ベトナム年金制度の矛盾――任意加入の補足退職保険が「10年以上凍結」された税優遇に縛られる深刻な構造問題

Nghịch lý trong chính sách ưu đãi thuế đối với bảo hiểm hưu trí bổ sung

ベトナムの社会保障制度において、看過できない矛盾が浮き彫りになっている。国家が管理する強制加入の社会保険は経済変動に合わせて柔軟に自己調整を続けている一方で、市場原理に基づく任意加入の「補足退職保険(bảo hiểm hưu trí bổ sung)」は、10年以上前に設定された税優遇措置のまま事実上「凍結」されているのだ。少子高齢化が急速に進むベトナムにおいて、この政策の不整合は年金制度全体の持続可能性を脅かしかねない深刻な問題である。

目次

多柱型年金制度の理想と現実

現代の社会保障モデルでは、年金制度は単一の仕組みではなく、国家・市場・個人が責任を分担する「多柱型(マルチピラー)」の生態系として設計されるのが国際的な潮流である。世界銀行が提唱したこの枠組みは、第1の柱として政府が運営する強制社会保険、第2の柱として企業や個人が任意で積み立てる補足退職保険、第3の柱として個人貯蓄や民間保険を位置づけている。

ベトナムもこの国際的な枠組みに沿い、強制社会保険と補足退職保険を併存させる制度設計を採用している。両者は本来、労働者が退職後に持続可能な収入を確保するという共通目標に向けて補完し合う関係にあるはずだ。しかし現実の政策運用においては、強制的な仕組みの方がはるかに柔軟かつ合理的に機能し、任意加入で市場原理に基づくはずの補足退職保険の方が硬直した制度に縛られているという、本末転倒の状態が生じている。

強制社会保険:「強制」でありながら柔軟な制度設計

ベトナムの強制社会保険は、しばしば「行政的で硬直的」というイメージで語られがちだが、実際にはきわめて戦略的な設計がなされている。

まず、企業が労働者のために拠出する社会保険料は、個人所得税の課税対象から除外されている。これは単なる税優遇にとどまらず、「社会保険料は将来のために繰り延べられた所得であり、現在の消費所得ではない」という一貫した政策メッセージを体現するものだ。労働者は自らの社会保障部分に対して課税されることがなく、企業側にも法令遵守と適正な拠出を行う動機が生まれる。

さらに重要なのが、保険料率と上限額の設計である。企業負担は月額給与の約15%、労働者負担は8%で、いずれも上限は基礎給与(lương cơ sở)の20倍、現在の水準で月額4,680万ドンに設定されている。この「基礎給与連動型」の設計が持つ戦略的意義は大きい。基礎給与が改定されれば、拠出上限や給付上限も自動的に調整される。法改正も政策論争もなしに、制度全体がインフレや経済成長に追随できる仕組みなのだ。

実際、ベトナムの基礎給与は2013年の月額115万ドンから2024年には234万ドンへと、約2倍に引き上げられてきた。2016年に121万ドン、2017年に130万ドン、2018年に139万ドン、2019年に149万ドン、2023年に180万ドンと段階的に上昇し、強制社会保険の拠出上限もそれに連動して引き上げられた。いわば強制社会保険は、経済の鼓動に合わせて運用されるよう「プログラミング」されているのである。

補足退職保険:「任意」なのに政策に縛られる逆説

これとは対照的に、年金制度の「第2の柱」として期待される補足退職保険は、魅力に乏しく硬直的な政策の枠組みの中に閉じ込められている。

最大の問題点は税制上の取り扱いである。企業が労働者のために補足退職保険に拠出した金額は、労働者の個人所得税の課税対象に含まれる。これは強制社会保険とは真逆の扱いであり、「国は補足退職保険を社会保障の本質的な構成要素とはみなしておらず、通常の所得と同列に扱っている」という暗黙のメッセージを発することになる。

この税制上の不利は、現場で具体的な弊害を生んでいる。労働者が企業の定める条件を満たさず早期退職した場合、企業が拠出した分は返還される。しかし、すでに納付した個人所得税の還付手続きは煩雑を極め、労働者にとって大きな負担となる。企業側も、完全に任意の福利厚生制度であるにもかかわらず、税務関連の書類手続きや労働者へのサポートという追加的な負担を強いられる。結果として、労働者も企業も補足退職保険への参加に消極的になるという悪循環が生じているのだ。

もう一つの深刻な問題が、税優遇額の「凍結」である。補足退職保険に対する個人所得税の非課税枠は、2013年の制度導入時から月額100万ドンのまま、10年以上にわたって一切変更されていない。同じ期間に基礎給与が2倍以上に引き上げられたことを考えれば、この優遇措置の実質的な価値がいかに目減りしたかは明白である。

さらに、2013年から2025年にかけての年間インフレ率が1.8%から6.6%の間で推移してきたことを加味すれば、100万ドンの優遇枠の実質価値は著しく低下している。インフレに連動して調整されない優遇政策は、本質的に時間の経過とともに自己消滅していく政策にほかならない。

