛行許可証に記載された座標とリアルタイムで照合するための監視システムも存在しない。データの海外流出を防ぐための管理メカニズムも未整備である。
こうした状況を踏まえ、企業側はベトナム版の国家UAV運航管理システム(UTM=UAV Traffic Management)の構築を提案している。具体的には、飛行データを国内の通信ネットワーク経由で送信し、ベトナム国内に設置されたサーバーに保管する体制の整備を求めている。データ主権の観点からも、この提案は今後の政策議論の焦点となる可能性が高い。
部品輸入に数カ月――サプライチェーンを圧迫する行政手続き
UAVの研究開発・製造だけでなく、部品・機器の輸入についても企業は多くの困難に直面している。政令第288号によれば、UAV関連の部品・機器の輸入許可は省レベルの人民委員会が発行するが、その前提として国防省および公安省の意見聴取が必要となる。
実際の手続きの流れはこうだ。まず企業が省人民委員会に書類を提出し、それが商工局に回される。商工局は公安省と国防省に意見を照会し、さらに地方の軍事指揮部が審査を行い、最終的に商工局が輸入許可証を発行する。規定上の処理期間は書類が完備していれば約11営業日とされているが、企業によれば実際には数カ月を要するケースも珍しくないという。
多くのUAV部品を輸入に頼っている現状において、この手続きの煩雑さはサプライチェーンの断絶やコスト増加に直結する。企業側は、製造用の投入部品を明確に分類し、より柔軟な管理メカニズムを適用するよう求めている。また、輸入許可を貨物ロットごとではなく製品モデルごとに一括で管理する方式への移行も提案されている。
修理・保守人材の要件にも現場とのズレ
UAVの修理・保守に関する規定についても、企業から見直しの声が上がっている。政令第288号では、UAVの製造・修理・保守サービスを提供する企業は、航空工学の専門教育を受けた人材を最低3名確保する必要がある。しかし、実際のUAVエンジニアは空気力学、情報技術、電気・電子工学、メカトロニクスなど多様な工学分野の出身者が中心であり、これらはいずれもUAVの設計・運用に直接関連する専門領域である。
航空工学の専門教育に限定した人材要件は、UAV産業の実態と乖離しており、国内の専門教育体系や技術基準が未整備な現状では、この規定自体が企業にとって実質的な参入障壁となっている。
企業が求める政策パッケージ――税制優遇から用地確保まで
以上の課題を踏まえ、企業側は政令第288号の下位規定となる詳細なガイドラインの早期策定を強く求めている。具体的には、サンドボックス制度、試験飛行区域、実験用の型式検査、「メイド・イン・ベトナム」UAVの認定基準などを明確にする文書の発行が急務だとしている。
さらに、首相決定第2815/QĐ-TTg号に基づく国家科学技術・イノベーションプログラムにおいて、UAVは優先的に推進すべき戦略的技術製品の一つに位置づけられていることを根拠に、税制優遇、用地確保の支援、初期段階における財政支援といった特別な政策パッケージの検討を提案している。
日本企業への示唆――リスクと商機の両面
今回の報告書が浮き彫りにしたベトナムUAV産業の規制環境は、同国への進出や協業を検討する日本企業にとって重要な示唆を含んでいる。ベトナム政府がUAVを国家戦略技術に指定していることは、中長期的に見れば同分野への政策的支援が拡充される可能性を示している。一方で、現時点では法的枠組みの未整備により、事業予見性が低い状態が続いている。
日本ではすでにレベル4(有人地帯での目視外飛行)の制度化が進んでおり、ドローン関連の技術基準や操縦者ライセンス制度も整備されつつある。こうした知見やノウハウは、ベトナム側が制度設計を進める上で参考となる可能性があり、規制整備支援という形での日越協力の余地も考えられる。ベトナムのUAV市場が本格的に離陸するためには、今回企業が指摘した法的空白がどの程度のスピードで埋められるかが鍵となるだろう。
出典: Vn Economy
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