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中東情勢の緊迫化を背景に、世界の肥料価格が急騰している。ベトナムの大手証券会社SHS証券(SHSセキュリティーズ)は最新の業界見通しにおいて、尿素(Urea)価格が2022年につけた過去最高値圏である600〜630 USD/ショートトンまで再上昇する可能性があると予測した。エネルギー価格の高騰、主要国の輸出規制、そして旺盛な世界的需要が三位一体となって肥料市場を押し上げており、ベトナム国内の肥料メーカーにとっては大きな追い風となりそうである。
エネルギー価格急騰が肥料市場を直撃
肥料の生産コストはエネルギー価格に大きく左右される。天然ガスは尿素製造の主要原料であり、原油価格の動向も物流コストを通じて肥料価格に直結する。2026年3月の原油(Crude Oil)平均価格は86.5 USD/バレルとなり、前月比で24%、前年同月比で21%の大幅上昇を記録した。
これに連動し、主要市場における尿素価格も急騰。2026年3月の平均取引価格は566 USD/ショートトンと、前月比24%増、前年同月比では55%もの上昇を示した。尿素価格は2023年から2024年にかけて約2年間横ばいで推移していたが、2025年から上昇トレンドに転じ、2026年に入って一気に加速した格好である。
SHS証券の予測:600〜630 USDへの回帰、ただし長期維持は困難か
SHS証券は、中東での紛争が長期化した場合、尿素価格が2022年の高値圏である600〜630 USD/ショートトンまで上昇する可能性があると分析している。ただし、この価格水準が長期間維持される可能性は低いとも指摘する。その理由として、OPEC(石油輸出国機構)が日量ベースでの原油増産に踏み切る見通しであること、また米国やロシアといった大国が戦略備蓄を放出して原油価格の安定化を図る動きが予想されることを挙げている。
供給サイドの「複合的な逼迫」——主要国の動向を整理する
現在の世界肥料市場の需給バランスは「相対的にタイト」な状態にある。SHS証券によれば、この逼迫は単純な生産能力不足ではなく、供給と需要が国際貿易に大きな影響力を持つ少数の国々(中国、モロッコ、ロシア、米国など)に集中していることが本質的な要因である。
■ 中国——輸出制限の継続と「安価な供給源」からの脱却
中国は2025年上半期にかけて肥料の輸出制限を継続し、同年6月から輸出を本格的に再開した。しかし再開後も、中国政府は極めて厳格な管理体制を維持している。具体的には、輸出割当(クォータ)を段階的に分割し、複数回に分けて少量ずつ配分する方式を採用。許可を与える生産者も限定的であり、さらに輸出最低価格(フロアプライス)を設定することで、かつてのように中国が国際市場における「安価な肥料供給源」として機能する状況を意図的に排除している。
■ ロシア——EU制裁による段階的排除
ロシアからの肥料輸出は、EUの制裁措置により深刻な制約を受けている。EUは2025年7月1日からロシアおよびベラルーシ産肥料に対する新たな輸入関税を適用。税率は初年度6.5%からスタートし、3年間で段階的に引き上げられ、2028年には約100%に達する見込みである。これにより、欧州市場からロシア産肥料が事実上排除される方向に進んでいる。
■ イラン——ホルムズ海峡リスクと供給途絶
世界第5位の尿素輸出国であるイランは、中東紛争の激化により供給途絶のリスクに直面している。域内の生産者はオファーの撤回や出荷の遅延を余儀なくされ、輸送コストや保険料も急騰。特にホルムズ海峡(ペルシャ湾の出口に位置し、世界の原油輸送の要衝)が一時的にでも封鎖・航行制限される事態となれば、国際的な尿素供給が一段と「締まる」ことになり、価格の季節変動が一層激しくなると見られている。
■ EU——生産回復は75%にとどまる
欧州連合(EU)は尿素、液体アンモニア、UAN(尿素硝酸アンモニウム溶液)の主要な取引市場であるが、域内の肥料生産は平常時の75%程度までしか回復していない。ロシア・ウクライナ紛争に端を発した天然ガス価格の高騰が長引き、欧州の肥料メーカーの操業再開が遅れていることが背景にある。
■ エジプト——ガス供給制限による生産中断
世界第6位の尿素生産国であるエジプトでも、政府が一部の肥料工場向け天然ガス供給を制限しており、生産活動に深刻な支障が出ている。
需要サイドも旺盛——ブラジル・インドがけん引
供給が逼迫する一方、世界的な肥料需要は高水準を維持している。農業生産の回復・拡大が進むブラジル、インド、アフリカ諸国が需要をけん引している。
ブラジルは2025年の肥料消費量が4,600万トン超に達し、前年同期比7.7%増を記録。大豆、トウモロコシ、コーヒー、サトウキビといった主要作物の需要拡大により、下半期もさらなる増加が見込まれている。
