中東地域の地政学的緊張が激化する中、ベトナムの建設省は2026年3月16日、政府に対してエネルギー供給の確保、運輸コストの安定化、運輸企業への支援策を柱とする一連の緊急提言を行った。世界的なエネルギー市場と物流網の混乱がベトナム経済に波及するリスクが高まっており、航空・海運分野ではすでに具体的な影響が顕在化している。
燃料供給の多角化と国内精製能力の維持
建設省の報告書によると、同省はまず政府に対し、中東紛争への緊急対応を定めた2026年3月6日付の政府決議第36号(Nghị quyết số 36/NQ-CP)に基づく措置の継続実施を求めた。ベトナムは原油輸入の相当部分を中東地域に依存しており、紛争の長期化は国内の燃料供給に直結する問題である。
具体的には、国内の製油所向け原油の調達先を多角化し、精製施設の安定稼働と国内市場へのガソリン・軽油の安定供給を維持するよう提言している。ベトナムには南部のズンクアット製油所(Dung Quất、クアンガイ省)と北部のニソン製油所(Nghi Sơn、タインホア省)の2大製油所があるが、いずれも原油の輸入に大きく依存しているため、調達先の分散は喫緊の課題である。
建設省は商工省(Bộ Công Thương)に対し、石油化学プラントやガス加工施設に原材料の輸入先拡大を指示するよう要請した。さらに、ガソリン・軽油の販売企業に対しては、供給不足リスクが生じた場合に運輸企業や建設・製造業の主要分野への燃料供給を優先する計画を策定するよう求めている。
石炭供給についても、建設省は農業環境省(Bộ Nông nghiệp và Môi trường)および各地方人民委員会に対し、行政手続きの簡素化と期間短縮を図り、企業が採掘能力を増強したり新たな炭鉱を開発したりできる環境を整備するよう提言した。ベトナムは北部クアンニン省を中心に豊富な石炭資源を有しているが、近年は火力発電向け需要の急増に国内生産が追いつかず輸入に頼る場面も増えている。中東情勢の不安定化によるエネルギー価格全般の上昇を見据え、国内炭の増産で代替エネルギー源を確保しようという狙いがある。
減税・手数料減免で運輸企業を支援
財政面では、建設省は財務省(Bộ Tài chính)に対し、ガソリン・軽油にかかる特別消費税および環境保護税の一定期間の引き下げを検討するよう提言した。ベトナムでは燃料価格に複数の税が上乗せされており、世界的なエネルギー価格高騰の局面ではこれらの税負担が運輸コストの上昇を加速させる構造になっている。過去にもCOVID-19パンデミック時に環境保護税の一時引き下げが実施された前例があり、今回も同様の対応が視野に入る。
運輸企業向けの税・手数料支援策としては、以下の具体的な措置が提案されている。
・航空分野:離着陸料および航空管制料の50%削減
・内陸水運分野:内陸港・船着場への入出港手数料の免除または減額
・燃料の付加価値税(VAT):運輸用燃料を付加価値税の減税対象品目に追加し、現行の10%から適切な水準への引き下げを検討
これらの措置が実現すれば、航空会社や海運・内陸水運事業者のコスト負担を直接的に軽減する効果が期待される。ベトナムの運輸業界は中小企業の割合が高く、燃料費の急騰が経営を圧迫しやすい構造にある。
外交チャネルを活用した燃料・航空権益の確保
建設省は外務省(Bộ Ngoại giao)に対しても複数の要請を行っている。まず、UAE(アラブ首長国連邦)やサウジアラビアなど中東諸国との連携を通じ、同地域で活動するベトナム籍の船舶および乗組員が食料・生活必需品を確保できるよう支援体制を整えることを求めた。
さらに、国際航空当局との折衝を通じて、ベトナムの燃料供給企業がジェット燃料(Jet A-1)の調達にアクセスできるよう取り計らうことや、ベトナムの航空会社が各国際空港で保有する「ヒストリカル・スロット」(過去の運航実績に基づく発着枠)を維持できるよう外交的支援を行うことも要請された。航空業界では、一度発着枠を手放すと再取得が極めて困難であるため、紛争下の一時的な運休が長期的な競争力低下につながりかねない。ベトナム航空やバンブー・エアウェイズ、ベトジェットエアなどにとって、欧州・中東路線の発着枠維持は経営戦略上きわめて重要な問題である。
航空分野:カタール・UAE路線で大規模欠航
建設省の報告書は、中東の地政学的変動がすでにベトナムの航空・海運に具体的な影響を及ぼしている実態も詳述している。
