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ベトナムの首都ハノイのオフィス市場が、10年間の急成長を経て大きな転換期を迎えている。総供給面積は約160%増の174万m²に達した一方、テナント側の選別眼はかつてないほど厳しくなり、「量から質へ」「都心から郊外へ」「ESG(環境・社会・ガバナンス)重視」という三つのメガトレンドが市場構造を根本から変えつつある。今後3〜5年で毎年12万m²超の新規供給が見込まれるなか、ハノイのオフィス市場はアジア太平洋地域における注目の投資先として存在感を増している。
10年で供給量160%増——それでもアジア太平洋で最小クラスのグレードA市場
不動産コンサルティング大手クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド(Cushman & Wakefield)ベトナムのデータによると、過去10年間でハノイのオフィス総供給面積は約160%増加し、2025年時点で約174万m²に達した。この成長を牽引したのはグレードA(最上級クラス)のオフィスビルであり、グレードBを上回るペースで増加。テナントにとっては高品質な選択肢が広がった格好である。
しかし興味深いことに、ハノイはこれだけ成長してもなお、アジア太平洋地域においてグレードAオフィスの供給規模が最も小さい都市の一つにとどまっている。にもかかわらず、賃料水準は同地域で最も高いグループに属する。2025年時点のグレードA賃料は約31.85ドル/m²/月であり、グレードBの約20.85ドル/m²/月を大きく上回る。この「供給が限定的なのに賃料が高い」という構造は、ハノイ市場の独特のポジションを物語っている。高品質オフィス空間への旺盛な需要が存在する一方で、それに見合う供給が依然として不足しているのである。
都心から西部へ——オフィス供給の「多極化」が加速
クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド・ベトナムのリーシング部門ディレクター、グエン・フォック・トゥアン(Nguyễn Phước Thuận)氏は、「ハノイのオフィス市場はもはや単なる規模の拡大では定義できない。テナントが重視する要素そのものが明確に変化している」と指摘する。テナントはかつてないほど選別的になり、品質、運営効率、立地戦略、そしてESG基準を優先するようになった。この変化が市場全体の賃貸意思決定を根本から変えているという。
とりわけ注目すべき構造的トレンドが、オフィス供給の「脱・都心」である。ホアンキエム区(Hoàn Kiếm、ハノイの伝統的なCBD=中央ビジネス地区)が依然として金融・商業の中心地としての地位を維持する一方、オフィス供給はバーディン区(Ba Đình)、ドンダー区(Đống Đa)、カウザイ区(Cầu Giấy)、タイホー区(Tây Hồ)など複数のエリアに広く分散している。
バーディン区はベトナムの政治の中枢が集まるエリアとしても知られ、高級オフィスビルが集中している。一方、カウザイ区は市場全体で最大の供給シェアを誇る。ハノイの西部に位置するこれらのエリアは、今後さらに開発が進み、次世代の大型オフィスクラスターとして大きな注目を集めることが期待されている。
この「西へのシフト」は、ハノイの都市開発の大きな文脈と軌を一にしている。近年、ハノイ西部ではリングロード(環状道路)やメトロ路線の整備が進み、大規模な新都市開発プロジェクトが相次いでいる。かつては都心のホアンキエム湖周辺に一極集中していたビジネス機能が、インフラ整備に伴い多極化しつつあるのである。
稼働率の「二極化」——グレードAは堅調、グレードBは苦戦
2021年以前、ハノイのオフィスビルの大半は稼働率80%以上を維持していた。しかし、その後の5年間で供給量が約40%増加した結果、市場全体の稼働率には調整が見られる。特に顕著なのがグレード別の二極化である。グレードAオフィスは引き続き高い吸引力と耐性を維持している一方、グレードBはテナント獲得に苦戦している。
この二極化は、テナント企業の「質へのシフト」を如実に反映している。とりわけ、多国籍企業や大手金融機関、テクノロジー企業は、単なるコスト削減よりも、従業員の働きやすさ、ブランドイメージ、そしてESG対応を重視してオフィスを選ぶ傾向を強めている。
グリーン認証オフィスの台頭——LEED・EDGEが市場の新基準に
もう一つの重要な変化が、グリーン認証を取得したオフィスビルの増加である。LEED(米国グリーンビルディング協議会による国際的な環境認証)やEDGE(世界銀行グループIFCが推進する新興国向けグリーンビル認証)を取得したビルがハノイ市場で存在感を増しており、市場全体の期待値を引き上げている。
この流れは、既存の古いビルに対してリノベーション(改修)やリポジショニング(再定位)を迫るプレッシャーにもなっている。テナント企業の意思決定において、サステナビリティ(持続可能性)とビルのパフォーマンスが重要な判断材料となっていることを、グリーン認証ビルの増加が裏付けている。