インドは世界最大級の肥料消費国の一つであり、2026年第1四半期にも最低100万トン規模の尿素入札を実施して国内需要と備蓄を確保する方針である。SHS証券によれば、インドの肥料需要は2033年までCAGR(年平均成長率)約6.5%で拡大を続ける見通しである。インドは2026年3月までに150万トンの尿素調達入札を実施しており、同国の旺盛な需要が国際価格を下支えする構図が続いている。
ベトナム国内の肥料価格も大幅上昇——複数の追い風
こうした国際環境を受け、ベトナム国内の肥料価格も2026年上半期に大幅な上昇が予測されており、その後も高い価格水準が維持される見込みである。SHS証券が挙げる主な上昇要因は以下の通りである。
- インドの大規模尿素調達入札による国際価格の押し上げ
- 中東の地政学リスクに伴う保険料・物流コストの上昇
- 中国による2026年上半期の輸出制限継続
- EUのロシア・ベラルーシ産肥料への段階的関税引き上げによる供給逼迫
- コメ(米)価格が合理的な水準を維持していることで、農家の購買力が改善
- 春夏作の作付けシーズンに伴う地域的な肥料需要の増大
- 台風被害後の土壌改良・再作付け需要
加えて、ベトナム国内の肥料企業にとって制度面での追い風も大きい。2025年7月1日から肥料に対するVAT(付加価値税)5%が正式に施行された。これにより、国内肥料メーカーは原材料などの仕入れに係る仕入税額控除(インプットVATの控除)が可能となり、実質的なコスト削減を実現。同時に、輸入肥料との価格競争力も向上している。
天候面でも好材料がある。SHS証券の予測では、ラニーニャ現象が2026年第1四半期末まで継続し、その後は年末まで中立相(エルニーニョでもラニーニャでもない状態)が維持される見通しである。これにより降雨量が多く安定し、農家にとっては施肥・作物管理に好条件が整う。さらに、水力発電のダムが十分な水量を確保できるため、天然ガスの電力向け需要との競合が緩和され、窒素肥料メーカーのガス調達環境が改善するという副次的なメリットも期待される。
実際、2025年のベトナム肥料業界は、原材料の仕入れコストが低い水準にあった一方で国内販売価格が高水準を維持したことにより、各社とも良好な業績を記録している。
投資家・ビジネス視点の考察
■ ベトナム株式市場・関連銘柄への影響
ベトナムの上場肥料銘柄としては、ペトロベトナム・カマウ肥料(DCM)、ペトロベトナム肥料化学(DPM)、ハーバック肥料(LAS)、ビンディエン肥料(BFC)などが代表的である。これらの企業は、①国際肥料価格の上昇による販売単価の向上、②VAT 5%導入に伴うコスト構造改善、③ラニーニャによる好天候、という三重の追い風を受けている。特にDCMとDPMは天然ガスを原料とする尿素メーカーであり、国際尿素価格の上昇が直接的に業績を押し上げる構造にある。
ただし、注意すべきリスクもある。OPEC増産や各国の備蓄放出により原油価格が反落すれば、肥料価格の上昇モメンタムは急速に失速する可能性がある。SHS証券自身も、600〜630 USDの高値圏は「長くは維持されない」と明言しており、ピーク後の価格反落局面では関連銘柄の株価調整リスクに注意が必要である。
■ 日本企業・ベトナム進出企業への影響
日本の商社や農業資材関連企業にとって、ベトナム肥料市場の活況はビジネスチャンスとリスクの両面を持つ。ベトナムは東南アジア有数のコメ輸出国であり、農業セクターは同国GDPの約12%を占める重要産業である。肥料価格の上昇は農業コストを押し上げ、食料インフレへの波及も懸念されるが、短期的にはベトナム肥料メーカーの業績拡大を通じた株式投資リターンの改善が期待できる。
■ FTSE新興市場指数格上げとの関連
2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数へのベトナム格上げが実現すれば、海外機関投資家の資金流入が加速する。肥料セクターは時価総額こそ大型株に比べて小さいものの、業績が好調な局面では海外投資家の関心を集めやすい。格上げ前後の市場全体の流動性向上に伴い、中型株である肥料銘柄にもバリュエーション拡大の恩恵が波及する可能性がある。
■ ベトナム経済全体における位置づけ
今回の肥料価格上昇は、ベトナム経済にとって「プラスとマイナスが混在する」事象である。肥料メーカーの業績改善は製造業セクターの成長に寄与するが、農家のコスト負担増大は農村部の消費を圧迫しうる。ベトナム政府がVAT導入による国内産業支援と、コメ輸出価格の安定維持のバランスをどう取るかが、中長期的な鍵となるだろう。
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