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米国とイランの軍事衝突を契機に、中国が推進する人民元の国際化が新たな局面を迎えている。中国の越境決済システム「CIPS」の取引額が過去最高を記録し、ドル支配体制に風穴を開ける動きが加速している。ベトナムを含むアジア新興国の通貨・貿易環境にも波及しうる重要な構造変化である。
CIPSの取引額が過去最高を更新
中国国営メディアによると、中国越境銀行間決済システム(CIPS=Cross-Border Interbank Payment System)の1日あたり平均取引額は、3月に9,205億人民元(約1,357億ドル)と過去最高を記録した。4月初旬には一時1兆2,200億人民元(約1,800億ドル)に達し、1日あたりの取引件数は約4万2,000件に上った。
CIPSは2015年に稼働を開始したシステムで、人民元建ての国際決済・清算・決済を処理する目的で設計されている。北京はこれを、SWIFT(国際銀行間通信協会)など西側が主導する決済インフラに対抗する代替チャネルと位置づけてきた。
「ゴールデン・チャンス」──石油取引で人民元の存在感拡大
アナリストらは、CIPSの取引急増の背景に、人民元が世界の石油貿易でより多く使用されるようになっている可能性を指摘する。ロシアとイランは米ドルでの決済に制約を受けており、エネルギーの買い手は人民元や他の通貨・決済手段への切り替えを余儀なくされている。
CIPSのデータは商品別の内訳を公開していない。しかし、国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアのエネルギー輸出収入は3月に前月比ほぼ倍増の190億ドルに達し、4月にはさらに192億ドルへ増加した。この増収分の一部が人民元建て決済を通じたものである可能性が高い。
米大手銀行シティ(Citi)のアナリストは、地政学的変動がドル以外の決済チャネルへの需要を押し上げる中、中国は人民元の国際利用を拡大する「ゴールデン・チャンス(黄金の機会)」に直面していると指摘する。
シンガポール国立大学東アジア研究所のバート・ホフマン教授は英フィナンシャル・タイムズに対し、「人民元建て取引は確実に増えている。ロシアがドルを使えず、他の決済手段も結局どこかでドル・システムを経由する以上、人民元はほぼ唯一の選択肢だ」と述べた。
BNPパリバ・アセットマネジメントのアジア太平洋地域シニア市場ストラテジスト、チー・ロー氏も、制裁下にあるロシアとイランが石油取引で人民元の使用を増やしており、サウジアラビアも中国との二国間貿易で人民元利用を拡大しているとの見方を示した。
人民元の石油取引シェアはまだ一桁台
ただし、人民元が石油貿易全体に占めるシェアはいまだ小さい。北京に拠点を置くGMFリサーチの創業者チェン・タン氏は、人民元の世界石油取引に占める割合を計算方法により3〜8%と推定する。フィナンシャル・タイムズの試算でも、戦争期間中を含めなお一桁台(10%未満)にとどまるとされる。一方、JPモルガンの推計では米ドルのシェアは依然として約80%を占めている。
RBCキャピタル・マーケッツのアジア・マクロ戦略責任者アッバス・ケシュバニ氏は、「信頼性の高いデータはまだ限られるが、中国の通貨が石油決済でより多く使われていると考える根拠はある」と述べた。中国が世界最大の石油輸入国であることが、供給元との人民元決済交渉において大きな交渉力となっている。
「ペトロ人民元」構想と金(ゴールド)の役割
石油取引での人民元利用拡大は、かつての「ペトロダラー」(産油国が石油収入を米国債などドル建て資産に再投資する仕組み)に対抗する「ペトロ元(petroyuan)」の台頭への期待を高めている。ペトロダラー体制は米ドルの世界的覇権を支える柱の一つであり、これが揺らげば国際金融秩序全体に影響が及ぶ。
しかし、人民元にはなお大きな壁がある。アナリストらは、石油取引で人民元がドルと本格的に競合するには、先物やヘッジ手段などデリバティブ市場での人民元利用拡大が不可欠だと指摘する。企業は現物取引だけでなく、デリバティブを通じた価格確定やリスク管理も行うためである。
中国は国内の商品先物市場を海外投資家に部分的に開放しているが、西側投資家の関心は限定的だ。ブローカー大手マレックス(Marex)のグローバル市場分析責任者ガイ・ウルフ氏は、「人民元がグローバルに受け入れられるには、中国が経済・通貨を完全に開放する必要がある。北京は依然として慎重だ」と指摘する。
一方で、金(ゴールド)が人民元の限界を補完する可能性も注目されている。人民元で支払いを受けた輸出国が、余剰資金を上海金取引所(Shanghai Gold Exchange)の国際チャネルを通じて金地金に転換する仕組みである。オストラム・アセットマネジメントのズフレ・ブスビ氏は、「この仕組みにより企業はドルを使わずに、中立的な安全資産である金を保有できる」と説明する。昨年、上海金取引所は中国本土外で初となる金の受け渡し拠点を香港に開設し、海外の人民元保有者が金に転換するルートを拡充した。
CIPSにとっての「実戦テスト」
米外交問題評議会(CFR)のベン・スタイル氏は、今回の湾岸戦争がCIPSにとって実戦的なテストとなったと指摘する。「戦争を理由に初めてCIPSを利用した主体にとって、中国のシステムが実際にどう機能するかを体験する機会となった」と述べた。CIPSの取引規模は西側の決済インフラに比べればはるかに小さいが、北京が掲げる「段階的な人民元国際化」のアプローチには合致しているという。
ベトナム投資家・ビジネス視点での考察
この動きはベトナム経済・株式市場にも複数の経路で影響を及ぼしうる。
第一に、ドル依存リスクの再認識である。ベトナムは輸出主導型経済であり、貿易決済の大半を米ドルに依存している。人民元決済圏の拡大は、ベトナムの対中貿易における通貨選択にも中長期的に影響を与える可能性がある。ベトナムにとって中国は最大の輸入相手国であり、すでに国境貿易の一部で人民元決済が行われている。今後、中国が人民元建て決済の優遇措置を提示すれば、ベトナム企業の通貨リスク管理の在り方が変わるかもしれない。
第二に、エネルギーコストと為替への影響である。石油取引の決済通貨多様化が進めば、原油価格形成メカニズム自体に変化が生じる可能性がある。ベトナムは石油の純輸入国に転じつつあり、エネルギーコストの変動はペトロリメックス(PLX)やPVガス(GAS)など関連銘柄の業績に直結する。
第三に、金価格の上昇トレンドである。人民元→金への転換メカニズムが拡大すれば、金需要は構造的に底上げされる。ベトナムは世界有数の金消費国であり、国内金価格の動向はマクロ経済・消費者心理に大きな影響を持つ。
第四に、2026年9月に予定されるFTSE新興市場指数へのベトナム格上げとの関連である。国際決済システムの多極化が進む中、ベトナムが外国人投資家の資金フローを円滑に受け入れるためには、決済・清算インフラの高度化が不可欠である。CIPSの台頭は、ベトナムにとっても自国の決済インフラ整備を急ぐ動機となりうる。
米ドル一強体制に構造的な変化が訪れるかどうか、今後の地政学的展開とともに注視が必要である。
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