需要を牽引するセクター——IT・金融・製造業が三本柱
ハノイのオフィス需要を牽引しているのは、IT(情報技術)、銀行・金融、そして製造業の三つのセクターである。特にハノイでは、製造業関連のテナントからの需要が好調に推移しており、ベトナム北部の工業団地群と近接するハノイの地理的優位性が発揮されている。
ハノイはホーチミン市と比較して賃料水準が競争力を持つうえ、今後登場するグレードA新規物件の品質が高いことから、より広いフロア面積を求める企業や、コスト競争力と品質の両立を目指す企業にとって、拡張先として魅力的な選択肢となっている。
今後3〜5年で毎年12万m²超の新規供給——西部エリアが主戦場
クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドの予測によると、ハノイでは今後3〜5年にわたり、年間12万m²を超える新規オフィス面積が市場に投入される見通しである。その大半は伝統的なCBD(ホアンキエム区)の外側、とりわけ西部エリアに位置するグレードAプロジェクトとなる。
トゥアン氏は「ハノイは、ベトナムでの長期的な成長計画を持つ企業にとって、ますます魅力的な選択肢になっている。アジア太平洋の他市場と比較して賃料水準に競争力があり、今後登場するグレードA物件は、多くのテナントが求める現代的で高品質なオフィス環境を提供してくれるだろう」と述べている。
不動産サービス大手サヴィルズ(Savills)ハノイの商業リーシング部門ディレクター、ウィリアム・グラモンド(William Gramond)氏も同様の見方を示す。新規供給が増加するなかでもテナント需要はポジティブに推移すると予想しつつも、「需要はますます選別的になり、品質、運営効率、ユーザー体験への対応力が高い物件が選ばれる」と指摘。インフラや新都市開発と連動したオフィスクラスターが都心外に形成される一方、都心部は引き続き企業本社や高付加価値機能の集積地としての役割を担い続けるとの見解を示した。
グラモンド氏はさらに、「都心外への拡張はもはやコスト削減だけの問題ではなく、戦略的な意思決定になっている」と強調する。インフラの整備、高品質な供給の増加、人材へのアクセス、そして日常業務に必要な生活利便施設の充実が、この戦略的シフトを後押ししている。
市場の未来像——多極化、柔軟性、ESGが定義する次のステージ
専門家らは、ハノイのオフィス市場が今後さらに成熟していくなかで、次の章を定義するキーワードとして「多極的発展」「柔軟なワークプレイスデザイン」「運営効率」「ESG志向の開発」を挙げている。交通インフラへのアクセスが良く、複合機能を備え、質の高い管理が行き届いたオフィスプロジェクトが、将来の需要を最も効果的に取り込むポジションにあるとされる。
投資家・ビジネス視点の考察
今回のレポートは、ベトナム不動産市場、特にハノイのオフィスセクターへの投資を検討するうえで、いくつかの重要な示唆を含んでいる。
①不動産関連銘柄への影響:ハノイ西部でのグレードAオフィス開発を進めるデベロッパーは、今後数年間で恩恵を受ける可能性が高い。上場企業では、大規模複合開発を手がけるビングループ(Vingroup、銘柄コード:VIC)や、オフィス・商業施設開発に注力するデベロッパーの動向が注目される。一方、グレードBビルを多く保有するオーナー企業は、稼働率低下と賃料下落のダブルパンチに直面するリスクがある。
②日系企業・ベトナム進出企業への影響:ハノイに拠点を持つ日系製造業やIT企業にとっては、西部エリアの新規グレードAオフィスへの移転・拡張が現実的な選択肢となる。特に、ベトナム北部の工業団地(バクニン省、ハイフォン市など)に生産拠点を持つ企業にとって、ハノイ西部は地理的に有利な管理拠点となり得る。賃料の競争力とオフィス品質の向上は、ベトナムでの事業拡大を後押しする要因である。
③FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2025年3月にベトナムはFTSEの新興市場ウォッチリストに残留しており、2026年9月の正式格上げが期待されている。格上げが実現すれば、ベトナム市場全体への海外資金流入が加速し、外資系金融機関やテクノロジー企業のハノイ進出・拡張がさらに進む可能性がある。これはオフィス需要の追い風となり、特にグレードAセグメントの稼働率・賃料を下支えする要因になると考えられる。
④マクロトレンドにおける位置づけ:ハノイのオフィス市場の変化は、ベトナム経済全体が「量的拡大」から「質的成長」へと転換しつつあることの縮図でもある。中国+1戦略に伴うサプライチェーン再編、デジタルトランスフォーメーション、そしてESG投資の世界的潮流が、ハノイのオフィス市場を通じてベトナムに流れ込んでいる。長期的な視点では、ハノイはホーチミン市と並ぶベトナムの「二大ビジネスハブ」としての地位を確固たるものにしていくだろう。
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