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ベトナムを含む世界の美容業界で、ブランド各社が顧客単価(AOV=Average Order Value)を引き上げるための戦略を大幅に見直している。従来型のポイント還元や値引き合戦が限界を迎えるなか、「厳選されたセット販売」と「大容量サイズの拡充」という2つのアプローチが急速に存在感を高めている。本稿では、TikTok ShopやCircana(サーカナ、旧NPDグループとIRIが統合した市場調査大手)のデータを交えながら、美容業界における最新の販売戦略を詳しく解説する。
「アップセリング」の再定義——値引きだけでは消費者は動かない
「アップセリング(Upselling=追加購入の促進)」という言葉は、時にネガティブな印象を与えがちである。しかしその本質は、既存顧客を維持し、1回あたりの購買金額を高めるという、ブランド成功の核心そのものだ。
美容業界は長年にわたり、「購入時のおまけ(Gift with Purchase)」や「ポイントプログラム」といった古典的なインセンティブに依存してきた。しかし、現代の消費者はこうした施策の「形だけ感」を敏感に見抜くようになっている。単純なポイント還元、毎回同じようなセール、あるいは不要な付属品の追加といった手法は、もはや購買を後押しする力を失いつつある。
さらに、値引き競争も長期的にはブランドの利益率を蝕み、消費者のブランドに対する「価値の認知」を低下させるリスクがある。消費者は一定の割引を当然視するようになっているが、それだけでは購入の決め手にはならない。
では何が決め手になるのか。それは、限定感のある独占的な特典、パーソナライズされた購買体験、そして「なぜこの商品を、なぜ今買うべきなのか」を明確に伝えるコミュニケーションである。これらが「知覚価値」を「購買行動」へと転換させる鍵となっている。
セット販売の急成長——TikTok Shopでは売れ筋の24%がセット商品
正しく設計されたセット商品は、ブランドの世界観を体験させると同時に、買い物かごの金額を自然に引き上げ、消費者の美容ルーティン全体に対するブランドのエンゲージメントを高める。
TikTok Shopの美容カテゴリー責任者であるエミリー・ケイン氏によれば、2025年第4四半期、TikTok Shopで最も売れた美容製品のうち24%がセット商品であった。この数字は、セット販売がもはやニッチな施策ではなく、主流の販売戦略になっていることを示している。
好例として挙げられるのが、韓国発のスキンケアブランドMedicube(メディキューブ)である。同ブランドはTikTok Shop限定のセット商品を頻繁にリリースしており、ベストセラーである「Zero Pore Pads(ゼロ・ポア・パッド)」の3点セットなどを10〜20%の割引価格で提供している。また、米国の大手コスメ小売チェーンUlta Beauty(アルタ・ビューティー)も、TikTok Shop進出にあたって限定セット商品の投入を予定している。
ケイン氏は「値引きだけではなく、独占性というストーリーが重要だ」と指摘する。「特にスキンケアでは利便性も大きな要素であり、セット商品はある意味、購買体験を簡素化するサービスそのものだ」と述べている。
「消費者教育」がセット販売の成否を分ける
セット商品のマーケティングにおいて、いわゆる「消費者教育」の要素がとりわけ重要になっている。これはスキンケアだけでなく、ヘアケア分野でも同様である。
市場調査会社Circanaのデータによると、プレミアムヘアケア分野におけるセット商品の売上は2025年に8%成長し、ヘアケア市場全体の成長率を上回った。シャンプー、コンディショナー、ヘアセラムを組み合わせたセットにより、消費者に「完全なヘアケアルーティン」を提案するブランドが好調だという。
ケイン氏は「ヘアケアは、スキンケアに比べて消費者の知識がまだ深くない領域だ。そのため、TikTok Shopのようなプラットフォーム上で、まったく新しい美容の『儀式(リチュアル)』を発見できるという体験が、購買の大きな後押しになっている」と分析する。
