ホーチミン市が「下請けの罠」からの脱却を目指す——ドイツ式技術立国モデルで「アジアの技術バレー」へ

TP.HCM: Đột phá công nghệ để thoát bẫy gia công

世界のテクノロジーサプライチェーンが大規模な再編期を迎える中、ベトナム最大の経済都市ホーチミン市が「千年に一度」とも言える転換点に立っている。単なる組立・加工拠点から脱却し、真の技術創造拠点へと変貌を遂げられるか——。ベトナム経済誌「VnEconomy」は、ドイツSAPで15年の経験を持ち、半導体関連企業ISEMIの創業者であるエリック・グエン氏に、ホーチミン市を地域の「テクノロジーバレー」へと導くロードマップについて話を聞いた。

目次

「デジタル表層の罠」——消費は得意だが創造は苦手という構造的課題

エリック・グエン氏は、ホーチミン市が直面する課題を「デジタル表層の罠(The Digital Surface Trap)」と呼ぶ。配車アプリやフードデリバリーなど、数百万人が利用するギグエコノミーが活況を呈し、一見するとデジタル経済は繁栄しているように見える。しかし、その本質を見れば「消費は得意だが、技術創造は弱い」という深刻な構造的問題が浮かび上がる。

同氏は「スマイルカーブ(笑顔曲線)」の概念を用いてこの状況を説明する。付加価値が最も高いのはカーブの両端にある「研究開発(R&D)」と「ブランド」であり、これらは現在、外国企業が握っている。ベトナムは最も利益率の低い中間部分——すなわち組立加工やアプリ運営——に留まっているのが実情だ。

知的財産に関する統計データはこの格差を如実に示している。イスラエルが人口100万人あたり145件の特許を取得しているのに対し、ベトナムはわずか約12件。10倍以上の開きがあり、「源泉技術(Source Technology)」資産の深刻な不足を物語る。さらに、ベトナムの1人のIT技術者が、約13人のギグエコノミー従事者(ドライバー、配達員など)のデジタルインフラを支えているという歪な構造も指摘された。

ホーチミン市開発研究院(HIDS)も、現行の成長モデルが労働力と資源を大量に消費しながら効率性が低いと警鐘を鳴らしている。「ディープテック(深層技術)」という基盤なしに「拡大(Widening)」から「深化(Deepening)」への転換ができなければ、ベトナムのIT人材は世界的なリストラの波やAIによる代替に対して常に受け身の立場に置かれることになる。

シリコンバレーではなくドイツモデル——「質実剛健」の技術立国

ベトナムでも「シリコンバレー」を目指す議論は以前からあったが、エリック・グエン氏が推奨するのはドイツモデルだ。SAP本社のあるヴァルドルフで15年間働き、欧州産業を観察してきた同氏は、ドイツの技術思想の核心を「Substance over Hype(派手さより実質)」と表現する。これこそがホーチミン市が持続可能な経済基盤を構築し、テクノロジーバブルを回避するために必要な姿勢だという。

シリコンバレーは数十億ドル規模の「ユニコーン企業」を生み出すが、その多くは長年にわたり赤字を垂れ流している。対照的に、ドイツ経済の屋台骨を支えるのは1,700社の「ヒドゥンチャンピオン(Hidden Champions)」——一般には名前を知られていないが、ニッチ市場で世界シェア50%以上を握る「隠れた巨人」たちだ。

具体例として挙げられたのが、世界の「トンネル掘削王」ヘレンクネヒト社(Herrenknecht)と、金属レーザー切断技術の「支配者」トルンプ社(Trumpf)だ。前者のTBMロボットは現在、ホーチミン市のベンタイン~スオイティエン間を結ぶメトロ建設で稼働中であり、後者はアップルやサムスンにとって不可欠なパートナーである。

「数十億人が使うSNSを夢見るのではなく、ベトナム企業をグローバルサプライチェーンの『代替不可能な一環』に育てるべきだ」とグエン氏は主張する。AI時代においてコーディングは自動化されても、素材や精密機械を極める「エンジニアリングの深さ(Engineering Depth)」はAIが容易に代替できない「砦」となる。

ドイツ式「デュアルシステム」の応用——70%実践、30%理論

ドイツ成功の鍵の一つが「デュアルシステム(二元制職業訓練)」だ。学生は時間の70%を企業での実習に、30%を学校での理論学習に充てる「黄金比率」で学ぶ。「Learning by doing(実践による学習)」は、実戦力のあるエンジニアを育成する最も安価かつ効果的な方法である。

ただし、ホーチミン市への導入には調整が必要だ。グエン氏が提案するのは「ハイブリッドモデル」——「German Quality + Vietnamese Speed(ドイツの品質+ベトナムのスピード)」という組み合わせだ。核心部分はドイツ式の規律と標準化されたプロセス(ISO、DIN規格)で品質と耐久性を担保しつつ、外殻部分ではベトナム人の柔軟性と迅速な展開力を活かす。

前提条件として、企業内にメンター(指導者)チームが必要となる。国は熟練エンジニアに教育スキルを付与する「Train-the-Trainer」への資金支援を行うべきであり、さらに重要なのは、専門家の指導時間に対する直接補助金(Mentorship Subsidy)制度の創設だ。これにより企業が研修をコスト負担ではなく、国と分担する投資と捉えられるようになる。

「人材評価のマトリクス」——海外専門家の帰国を阻む逆説

ベトナム政府は海外在住の専門家の帰国を奨励する政策を打ち出しているが、グエン氏は「ネガティブROIの罠(The Negative ROI Trap)」という逆説を指摘する。ホーチミン市での専門家・エンジニアの給与はシリコンバレーや欧州の約15分の1に過ぎない。しかし逆説的なことに、子どもの国際教育費用は同等かそれ以上(年間30,000~40,000ドル)だ。つまり帰国した専門家は収入減だけでなく、家計の赤字にも直面する。これが目に見えないが最大の障壁となっている。