政策の非対称性がもたらすリスク

ここに浮かび上がる政策の全体像は、深刻な矛盾に満ちている。強制的な仕組みには明確で柔軟、自動調整型の優遇が与えられ、価値が保全される。一方、任意の仕組みには低水準で凍結され、経済指標とも連動しない優遇しか与えられず、年々魅力を失っていく。

ベトナムは現在、東南アジアでも最も急速に高齢化が進む国の一つである。国連の推計によれば、2050年までに65歳以上の人口比率は現在の約8%から20%超に達する見通しだ。こうした人口動態の変化の中で、補足退職保険という第2の柱が機能不全に陥れば、退職後の所得保障に対する圧力はすべて強制社会保険に集中することになる。これは財政的にも制度的にも持続不可能な状況を招きかねない。

国際的な先行事例との比較

国際的な経験は、十分な規模の税優遇なくして強力な年金基金は育たないことを示している。税優遇は財政支出ではなく、社会の安定と資本市場の発展に対する投資と位置づけるべきものだ。

米国の401(k)制度では、企業と従業員の拠出金に対して幅広い税優遇が設けられ、その上限額は毎年インフレに連動して調整される。英国では退職年金への拠出に対する直接的な税還付制度が整備されている。オーストラリアのスーパーアニュエーション制度は、雇用主に給与の一定割合(現在11.5%)の年金拠出を義務づけつつ、税制面でも手厚い優遇を提供している。いずれの国でも、年金基金は民間セクターにとって巨大な長期資本の供給源となっている。

日本においても、確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)の掛金は全額所得控除の対象であり、運用益も非課税とされるなど、税制面での後押しが制度普及の重要な推進力となってきた。ベトナムの補足退職保険が直面している問題は、まさにこうした税制インセンティブの不足と硬直性に起因するものである。

求められる改革の方向性

記事の筆者は、ベトナムが採るべき具体的な改革の方向性として以下の2点を提言している。

第一に、現行の月額100万ドンという固定的な非課税枠を廃止し、月額給与の6%(現行の上限基準で約280万8,000ドン)から8%(同約374万4,000ドン)の比率ベースに転換すること。上限は強制社会保険と同様に基礎給与の20倍とし、経済状況に自動的に連動する仕組みとすべきだとしている。

第二に、企業が労働者のために補足退職保険基金に拠出する部分について、個人所得税を免除すること。これにより、強制社会保険と同等の税制上の扱いが実現し、制度への参加インセンティブが格段に高まると指摘している。

さらに重要な視点として、補足退職保険基金のマクロ経済的な役割が強調されている。ベトナムの規定では、補足退職保険基金は運用資産の最低50%を国債に投資することが求められている。つまり年金基金は社会保障の手段であると同時に、国家および民間セクターのための長期資金調達の柱でもあるのだ。補足退職保険の発展を通じて、①より均衡のとれた持続可能な社会保障制度と、②民間経済および国債市場への安定的な中長期資金の供給という「二重の戦略的利益」を獲得できる可能性がある。

日本企業・投資家への示唆

この問題は、ベトナムに進出している日本企業にとっても無関係ではない。ベトナムで事業を展開する日系企業の多くは、優秀な人材の確保・定着のために福利厚生の充実を図っており、補足退職保険はその有力な選択肢の一つとなり得る。しかし現行の税制では、企業にとっても労働者にとってもメリットが薄く、制度の活用が進んでいないのが実情だ。今後、税優遇の改革が実現すれば、日系企業の人事戦略にも新たな選択肢が加わることになるだろう。

また、ベトナムの資本市場に投資する機関投資家にとっても、年金基金の成長は市場の厚みと安定性を増す重要な要素である。補足退職保険の制度改革の行方は、ベトナム資本市場の中長期的な発展を占う上で注視すべきテーマといえる。

強制的な仕組みがすでに柔軟性と合理性を示している以上、年金制度の未来を担うはずの任意の仕組みが時代遅れの税優遇に縛られ続ける理由はない。補足退職保険の税制改革は、もはや「奨励」の段階を超え、ベトナムの発展にとって避けられない必然の課題である。

出典: Vn Economy

いかがでしたでしょうか。今回のベトナム年金制度の税優遇改革について、皆さんのご意見もぜひお聞かせください。コメント欄や@viettechtaroのDMでお待ちしています。この記事が参考になったら、ぜひXでシェアしていただけると嬉しいです。より多くの方にベトナム投資の魅力を伝えたいと思っています。

【noteメンバーシップのご案内】
より詳細なベトナムの経済ニュース解説や企業の投資分析、現地からのリアルタイム情報をお求めの方は、ぜひメンバーシップへのご参加をご検討ください。
https://note.com/gonviet/membership

noteメンバーシップのご案内

ベトテク太郎noteメンバーシップ
Nghịch lý trong chính sách ưu đãi thuế đối với bảo hiểm hưu trí bổ sung

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次