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ベトナムの二大都市ハノイとホーチミン市が、基礎医療(コミューンレベルの診療所)の機能を大幅に拡充し、疾病スクリーニングや電子健康記録の全国民導入、遠隔医療(テレメディシン)、さらにはドローンによる検体輸送まで実用化し始めている。新型コロナ後の医療体制改革が本格的に動き出した形だ。
コロナ禍が浮き彫りにした基礎医療の重要性
5年前、新型コロナウイルスのパンデミックが猛威を振るった際、各地の社(xã)・坊(phường)・鎮(thị trấn)レベルの診療所(トラムイテー=trạm y tế)が、濃厚接触者の追跡、ワクチン接種、地域での患者ケアの最前線として機能した。パンデミック終息後、この経験を踏まえ、ベトナム政府は基礎医療の役割をさらに拡大する方針を打ち出している。現在、各地の診療所では予防接種や感染症対策だけでなく、一般的な診療、非感染性疾患(NCDs)の管理、定期健康診断、治療に関する相談まで受けられるようになっている。
ハノイ:2,800億ドンから4,054億ドンへ投資を拡大
ハノイ市には現在126か所の社・坊レベル診療所があり、約8,000人の医療従事者が配置されている。そのうち医師は1,100人超である。2021年〜2025年の期間に、市は約2,800億ドンを投じて400か所以上の診療所を改修・グレードアップしてきた。さらに2026年単年では、基礎医療向け予算が4,054億ドン超に達する見込みで、うち2,311億ドン超が住民の定期健康診断に充てられる。この数字は、基礎医療の能力向上に対するハノイ市の強い決意を反映している。
電子カルテ・VNeID・デジタル診療所の導入
ハノイ市衛生局の局長グエン・チョン・ジエン(Nguyễn Trọng Diện)氏によると、共産党中央委員会の第72号決議(Nghị quyết số 72-NQ/TW)の実施に伴い、ハノイ市の医療部門は住民を中心に据えた複数の施策を同時並行で推進している。最も注目すべき成果の一つが、全住民を対象とした電子健康記録(hồ sơ sức khỏe điện tử)の導入である。これはライフサイクル全体を通じて住民の健康状態を管理・追跡するための基盤となるものだ。
ハノイ市はまた、一部地域で2階層モデルの「デジタル診療所」を先行導入しており、医療サービスの提供方法を段階的にデジタル化している。各診療所では、国民IDカード(căn cước công dân)をVNeIDアプリ上で統合し、初診登録に活用することで行政手続きを大幅に簡素化した。これにより住民の待ち時間が削減され、医療スタッフが専門業務や患者ケアに集中できる環境が整いつつある。電子健康記録のデータは「正確・完全・クリーン・ライブ」の4原則で整備が進められている。
ドローン検体輸送とテレメディシンの実用化
具体的な先進事例として、ドゥックザン総合病院(Bệnh viện Đa khoa Đức Giang)は、病院と近隣診療所間の検体輸送にドローンを試験導入している。また、サンポール病院(Bệnh viện Xanh Pôn)、タインニャン病院(Bệnh viện Thanh Nhàn)、バクマイ病院(Bệnh viện Bạch Mai=ベトナム最大級の国立総合病院)、ハノイ医科大学病院(Bệnh viện Đại học Y)などが遠隔医療(テレメディシン)を通じて下位医療機関への研修・専門支援を強化している。ハノイ市では中央病院や研究機関、医科大学の専門家ネットワークを共有する仕組みも構築中で、包括的な「ヘルスケア・エコシステム」の形成を目指している。
現時点でハノイ市内の45か所の診療所が総合クリニック(phòng khám đa khoa)基準を達成しており、最終的には126か所すべてを総合クリニック化する目標を掲げている。これにより住民が居住地で質の高い医療を受けられるようになり、上位病院への患者集中を緩和する狙いがある。
ホーチミン市:「健康パスポート」構想
一方、ホーチミン市(ベトナム最大の経済都市)では、すべての住民に電子健康記録を「健康パスポート(hộ chiếu sức khỏe)」として持たせる構想を推進している。ホーチミン市衛生局の副局長グエン・ヴァン・ヴィン・チャウ博士(TS.BS Nguyễn Văn Vĩnh Châu)は、4月8日に開催されたスマート医療展示会で次のように述べた。「このアプリケーションは、発病してから受診するのではなく、生涯を通じて健康を管理するためのものだ。」