航空分野では、カタールの領空が依然として閉鎖されているため、カタール航空(Qatar Airways)はドーハのハマド国際空港を発着する定期便の大半を一時運休している。カタール航空当局が一部の航空回廊について暫定許可を出したことで限定的な運航が行われているに過ぎない状況だ。
ベトナム関連では、2026年3月15日未明にハノイからパリへ向かう救済便QR7351が運航され、中東情勢の影響で足止めされていた400人以上の旅客が輸送された。しかし、3月17日にはホーチミン市─ドーハ線およびハノイ─ドーハ線の計6便が欠航となり、約1,400人の旅客が影響を受ける見通しである。
エミレーツ航空(Emirates)は、ドバイ─ホーチミン市線のEK364/EK365便を3月25日まで欠航とする予定だが、ハノイ─ドバイ線およびドバイ─バンコク─ダナン線は引き続き運航を維持している。
エティハド航空(Etihad Airways)は、アブダビと一部の都市を結ぶ商業便を限定的に運航しており、ベトナムでは3月14日から20日の期間にハノイ─アブダビ線の旅客便を再開し、約3,000人の旅客を輸送した。
海運分野:ベトナム企業の船舶15隻が中東に
海運については、ベトナム企業が所有する船舶15隻が現在中東地域で活動しており、うち8隻がベトナム国旗を掲げている。前週比では2隻減少しており、一部の船舶がベトナムへの帰還または他国への航行のため同地域を離れたことによる。建設省は、現時点でベトナムの船舶および乗組員の安全は確保されているとしつつ、一部の船舶は中東各地で停泊待機を余儀なくされていると報告している。
国際コンテナ運賃の指標であるドリューリー世界コンテナ指数(Drewry World Container Index)は前週比で約10%上昇し、紛争前と比較すると12〜15%の上昇となり、40フィートコンテナあたり約2,300〜2,500ドルの水準に達している。路線別では、アジア─欧州航路の運賃が20%以上、アジア─地中海航路が約10%それぞれ上昇した。英調査会社ドリューリーは、中東の地政学的緊張がグローバルサプライチェーンに引き続き圧力をかけ、短期的にコンテナ運賃を押し上げる可能性があると分析している。複数の船会社はすでに戦争付加料金や燃油サーチャージの適用を開始している。
国内運輸:陸運コスト上昇、鉄道は値下げ
国内に目を転じると、ガソリン・軽油価格が20〜30%上昇したことを受け、トラック輸送を中心とする道路運送のコストが上昇傾向にある。一方、鉄道分野では興味深い逆の動きが見られる。ベトナム鉄道輸送株式会社(Công ty cổ phần Vận tải đường sắt)は、ディーゼル価格の小幅な下落を受けて3月13日から旅客運賃を3%、貨物運賃を4%それぞれ引き下げた。ベトナムの鉄道はディーゼル機関車が主力であり、燃料価格の変動が運賃に比較的迅速に反映される構造にある。
日本企業・投資家への影響と今後の展望
今回の建設省の提言は、中東情勢の長期化に備えたベトナム政府の危機管理姿勢を反映したものである。ベトナムに製造拠点を持つ日系企業にとって、燃料価格の上昇と物流コストの増大は収益を直接圧迫するリスク要因であり、サプライチェーンの見直しや代替輸送ルートの確保が急務となる。
特に、ベトナムから欧州向けの輸出を行う企業にとっては、アジア─欧州航路の運賃上昇(20%超)や戦争付加料金の導入は無視できないコスト増要因である。また、中東経由の航空路線の混乱は、ビジネス渡航や高付加価値貨物の輸送にも支障をきたしかねない。
一方で、ベトナム政府が燃料税の引き下げや運輸関連手数料の減免など踏み込んだ財政支援策を検討していることは、企業の事業継続にとってプラス材料といえる。今後、これらの提言がどの程度のスピード感で政策として実行に移されるかが焦点となる。中東情勢の推移とともに、ベトナム政府の対応を注視していく必要がある。
出典: Vn Economy
いかがでしたでしょうか。今回の中東危機に伴うベトナム運輸政策の動向について、皆さんのご意見もぜひお聞かせください。コメント欄や@viettechtaroのDMでお待ちしています。この記事が参考になったら、ぜひXでシェアしていただけると嬉しいです。より多くの方にベトナム投資の魅力を伝えたいと思っています。
【noteメンバーシップのご案内】
より詳細なベトナムの経済ニュース解説や企業の投資分析、現地からのリアルタイム情報をお求めの方は、ぜひメンバーシップへのご参加をご検討ください。
https://note.com/gonviet/membership












コメント