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ベトナムの首都ハノイ市が、2026年から2030年にかけての市場(いちば)整備・管理計画を正式に発表した。老朽化した伝統的市場を全面的に刷新し、QRコード決済の全面導入やECプラットフォームへの出店支援など「デジタル市場(チョー・ソー)」の構築を柱に据えた野心的な計画である。108カ所の市場を新設・建て替えし、118カ所を改修するほか、違法な露店市場を100%撤去するという大規模プロジェクトの全容を読み解く。
計画の全体像——数値目標に見るハノイ市の本気度
ハノイ市が掲げた2026〜2030年の市場開発・管理計画には、極めて具体的な数値目標が並ぶ。主要な目標は以下のとおりである。
- 100%の市場で販売面積の使用料金方針、活動規則、業種配置計画を承認・整備する
- 100%の市場がその本来の機能をフルに発揮し、経済・社会的効率と商業文明の水準を引き上げる
- 新設・建て替え108カ所(うち卸売拠点市場2カ所を含む)。これは市場総数の23%増に相当する
- 改修・補修・アップグレード118カ所(全体の25.2%に相当)
- 違法露店市場(「チョー・コック」と呼ばれるカエル市場)および自然発生的な商売拠点を100%撤去
- 100%の事業者にQRコード決済を導入——常設・常時営業・非常時営業・一時出店者を含むすべての事業者が対象
- 常設事業者の50%がECサイト・SNS・デジタル販売プラットフォーム上にオンライン店舗を開設
「チョー・コック(chợ cóc)」とは、ベトナム語で「カエル市場」を意味する俗語で、許可なく路上や空き地に自然発生的に形成される小規模な露天市場を指す。交通渋滞や衛生問題の原因として長年問題視されてきたが、低所得層の生活に密着しているため撤去が進まなかった経緯がある。今回の計画では、これを「100%撤去」と明記しており、ハノイ市の強い意志がうかがえる。
「デジタル市場(チョー・ソー)」モデルの詳細
今回の計画で最も注目すべきは、「チョー・ソー(chợ số=デジタル市場)」の構築である。ハノイ市は、各フォン(phường=都市部の行政区画、日本の「町」に相当)に最低2カ所、各サー(xã=農村部の行政区画、日本の「村」に相当)に最低1カ所のデジタル市場を整備する方針を打ち出した。
具体的な施策は以下のとおりである。
- 市場内の事業者がECサイト、SNS、デジタル販売プラットフォーム上にオンライン店舗を構築するための支援
- 商品情報、販売価格、原産地情報のオンライン掲載を推進
- 零細事業者(ティエウ・トゥオン)向けのデジタルビジネススキル研修の組織的実施
- キャッシュレス決済の全面展開
ベトナムでは、伝統的な市場が依然として食料品・日用品流通の中核を担っている。特にハノイは1,000年以上の歴史を持つ都市であり、ドンスアン市場(Chợ Đồng Xuân)をはじめとする歴史的市場が市民生活に深く根付いている。こうした伝統的な流通チャネルをデジタル化する試みは、東南アジア全域で進んでいるが、行政主導でここまで体系的な計画を打ち出した例は珍しい。
実施体制と財源——商工局が主導、公的投資と民間活用を併用
計画の実施主体はハノイ市商工局(Sở Công Thương)が主導し、関連する各局・部門およびサー・フォンレベルの人民委員会(UBND)が連携する体制をとる。
各サー・フォンの人民委員会には以下の責務が課された。
- 承認済みの都市計画に基づき、市場建設用地の土地基金を見直し、適切な建設場所を確保する
- 管轄区域内の違法露店市場・不法営業拠点を撤去する
- 市場の管理・運営・開発に参入する企業に対する優遇政策(土地賃借料、土地使用料、税、手数料など)をハノイ市人民委員会および上級機関に提案・報告する
財源については、ハノイ市人民委員会および各サー・フォンの人民委員会が毎年予算を確保し、市場の新設・アップグレード・改修・拡張に充てる。特に、防火基準、食品安全基準、環境衛生基準を満たしていない老朽化市場への投資が優先される。
市場の建て替え・規模拡大プロジェクトは、2026〜2030年の公共投資計画に組み込まれる。改修・補修プロジェクトについては、国会決議第115/2020/QH14号の規定に基づき、経常支出の事業費予算から分担して執行される。