フレグランスブランドPhlur(フラー)もこの戦略を巧みに活用している。同ブランドは新作の「Berry Cream(ベリークリーム)」と「Matcha Milk(抹茶ミルク)」をペアセットとして発売した。マーケティング責任者のエリカ・ダニバン氏は、「消費者は香りのレイヤリング(重ね付け)に関心を持っているが、具体的にどう始めればいいか分からない人が多い」と語る。結果として、このペアセットは発売直後からDTC(自社EC)チャネルにおいて販売数量ベースで最も売れた商品となり、割引幅はごく控えめであったにもかかわらず高い成果を上げた。
一方、Circanaのデータは興味深い傾向も示している。フレグランスのみで構成されたセット商品は二桁成長を記録した一方で、ボディウォッシュなどの付帯品を含むセットは売上が減少傾向にある。消費者は「おまけ」的な付属品よりも、実質的な価値を重視するようになっているのだ。つまり、売れ残り商品や関連性の低い製品を主力商品に「抱き合わせる」手法は逆効果になりかねない。
大容量化のトレンド——ブランド価値を毀損せずに顧客単価を上げる
消費者のコスパ志向が強まるなか、大容量サイズの製品は「売り手良し・買い手良し」のソリューションとして注目を集めている。ブランド側は初回購入時点で高い注文単価を確保でき、消費者側は1回あたりの使用コストを抑えられる。重要なのは、この手法が値引きとは異なり、ブランドのプレミアムなポジショニングを損なわないという点である。
Circanaによれば、プレミアムヘアケア分野では、16〜25オンス(約470〜740ml)の大容量シャンプー・コンディショナーが売上・販売数量ともに18%の成長を記録した。
ただし、大容量製品には留意点もある。バスルームの棚に大きな容器が長期間放置されると、消費者の日常的な意識からブランドが「消える」リスクがある。初期の忠誠心で購入を獲得できたとしても、継続的なブランドコミュニケーションによって消費者との接点を維持する必要がある。
そして最も根本的なこととして、セット販売であれ大容量化であれ、製品そのものが約束通りの効果を発揮しなければ、いかなる販売戦略も機能しない。最終的にリピート購入を生み出すのは、マーケティングの巧みさではなく、製品の実力そのものである。
投資家・ビジネス視点の考察
本記事はグローバルな美容業界のトレンドを扱っているが、ベトナム市場への示唆は大きい。以下の観点から考察する。
1. ベトナム美容市場の成長と構造変化:ベトナムは若年人口比率が高く、SNS浸透率も極めて高い(TikTokの利用者は東南アジア有数)。TikTok Shopを通じた美容製品の販売は、ベトナム国内でもすでに爆発的に拡大している。セット販売や大容量化というグローバルトレンドは、コスパ意識が強いベトナム消費者に対して特に有効と考えられる。
2. 関連上場銘柄への影響:ホーチミン証券取引所(HOSE)に上場する化粧品・日用品関連銘柄、たとえばPNJ(フーニュアンジュエリー)のような美容関連消費財企業や、Eコマース関連の物流・IT企業にとって、TikTok Shop経由の取扱高拡大はポジティブ要因となり得る。また、韓国系ブランドのベトナム市場進出加速は、国内ブランドとの競争激化を意味し、競争力の弱い中小企業の淘汰を促す可能性もある。
3. 日本企業への示唆:資生堂、コーセー、花王といった日本の美容・化粧品大手もベトナム市場で事業を展開している。「丁寧にキュレーションされたセット商品」や「教育型マーケティング」は、品質重視の日本ブランドが得意とするところであり、TikTok Shopなどのプラットフォームを活用した戦略転換が求められる局面である。
4. FTSE格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げが実現すれば、ベトナム株式市場全体への資金流入が加速する。消費セクターは内需型の成長ストーリーを持つため、海外機関投資家のポートフォリオに組み込まれやすいテーマである。美容・パーソナルケア関連銘柄は、こうした資金流入の恩恵を受ける候補の一つとなるだろう。
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