ベトナム企業にとって、ジェンダー多様性を経営戦略に組み込むことが、もはや選択肢ではなく「必須条件」となりつつある。フランスの国際投資銀行クレディ・アグリコルで財務管理ディレクターを務め、AVSE Global(ベトナム科学者・専門家協会グローバル)の財務・パートナー担当ディレクターでもあるヴォー・フオン・ガー博士は、ベトナム経済誌「VnEconomy」との新春インタビューで、ジェンダー平等を「抽象的な概念」から「実質的な成長エンジン」へと転換する重要性を力説した。
欧米市場で進むジェンダー要素のESG統合
長年にわたり海外で活躍してきたガー博士によれば、欧米の先進市場では、ジェンダー要素が企業成功の「鍵」として位置づけられ、単なる社会的公平性の議論を超えて、経済的・持続的発展の前提条件となっているという。
欧州・米国の大手企業を対象とした複数の研究では、女性リーダーの比率が40%を超える企業において、業務効率が大幅に向上することが確認されている。この傾向は業種を問わず観察されており、偶然ではないと博士は指摘する。
マッキンゼーの調査によれば、ジェンダー平等の達成は世界のGDPに数兆ドル規模の付加価値をもたらす可能性があるとされる。また、国連の持続可能な開発目標(SDGs)においても、ジェンダー平等・多様性は成長の「てこ」として明確に組み込まれている。SDG1(貧困撲滅)では女性への支援、SDG3(健康)では女児教育、SDG8(経済成長)など、複数の目標と密接に関連している。
「平等」から「多様性」へ──用語の進化が示す戦略的転換
現代のビジネス環境では、「ジェンダー平等(bình đẳng giới)」という用語に代わり、「ジェンダー多様性(đa dạng giới)」という表現が主流になりつつある。これは、社会変革の必要性を訴えるだけでなく、多様性を「競争優位」として積極的に活用する姿勢への転換を反映している。
モルガン・スタンレーの「Catalyst 2023」調査では、取締役会における女性比率が最も高いグループの企業は、女性がいない企業と比較してROE(自己資本利益率)と株主総利回りが30%以上高いことが示された。マッキンゼーの「Women Matter 2024」研究も、女性の存在が組織の卓越性と財務パフォーマンスに正の影響を与えることを裏付けている。
欧米で進む法規制──フランス「リクサン法」の衝撃
こうした流れを受け、欧州諸国はジェンダー要素をESGに統合する法整備を急速に進めている。2024年施行の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)では、賃金平等、ジェンダー代表性、昇進機会に関する報告が義務化された。
フランスでは2021年に「リクサン法」が施行され、大企業の経営陣における女性比率を最低40%とすることが求められている。また、従業員50人以上の全企業に対して「職業平等指数」の報告が義務付けられた。米国やオーストラリアでも、取締役会における女性比率の最低基準や、企業内賃金格差の報告義務が導入されている。
ベトナム企業が取り組むべきESGの「S」と「G」
ガー博士は、ベトナム企業がESG基準を満たすためには、ジェンダー要素を「S(社会)」と「G(ガバナンス)」の両面に迅速に統合する必要があると強調する。
S基準(ESGスコアの20〜30%を占める)については、定量的指標(調整後賃金格差、階層別女性比率、昇進格差、産休後復職率、差別・ハラスメント事案数)と定性的指標(産休・育児支援制度、メンタリングプログラム、無意識バイアス研修、職業平等認証)に基づく管理システムの構築が求められる。
G基準(ESGスコアの15〜25%を占める)では、リーダーシップ構造の改革が焦点となる。取締役会・経営陣における女性比率を国際基準の40%に向けて引き上げ、重要委員会への女性参画を確保し、包括的な後継者計画の策定と性別による報酬データの公開が必要となる。
ベトナムの強みと課題──「女性リーダー」の潜在力
博士によれば、女性労働者、特に女性リーダーの育成は大手企業で重視されており、ベトナムのビングループ(Vingroup)やAVSE Globalなどでは、女性幹部が極めて強力な存在感を発揮している。女性の強みが男性リーダーの能力を補完し、大きな相乗効果を生み出しているという。
国際的な研究データとの比較では、取締役会における女性比率が30%を超える企業は利益率が高く、ジェンダー多様性のあるチームは戦略的意思決定の効果が高い。さらに、女性が創業したスタートアップは投資1ドル当たりの収益率が60%高く、多様なチームは革新的イニシアチブを20%多く生み出すとされる。
一方、課題も存在する。ベトナムの女性は「犠牲の美徳」という伝統的価値観の影響を受け、男性を支える「後方支援」に回る傾向があり、上級職における女性代表率には依然として制限がある。しかし、ベトナムの女性リーダーは忍耐力、強靭さ、決断力に優れ、逆境に対する回復力も高いと博士は評価する。
業種別アプローチ──金融・IT・製造・医療
ベトナム企業は業種特性に応じたアプローチでジェンダー多様性を推進できると博士は提言する。
金融セクターは先駆者であり、経営陣における女性比率が40%を超え、収入格差も大幅に縮小している。テクノロジーセクターは現在約26%の女性比率だが、デジタル人材獲得策により急速に改善中である。製造業は女性労働者比率が平均より高いものの、労働条件の改善と管理職への明確な昇進ルートの確立が課題となっている。医療分野は労働力の70%が女性でありながら、リーダー職は25%に留まっており、キャリア中断後の復職支援や研究・経営への参画促進が必要とされる。
2025〜2030年の戦略的方向性
ガー博士は、2025年から2030年にかけてベトナム企業が取り組むべき戦略的優先事項を提示した。
法規制・テクノロジー面では、世界統一のESG報告フレームワークへの適応が不可欠である。グローバルサプライチェーンから排除されないためだ。また、AIを活用した採用時の無意識バイアスの検出・排除、ブロックチェーンによる報酬システムの透明化も推奨される。
企業向け提言としては、曖昧なコミットメントではなく具体的な数値目標を設定し、KPIを経営陣報酬と連動させ、ジェンダーを事業戦略に統合することが求められる。投資家向けには、ESG分析にジェンダー基準を組み込み、実質的なインパクト測定を行うことが推奨される。政策立案者向けには、国内規制の国際基準との調和、差別行為への制裁強化、幼少期からの偏見解消教育、女性起業家向け専門ファンドの開発が提案された。
「コスト」ではなく「投資」──ジェンダー多様性の本質
博士は結論として、ジェンダー多様性は「あった方がよい」選択肢ではなく、三つの次元における戦略的必須事項であると強調した。第一に倫理的次元(公平性と人権の尊重)、第二に経済的次元(利益率向上と投資誘致力として実証済み)、第三にシステム的次元(持続可能でレジリエントな経済構築の前提条件)である。
「ジェンダー多様性は追加コストではなく、持続的なリターンをもたらす投資です。これを先駆的に実践する企業は、『正しいこと』をしているだけでなく、国際市場における持続可能な競争優位を直接構築しているのです」と博士は締めくくった。
日本企業への示唆
ベトナムにおけるこのようなジェンダー多様性とESG経営の動きは、同国に進出する日本企業にとっても重要な意味を持つ。ベトナム現地法人の人事・経営戦略において、ジェンダー要素を組み込むことは、現地での競争力強化だけでなく、グローバルなESG基準への適合という観点からも避けて通れない課題となりつつある。特に、ベトナムの女性リーダーが持つ強靭さと決断力を活かした組織づくりは、日越協業の新たな可能性を示唆している。
出典: VnEconomy
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