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ベトナムでEC(電子商取引)を含む複数チャネルで販売を行う個人事業主(hộ kinh doanh)が、電子インボイス(hóa đơn điện tử)の発行義務をめぐり深刻な混乱に直面している。各販売チャネルごとに異なるインボイス発行ルールが存在し、とりわけオンライン販売者にとっては大きな負担となっている。財政部(Bộ Tài chính、日本の財務省に相当)は規制緩和を含む新たな政令案を策定中で、2026年7月1日の施行を目指しているが、現場の困惑は容易には解消されそうにない。
電子インボイス義務化の法的根拠
ベトナム政府は、インボイスに関する政令123/2020/NĐ-CPを改正する形で政令70/2025/NĐ-CPを公布した。この改正政令により、年間売上高が10億ドン以上の個人事業主および個人は、税務当局のコード付き電子インボイス、またはPOSレジ(máy tính tiền)から発行し税務当局と直接接続する電子インボイスの使用が義務付けられた。
ベトナムにおける「hộ kinh doanh(個人事業主・家族経営事業体)」は、日本の個人事業主に近い概念であるが、法人格を持たない小規模事業者を広く含む点が特徴的である。ベトナム経済の草の根を支える存在であり、路面店舗からECプラットフォーム上のオンラインショップまで、その業態は多岐にわたる。
さらに、政令117/2025/NĐ-CPでは、EC(電子商取引)プラットフォームやデジタルプラットフォーム上で事業を行う個人事業主・個人に対する税務管理が規定された。決済機能を備えたECプラットフォーム(Shopee、Lazada、TikTok Shopなどが代表的)は、プラットフォーム上の個人事業者に代わって税の申告・納付を行うこととされた。
半年超の運用で噴出した問題点
しかし、施行から半年以上が経過した現在、ECプラットフォーム上の取引ごとに電子インボイスを発行するという規定には、多くの不具合・非現実的な側面が露呈している。
2026年3月23日にハノイ市税務局(Thuế TP.Hà Nội)が主催した「首都の個人事業主に寄り添う会議」(Hội nghị “Đồng hành cùng hộ kinh doanh Thủ đô”)では、多くの事業主が新規定への戸惑いを訴えた。具体的な混乱ポイントは以下の通りである。
①源泉徴収後の申告義務の不明確さ:ECプラットフォーム上で既に1.5%の源泉徴収(khấu trừ thuế tại nguồn)が行われているにもかかわらず、それとは別に定期的な税務申告が必要なのかどうかが不明確だという声が相次いだ。
②マルチチャネル販売における混乱:デジタルプラットフォームと実店舗の両方で販売している事業者、あるいは複数のECプラットフォームにまたがって出店している事業者は、インボイス発行義務の範囲をどう確定すればよいか分からないという問題を抱えている。特に、注文ごとに個別発行が必要なのか、顧客が不要とした場合にまとめて発行できるのかが大きな論点となっている。
③営業時間外の注文への対応:オンライン販売では深夜や早朝にも注文が入るが、その都度インボイスを発行することは現実的に困難である。
税務当局の見解と運用指針
会議で回答に立った税務局業務課(Ban Nghiệp vụ thuế)のレ・ティ・チン(Lê Thị Chinh)副課長は、いくつかの重要な指針を示した。
まず、インボイス使用義務の判断基準は付加価値税(VAT)課税対象となる総売上高であり、すべての販売チャネルの合計売上高が年間10億ドンを超える場合、税務当局コード付き電子インボイスまたはPOSレジ連動型電子インボイスの使用が必須となる。
税務申告義務については、決済機能付きECプラットフォームで販売し、取引ごとに源泉徴収・納税代行が行われている場合、当該売上分については四半期ごとの再申告は不要とされた。ただし、これは個人所得税の計算方法として「売上高に対する一定率」を選択している事業者、または課税対象外の事業者に限定される。
一方で、年間売上高が30億ドンを超える事業者、または「売上から経費を差し引く方式」で税額を計算することを選択した事業者は、年末にすべての販売チャネルからの総売上を集計して税務決算(quyết toán thuế)を行う必要がある。その結果、ECプラットフォームが源泉徴収した税額が実際の納税義務を上回っていた場合は、相殺または超過納付分の還付を受けることができる。
インボイス発行のタイミングについて、チン副課長は政令70/2025に基づき、「商品の所有権移転時」または「購入者への引渡時」がインボイス発行時点であると説明。営業時間外に発生した注文については、商品引渡時や所有権移転完了時など、事業者の実情に合った時点を選択できるとの柔軟な見解を示した。
財政部が検討する規制緩和の方向性
こうした現場の混乱を受け、財政部は電子インボイスに関する新たな政令案を策定中である。注目すべきは、ECプラットフォームが税の申告・納付を代行している場合、出品者(個人事業主)の電子インボイス発行義務を免除するという提案が盛り込まれている点である。
具体的には、決済機能を備えたECプラットフォーム上での販売において、プラットフォーム側が取引ごとに源泉徴収・申告・納税を代行済みであれば、出品者はインボイスを発行する必要がなくなる。購入者がインボイスを必要とする場合は、プラットフォーム側が発行・提供する仕組みとなる。
また、小口取引へのインボイス発行、取引ごとの発行か日次まとめ発行かといった実務上の課題も、政令70の改正過程で検討が進められており、2026年7月1日の施行を予定している。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の電子インボイス問題は、一見すると零細事業者の税務手続きに関するローカルな話題に見えるが、ベトナムのデジタル経済・EC市場の成長、そして同国の資本市場の近代化と深く関連している。
EC関連銘柄への影響:ベトナム株式市場に上場するEC・デジタル決済関連企業にとって、プラットフォーム側が納税代行を担う制度の定着は、出品者の参入障壁を下げ、取引量の拡大に寄与する可能性がある。FPTデジタルリテール(FRT)やモバイルワールド(MWG)など、オムニチャネル戦略を展開する上場企業のエコシステムにも間接的な影響が及ぶ。
FTSE新興市場指数格上げとの関連:ベトナムは2026年9月のFTSE新興市場指数への格上げ判定を控えている。格上げの条件の一つには市場インフラの透明性・近代化が含まれるが、電子インボイス制度の整備は税務・会計の透明性向上に直結する取り組みである。制度が混乱したまま放置されれば、経済全体のフォーマル化(正規化)が遅れ、格上げ評価にも間接的にマイナスとなりかねない。逆に、2026年7月施行予定の規制緩和・合理化が順調に進めば、ベトナム経済のガバナンス改善を示す好材料となりうる。
日系企業・ベトナム進出企業への示唆:ベトナムでBtoC事業を展開する日系企業や、現地パートナーを通じたEC販売を行っている企業にとって、電子インボイス制度の動向は無視できない。特にマルチチャネル戦略を採用している場合、チャネルごとの税務処理の違いを正確に把握する必要がある。2026年7月の新政令施行までは過渡期にあたるため、現地税理士や法務アドバイザーと連携した対応が求められる。
ベトナム政府がデジタル経済の拡大と税収確保の両立を図ろうとする姿勢は明確であるが、現場の実態との乖離をいかに埋めるかが今後の焦点となる。2026年7月の新政令施行が、EC事業者の負担軽減と税務透明性の向上を同時に実現できるか、引き続き注視が必要である。
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