この「健康パスポート」では、受診のたびに病歴、検査結果、治療経過が自動的に蓄積される。医師は一貫したデータ基盤をもとに最適な治療方針を立てることが可能になる。さらにスマートウェアラブル端末と直接連携し、心拍数や血圧をリアルタイムで計測する機能も統合されている。遠隔診療サービスも拡充中で、多忙な住民や医療施設から離れた地域に住む人々が病院に行かずに医師と相談できる環境が整備されつつある。
「治療」から「予防」へのパラダイム転換
ヴィン・チャウ博士は、ホーチミン市の医療行政が「治療中心」から「予防中心」へ、発病後のケアから生涯を通じた包括的な健康管理へと転換を図っていると説明した。基礎診療所は「患者が来るのを待つ」のではなく、「自ら住民のもとへ出向く」べきであり、地域の健康リスク要因を早期に発見する訪問活動を強化する必要があるとした。
ホーチミン市公衆衛生協会の会長レ・チュオン・ザン博士(TS.BS Lê Trường Giang)は、「現在のベトナムの医療体制は治療に約80%、予防に約20%という配分になっている。この比率を逆転させることが重要な転換点だが、同時に大きな挑戦でもある」と指摘した。さらに「治療を放棄するということではない。人間は誰しも生老病死を経験する。しかし、アプローチを変えなければ医療システムは常に過負荷の状態にある」と述べ、住民一人ひとりが自らの健康管理の主体となるべきだと強調した。具体的な自己管理の原則として「食は健康に・睡眠は十分に・運動は定期的に・生活は楽しく」という4つのキーワードを掲げている。
予防医療の費用対効果——子宮頸がんの事例
フンブオン病院(Bệnh viện Hùng Vương=ホーチミン市の産婦人科の中核病院)の院長ホアン・ティ・ジエム・トゥエット准教授(PGS.TS.BS Hoàng Thị Diễm Tuyết)は、女性に最も多いがんの一つである子宮頸がんを例に予防投資の費用対効果を示した。基礎医療レベルでのHPVワクチン接種費用は1人あたり300万〜900万ドン。前がん病変の段階で発見・治療すれば約500万ドン、早期がんの治療でも約5,000万ドンで済む。「明らかに、予防と早期発見への投資は、進行期の治療と比較して予算を大幅に節約できる」とトゥエット准教授は強調した。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の動きは、ベトナムの医療セクターにおける複数の投資テーマと密接に関連する。
医療IT・ヘルスケアDX関連銘柄への追い風:電子健康記録の全国民導入、デジタル診療所、テレメディシンの拡大は、医療IT分野に大きな市場機会をもたらす。VNeIDとの連携はFPTやCMCといったベトナム大手ITグループのヘルスケア事業にとって好材料となり得る。
医療機器・医薬品セクター:ハノイだけで2026年に4,054億ドン超の基礎医療予算が計上される。全国に拡大すれば、診療所向け医療機器やウェアラブルデバイス、ワクチン流通に関わる企業にとって需要拡大が見込まれる。
日系企業への示唆:日本はベトナムの医療分野におけるODA供与国として長い実績がある。遠隔医療プラットフォームやウェアラブル技術、予防医療関連サービスは、日系企業が技術力を活かして参入しやすい領域である。テルモ、オムロン、富士フイルムなどの企業にとって、ベトナムの基礎医療デジタル化は新たな市場機会となる可能性がある。
FTSE新興市場指数格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げは、ベトナム市場全体への資金流入を促す。医療インフラの近代化はESG(環境・社会・ガバナンス)評価の社会(S)の項目を押し上げる要素であり、グローバル機関投資家の評価にもプラスに作用する。
マクロ的な位置づけ:ベトナムは急速な高齢化の入口に立っている。予防医療への転換と基礎医療の強化は、将来的な社会保障費の膨張を抑制し、持続的な経済成長を支える構造改革の一環として評価できる。
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