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ベトナム司法省がこのほど開催したワークショップで、同国独自の司法補助制度「thừa phát lại(トゥア・ファット・ライ/執行官補助員)」の急速な拡大と、その制度的整備の必要性が改めて議論された。わずか1年間で約89万件の文書送達と約14万件の「vi bằng(ヴィ・バン/証拠記録文書)」が作成されており、裁判所の行政負担を大幅に軽減する「司法の延長線上の腕」として存在感を増している。EU(欧州連合)とUNDP(国連開発計画)の支援のもと進む司法改革の一環として、この制度の行方はベトナムの法的環境全体、ひいてはビジネス環境の透明性向上に直結する重要テーマである。
「thừa phát lại」とは何か——フランス法に由来する司法補助制度
「thừa phát lại」は、フランスの「huissier de justice(執行官)」に起源を持つベトナム特有の制度である。ベトナムはフランス植民地時代にフランス法体系の影響を強く受けており、この制度もその名残の一つだ。一度は社会主義体制のもとで廃止されたが、2009年にホーチミン市で試験的に復活し、その後段階的に全国へ拡大されてきた。
具体的な業務内容は、(1)裁判所からの文書送達(tống đạt)、(2)vi bằng(証拠となる事実関係を公的に記録する文書)の作成、(3)民事判決の執行条件の調査・確認、(4)民事判決の直接的な執行受理——の4つが主要な柱である。特にvi bằngは、不動産取引や契約トラブルにおいて第三者の証拠として活用されることが多く、一般市民にとっても身近な法的サービスとなりつつある。
数字で見る急成長——224事務所、400名超の体制
司法省の発表によれば、現在ベトナム全国にはthừa phát lại事務所が224カ所設置されており、全国63省・直轄市のうち30省・市をカバーしている(ベトナムでは現在34の省・市に区分する議論も進行中)。登録済みのthừa phát lại(執行官補助員)は400名を超える。
2024年10月から2025年9月までの1年間の実績は以下の通りである。
- 文書送達件数:約89万件(主に裁判所からの委託)
- vi bằng(証拠記録文書)作成件数:約14万件
これらの数字は、国家の司法執行機関が抱える膨大な案件の一部を民間が効率的に処理していることを如実に示している。ベトナムの裁判所は慢性的な人手不足と案件の増加に悩まされており、文書送達だけでも年間数百万件規模に達する。thừa phát lại制度がなければ、裁判の遅延はさらに深刻化していたと考えられる。
ワークショップの背景——EU JULE IIプロジェクト
今回のワークショップは、EUが資金提供し、UNDPベトナムとベトナム司法省が共同で実施する「EU JULE(EU Justice and Legal Empowerment)フェーズII」プロジェクトの一環として開催された。このプロジェクトは「ベトナムにおける法律と司法の強化」を目的としており、司法サービスの社会化(xã hội hóa=民間への開放)を重要な柱の一つに据えている。
ワークショップの冒頭で、民事判決執行管理局のグエン・ティ・ホアン・ザン(Nguyễn Thị Hoàng Giang)副局長は、「裁判所の判決は、実際に執行されて初めて真の価値を持つ。しかし、国家の民事判決執行機関に対する業務の圧力は極めて大きい」と指摘した。その上で、thừa phát lại制度の展開と整備は「司法活動の社会化という方針を実現するための画期的な一歩」であり、「市民に選択肢を増やし、法執行の効率を高めるもの」だと強調した。
また、EU JULE IIのUNDPベトナム側チーフアドバイザーであるグエン・ティ・タイン・ハイ(Nguyễn Thị Thanh Hải)氏は、「司法活動の一部をthừa phát lại制度を通じて社会化することは、世界各国で広く採用されているモデルである」と述べ、ベトナムにおいてもこの制度が民事関係における役割を着実に確立しつつあると評価した。
制度が抱える課題と今後の方向性
急成長を遂げているthừa phát lại制度だが、課題も少なくない。まず、全国63省・市のうちカバーされているのは30省・市にとどまっており、特に中部高原地帯や北部山岳地域では事務所の空白地帯が広がっている。農村部の住民にとっては依然としてアクセスが困難な状況だ。
また、vi bằngの法的効力や活用範囲をめぐっては、不動産取引における悪用事例(vi bằngを正式な所有権移転書類と偽って取引するケースなど)も報告されており、制度の正しい理解と啓発が急務となっている。thừa phát lại の資格要件や監督体制の強化も、今後の法整備における重点課題である。
ベトナム政府は2025年から2030年にかけて司法改革をさらに加速させる方針を掲げており、thừa phát lại制度の法的基盤の強化(専用の政令の改正や運用ガイドラインの整備)が進められる見通しだ。
投資家・ビジネス視点の考察
一見すると「司法制度の話題」であり、株式市場とは無関係に思えるかもしれない。しかし、ベトナムの投資環境を左右する根本的な要因の一つが「法の支配と司法アクセスの質」であることを考えれば、この制度の充実は極めて重要な意味を持つ。
第一に、ビジネス環境の透明性向上に直結する。民事判決の執行が迅速化されれば、契約の履行率が高まり、外国企業にとっての法的リスクが低減する。日本企業を含む外資系企業がベトナム進出時に最も懸念する事項の一つが「契約紛争が発生した場合の判決執行の不確実性」であり、thừa phát lại制度の拡充はこの懸念を和らげる方向に働く。
第二に、FTSE新興市場指数への格上げ(2025年9月の評価、2026年9月の正式決定が見込まれる)との関連性である。FTSEが格上げの判断材料とする要素には、市場のインフラだけでなく「法の支配」や「規制の質」といったガバナンス面も含まれる。司法サービスの民間開放を通じた効率化は、ベトナムが制度面で先進国基準に近づいていることを示すシグナルとなり得る。
第三に、不動産セクターへの間接的な好影響が期待できる。vi bằng制度の整備と適正化が進めば、不動産取引における証拠の信頼性が向上し、土地使用権をめぐる紛争の早期解決につながる。ベトナムの不動産市場は依然として法的不透明さが課題であり、この分野の制度整備は不動産関連銘柄(ビンホームズ=VHM、ノヴァランド=NVLなど)の中長期的なリスクプレミアム低下に寄与する可能性がある。
EUやUNDPといった国際機関が資金・技術支援を行っている点も注目に値する。ベトナムの司法改革が国際社会の後押しを受けて進行しているという事実は、制度改革の持続性と信頼性を担保するものであり、投資家にとってはポジティブなシグナルと捉えてよいだろう。
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