解決策として、愛国心への訴えだけでなく「ソフトランディング」メカニズムの構築を提言する。具体的には、「人材基金」による定住支援パッケージの提供、トゥドゥック市(ホーチミン市東部の新都市)の公立校1~2校を国際水準のバイリンガル校へ試験的に転換し優遇学費を適用することなどだ。この政策は越僑(海外在住ベトナム人)か国内専門家かを問わず、特許保有や重点プロジェクト主導などの能力・貢献に基づいて「精鋭人材」に適用すべきだとしている。

10億ドル超の僑民送金——「凍結された資本」を技術投資へ

ホーチミン市には毎年100億ドル以上の海外送金(僑民送金)が流入するが、その大半は純粋な消費や不動産に向かっている。グエン氏は「資金は不足していない。不足しているのは『流れを解放するメカニズム』だ」と断言する。

提案されるのは、「テクノロジー預金証書」や「グリーンボンド」といった新たな金融ツールで、これらの資金をディープテック・インフラやグリーン製造へ誘導することだ。同時に、国がR&Dの最初の5年間において民間とリスクを分担する「ペイシェント・キャピタル(忍耐強い資本)」の役割を果たすことも重要だ。「コア技術開発は長期資本とハイリスクのゲーム。国は企業を孤立させず、シード資金で活性化すべき」と同氏は訴える。

5つの戦略的柱——ホーチミン市を「エンジニアリングバレー」へ

グエン氏は、ホーチミン市が地域の技術バレーとなるための5つの戦略的柱を提言した。

第一に、「ホーチミン市エンジニアリング・エクセレンス・ハブ(TEEH)」の設立だ。ドイツのフラウンホーファー研究所をモデルとした巨大な「テックショップ」であり、企業が数百万ドルの自己投資なしに機械や人材を借りてプロトタイプを製作できる場となる。特にTEEHはISO 27001準拠の「クリーンルーム」プロセスを約束し、参加企業の知的財産(IP)を絶対的に保護する。

第二に、公共データ信託(Public Data Trust)のサンドボックス制度導入だ。現在、データは各省庁に「凍結」されており、AIスタートアップが渋滞や冠水といったホーチミン市固有の課題を解決するためのクリーンなデータにアクセスできる仕組みが必要だ。

第三に、金融エコシステムの構築として、社会化されたシード資金の調達や、越僑向けのテクノロジー預金証書発行により、資金を製造業へ誘導する。

第四に、「ソフトランディング」エコシステムの形成だ。帰国専門家の家族を包括的に支援し、子どもの教育や配偶者の就業問題を根本的に解決する。

第五に、R&D向け「グリーンレーン」法的枠組みの構築だ。半導体産業ではスピードが「生命線」であり、専門的な測定・検査機器の免税や24時間以内の通関が求められる。「貿易品」ではなく「研究品」として扱う発想の転換が必要だ。

最大のリスクは「政策の遅延」——テクノロジーサイクルは6~18ヶ月

ビジョンもモデルもあるが、最大のリスクは何か。グエン氏は「資金や人材の不足ではなく、政策の遅れが技術のスピードに追いつかないこと」と明言する。

半導体やAI分野のテクノロジーサイクルはわずか6~18ヶ月だ。優遇政策やR&D機器の輸入許可、サンドボックス実験の認可といった重要手続きが「正規プロセス」で1~2年かかれば、市場機会は既に過ぎ去っている。

具体例として、高価値の専門測定機器が通常の通関検査規定に引っかかり3~6ヶ月も滞留することがある一方、シンガポールやマレーシアではわずか24時間で済む。この遅延こそがイノベーションの「静かなる殺人者」だ。

グエン氏は、20世紀型の「事前審査(Pre-check)」思考で21世紀の技術を管理することは不可能だと指摘する。ホーチミン市に特別な権限を与える「決議98号」の枠組み内で「タイムボックス承認(Time-boxed Approval)」を徹底的に適用し、関係省庁が30日以内に異議を唱えなければ自動承認とする仕組みを求める。また、市人民委員会直属の「即応特別チーム」を設置し、サンドボックス内で発生する問題を現場で決定する権限を持たせるべきだとした。

「安全な港」としてのベトナム——消費市場から技術創造拠点へ

世界はベトナムを「安全な港」と見なしている。政治的安定、公的債務の適切な管理、そして自己証明を渇望する「黄金世代」の人材がいる。

グエン氏は、ベトナム自動車産業界の重鎮ヴォー・クアン・フエ氏の言葉を引用した。「イベントベースのアプローチからシステムベースのアプローチへ移行すべき時だ。感動的な旧正月の越僑交流会だけでなく、半導体、AI、グリーン転換など専門分野ごとに年間を通じて活動するタスクフォースを構築すべきだ」

開放的な政策(決議98号)、戦略的インフラ(第4次産業革命センターC4IR、TEEH)、そして精鋭リソース(越僑と国際専門家)が収束すれば、ホーチミン市は1,000万人の消費市場に留まらない。「組立加工だけでなく、世界に向けた源泉技術を創造する『エンジニアリングバレー』へと変貌を遂げるだろう」とグエン氏は力強く語った。

それは遠い夢ではなく、今日の具体的な努力から既に始まっている旅路なのだ。

出典: VnEconomy

いかがでしたでしょうか。今回のホーチミン市の技術立国戦略について、皆さんのご意見もぜひお聞かせください。コメント欄や@viettechtaroのDMでお待ちしています。この記事が参考になったら、ぜひXでシェアしていただけると嬉しいです。より多くの方にベトナム投資の魅力を伝えたいと思っています。

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