すでに企業や協同組合に運営が移管されている市場で老朽化が進んでいる場合は、運営主体が改修責任を負う。ただし、卸売拠点市場について投資資金が不足する場合は、ハノイ市投資開発基金(Quỹ đầu tư phát triển Thành phố Hà Nội)からの借入が認められるとしている。
背景——なぜ今、市場の大規模整備なのか
ハノイ市がこの時期に大規模な市場整備計画を打ち出した背景には、複数の要因がある。
第一に、急速な都市化に伴うインフラの老朽化である。ハノイ市は2008年にハタイ省(Hà Tây)を吸収合併し、面積が約3.3倍に拡大した。しかし、旧ハタイ省地域を中心に市場インフラの整備が追いついておらず、内城部(ノイタイン)と外城部(ンゴアイタイン)の格差が顕著になっている。今回の計画が「内城と外城の調和ある発展」を明記しているのは、まさにこの課題への対応である。
第二に、ベトナム全土で進むデジタルトランスフォーメーション(DX)の波がある。ベトナム政府は2020年に「国家デジタル転換プログラム」を策定し、2025年までにデジタル経済がGDPの20%を占めることを目標としている。伝統的市場のデジタル化は、この国家戦略の地方実装と位置づけられる。
第三に、コロナ禍を経て加速したEコマースの普及がある。ベトナムのEコマース市場は年率20%以上で成長しており、Shopee、Lazada、TikTok Shopなどのプラットフォームが急速に浸透している。伝統的市場の零細事業者がこの流れに取り残されれば、都市部の流通構造に深刻な断絶が生じかねない。
投資家・ビジネス視点の考察
今回のハノイ市の市場整備計画は、一見すると「伝統的市場のインフラ更新」という地味なテーマに映るかもしれない。しかし、投資家やビジネスパーソンにとって、以下の点で注目に値する。
1. 建設・不動産セクターへの波及:108カ所の新設・建て替え、118カ所の改修という大規模事業は、建設資材、設計、施工といった分野に一定の需要を生む。ハノイ市の公共投資計画に組み込まれることから、上場ゼネコンや建設資材メーカーにとって受注機会となり得る。
2. フィンテック・デジタル決済関連:100%のQRコード決済導入という目標は、VNPay、MoMo、ZaloPayといったベトナム国内の主要デジタル決済プラットフォームにとって大きな追い風である。伝統的市場は、デジタル決済の「最後のフロンティア」とも言える領域であり、ここが開拓されれば決済取扱高の飛躍的な増加が期待できる。
3. Eコマースプラットフォームの裾野拡大:常設事業者の50%にオンライン店舗を持たせるという目標は、Shopee(SEA Limited)やTikTok Shop、さらにはベトナム国産のPostmart(ベトナム郵便が運営)やVoso(Viettel傘下)などのプラットフォームにとって、出店者数の増加を意味する。
4. 日本企業への示唆:日本のイオン(AEON)はすでにハノイ市内に大型ショッピングモールを展開しているが、伝統的市場の近代化は、近代的小売と伝統的市場の競争環境を変化させる可能性がある。また、日本のフィンテック企業やPOSシステムメーカーにとって、ベトナムの市場デジタル化は新たなビジネス機会となり得る。
5. FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるベトナムのFTSE新興市場指数への格上げは、ベトナム全体の制度的近代化・透明性向上と密接に関連している。伝統的市場における価格・規則・業種配置の100%公式承認、キャッシュレス決済の全面導入は、ベトナム経済のフォーマル化(非公式経済の公式経済への統合)を象徴する動きであり、投資家にとってはベトナム市場全体のガバナンス改善を測るひとつの指標となる。
ハノイ市は人口約850万人(登録人口ベース、実質的には1,000万人超とも言われる)を抱えるベトナム第二の経済都市であり、その伝統的市場ネットワークの全面刷新は、ベトナムの流通・小売構造に中長期的な変化をもたらす可能性がある。計画の実行力が問われるのは今後だが、数値目標の具体性と制度設計の緻密さは、ハノイ市の本気度を示していると言えるだろう。
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