ベトナム政府が、温室効果ガスの排出量取引制度(ETS)の本格稼働に向けた重要な一歩を踏み出した。農業・環境省(2024年の省庁再編で旧天然資源・環境省から改組)は、鉄鋼、セメント、火力発電という国内三大排出産業に属する110の事業所を対象に、温室効果ガス排出枠(ハンガク=排出クオータ)の試験的な配分を開始した。これはベトナムが2050年までのカーボンニュートラル達成を国際社会に約束して以降、排出量取引の制度設計において最も具体的な進展といえる。
排出枠の試験配分とは何か
排出枠(ハンガク)の配分とは、対象となる事業所ごとに一定期間内に排出が認められる温室効果ガスの上限量を政府が割り当てる仕組みである。事業所が割り当てられた枠を下回る排出に抑えられれば、余剰分を市場で売却できる。一方、枠を超えて排出した場合は、他の事業者から排出枠を購入しなければならない。これがいわゆる「キャップ・アンド・トレード」方式の排出量取引制度の根幹であり、経済的インセンティブを通じて排出削減を促す政策手段である。
今回の試験配分は、2028年に予定されるベトナム国内炭素クレジット取引所の正式稼働を見据えた準備段階に位置付けられる。110施設という対象数は限定的に映るかもしれないが、鉄鋼・セメント・火力発電の3分野はベトナムの産業由来CO2排出の大部分を占めており、制度の実効性を検証するうえで極めて合理的な選定といえる。
なぜこの3業種が選ばれたのか
ベトナムは急速な工業化と都市化に伴い、温室効果ガスの排出量が右肩上がりで増加してきた。なかでも鉄鋼、セメント、火力発電は突出した排出源である。
鉄鋼業では、ホアファット・グループ(Hòa Phát、ベトナム最大の鉄鋼メーカー)をはじめとする大手が高炉・転炉方式で大量のCO2を排出している。セメント産業については、ベトナムは世界有数のセメント生産国であり、北部を中心に大規模な生産拠点が集積する。火力発電に関しては、石炭火力が依然として総発電量の約3割を占めており、脱炭素化が急務とされてきた。
これら3分野を最初のパイロット対象に据えることで、排出量の把握(MRV=計測・報告・検証)の手法を確立し、将来的に繊維、化学、食品加工など他産業への拡大を円滑に進める狙いがある。
2021年COP26での公約と制度整備の経緯
ベトナムは2021年にグラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において、2050年までにネットゼロ排出を達成するという目標を表明した。これは東南アジアの新興国としては野心的な宣言であり、国際社会から注目を集めた。
その後、ベトナム政府は2022年に排出量取引制度のロードマップを策定。2025年までに制度の法的枠組みを整備し、パイロットフェーズを経て2028年に取引所を本格運用する計画を打ち出している。今回の110施設への排出枠試験配分は、このロードマップに沿った施策であり、計画通りに進捗していることを示すものだ。
日本企業・日本経済への影響
この動きは、ベトナムに生産拠点を持つ日本企業にとっても無視できない。日本はベトナムにとって最大級の投資国の一つであり、鉄鋼やエネルギー分野では日本企業の関与も大きい。JFEスチールやJERA(東京電力と中部電力の合弁)などはベトナムのエネルギー・素材セクターに深く関わっており、排出枠制度の導入はこれら企業の事業コスト構造に直接影響を及ぼす可能性がある。
一方で、日本が先行して蓄積してきた省エネ技術やCO2回収・貯留(CCS/CCUS)技術、さらにはJクレジット制度の運用ノウハウは、ベトナムの制度構築において大きなビジネスチャンスともなり得る。実際、日本の環境省や経済産業省はベトナムとの間で二国間クレジット制度(JCM)を推進しており、今回の排出枠制度との連携が進めば、日越双方にとってWin-Winの関係が構築できるだろう。
今後の注目ポイント
試験配分フェーズにおける最大の焦点は、各施設の排出量データの正確性と透明性の確保である。MRV体制が不十分なままでは、排出枠の信頼性が担保されず、将来の市場取引に支障をきたす。また、排出枠の初期配分方法(無償配分か有償オークションか)や、超過排出に対する罰則規定の具体化も今後の制度設計における重要な論点となる。
ベトナムは中国、韓国に続き、アジアで排出量取引制度を本格導入する国の一つとなる見通しだ。東南アジア地域では先駆的な取り組みであり、タイやインドネシアなど周辺国の気候政策にも波及効果をもたらす可能性がある。2028年の取引所稼働に向け、制度の実効性がどこまで高められるか、引き続き注視していきたい。
出典: VN Express
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