中東の緊張が続くホルムズ海峡を、高額の保険料や船員給与を承知の上でなお通過しようとする貨物船会社が後を絶たない。その理由はシンプルだ。1回の航行で数百万ドルもの利益を手にできるからである。地政学的リスクと経済的インセンティブが交錯するこの「命がけの航路」の実態を探る。
ホルムズ海峡とは何か――世界のエネルギー安全保障を握る「咽喉部」
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ幅わずか約55キロメートルの細い水路である。イランとオマーンに挟まれたこの海峡は、世界の石油輸送量の約20%、液化天然ガス(LNG)輸送量の相当部分が通過するという、エネルギー安全保障上きわめて重要な戦略的要衝だ。サウジアラビア、イラク、クウェート、アラブ首長国連邦(UAE)といった主要産油国から欧州・アジアへ向かうタンカーの大半が、この狭隘な海峡を通過しなければならない。
しかし近年、イランと欧米諸国との対立激化、フーシ派(イエメンの武装勢力)による紅海・ホルムズ周辺での船舶攻撃、さらには海賊行為のリスクなどが重なり、この航路は「世界で最も危険な商業航路のひとつ」と見なされるようになった。それでもなお、多くの船会社がこの航路を選択し続けている。
「リスク承知」で航行を続ける船会社の論理
元記事が伝えるところによれば、貨物船会社は1回のホルムズ海峡通過航行で数百万ドルもの利益を得られる可能性があるという。高騰した保険料や、危険手当として大幅に引き上げられた船員給与を差し引いてもなお、巨額の利益が残るという計算が成り立つのだ。
具体的には、保険料は通常航路と比較して数倍に跳ね上がっており、船員の給与も「危険地域手当」として通常の2倍から3倍以上に設定されるケースも珍しくない。それでも、海峡通過による運賃プレミアムや積み荷の価値を考慮すれば、収支はプラスに転じる。こうした「リスクとリターンの方程式」が、危険を顧みない航行を促し続けているのである。
高騰する保険料と船員の「危険手当」
海運業界では、戦争リスクや紛争地域を通過する際の特別保険(ウォー・リスク保険)が適用される。ホルムズ海峡については、国際的な保険市場であるロイズ・オブ・ロンドンなどが定める「高リスク地域」に指定されており、船体保険料や貨物保険料は通常の水準を大幅に上回る。
一方、船員側にとってもこの航行は文字通り命がけだ。イランによる外国船拿捕の事例、フーシ派のミサイル・ドローン攻撃、さらには機雷敷設の懸念など、様々な脅威が現実のものとして存在する。このため、多くの海運会社は乗組員に対して通常給与に加えた危険手当の支払いを余儀なくされており、熟練船員の確保競争も激しさを増している。
なぜ迂回路を選ばないのか――コストと時間の問題
ホルムズ海峡を避けるためには、アフリカ南端の喜望峰を回る迂回ルートを選択するか、あるいは積み荷の内容によってはルート変更自体が不可能なケースもある。喜望峰ルートは安全性が高い反面、航行距離が大幅に延び、燃料費・時間・人件費のすべてで大きなコスト増となる。
特に石油・ガスタンカーの場合、ペルシャ湾岸の産油国から荷を積んで出発する構造上、ホルムズ海峡を通過しない限り出発地点から抜け出すことすら難しい。すなわち、ホルムズ海峡通過は多くの船会社にとって「選択」ではなく「必然」でもあるのだ。
地政学リスクが生み出す「プレミアム運賃」の実態
海運市場では、地政学的緊張が高まるたびにホルムズ海峡通過を含む中東航路の運賃が急騰する傾向がある。2019年のタンカー攻撃事件や、2024年以降のフーシ派による紅海攻撃激化などを契機に、スポット運賃(単発の契約運賃)は通常時の数倍に膨れ上がった局面もあった。
こうした運賃高騰の恩恵を受けるのは、リスクを取ってでも航行を続けることを選んだ船会社だ。契約運賃を大幅に上回る収入を得られるため、保険料や危険手当を支払ってもなおキャッシュフローは潤沢となる。一種の「リスクプレミアム」が海運業界に巨額の利益をもたらしている構図といえる。
ベトナム海運業界への影響
ベトナムにとっても、ホルムズ海峡の情勢は無縁ではない。ベトナムは中東からの原油輸入に依存しており、ホルムズ海峡の通航障害はエネルギーコストの上昇を通じてベトナム国内の製造業や物価に直接影響を与える。
また、近年急成長を続けるベトナムの海運・物流セクターにとっても、中東航路の運賃動向は重要な経営変数だ。国営のビナラインズ(Vinalines、ベトナム海運グループ)をはじめとする国内船会社は、こうした国際的な運賃市場の変動に敏感にならざるを得ない立場にある。直接ホルムズ海峡を通過する案件が増加すれば、ベトナム系船会社にとってもリスクとリターンの判断を迫られる場面が増えるだろう。
日本企業・日本の読者にとっての意味
日本はエネルギーの中東依存度が高く、原油輸入の約9割が中東からホルムズ海峡を通じて運ばれる。このため、ホルムズ海峡の通航安全は日本のエネルギー安全保障と直結した問題だ。運賃プレミアムが発生すれば、それは最終的に日本国内のエネルギーコスト、さらには物価全般の上昇要因となる。
また、日本の海運大手(日本郵船、商船三井、川崎汽船など)もホルムズ海峡を含む中東航路に深く関わっており、危険地域通過に関するリスク管理・保険戦略は経営上の重要課題となっている。2019年には日本郵船が運航に関与するタンカーがホルムズ海峡付近で攻撃を受けた事件もあり、日本にとってこの問題は「対岸の火事」ではない。
考察――「危険を冒してでも航行する」構造は変わらないのか
ホルムズ海峡における「高リスク・高リターン」の構造は、地政学的緊張が続く限り解消されない。むしろ、緊張が高まるほど運賃プレミアムが拡大し、リスクを取る船会社の利益が増大するという逆説的なメカニズムが働く。これは海運市場の合理性であると同時に、国際社会が抱えるエネルギー安全保障上の脆弱性を如実に示している。
中東情勢の行方、イランの核交渉の進展、フーシ派の動向など、今後もホルムズ海峡の情勢を左右する要因は山積みだ。「利益のために命をかけて海峡を渡る」という現実は、海運という産業のダイナミズムと、それを取り巻く地政学的リスクの厳しさを同時に浮き彫りにしている。
出典: VnExpress(元URL)
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