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ベトナム農業農村開発省(旧組織)が管轄する複数の灌漑(かんがい)プロジェクトを巡る大型入札不正事件の公判が進行中である。被告23名が裁かれるこの事件で、主犯格とされるホアンダン社(Công ty Hoàng Dân)のグエン・バン・ザン社長が、捜査機関に押収された金塊175本(ベトナム語で「175 cây vàng」、1本=1タエル=約37.5グラム)と複数の不動産を用いて損害を弁済したいと法廷で申し出た。国家に与えた損害額は251億ドン超に上るとされ、ベトナムの公共事業における構造的な汚職体質を改めて浮き彫りにした事件である。
事件の概要—4省にまたがる灌漑入札不正
起訴状によると、不正が行われたのは以下の4つの灌漑ダム建設プロジェクトに関わる入札パッケージである。
- クロンパックトゥオン貯水池プロジェクト(ダクラク省)—入札パッケージ第13号・第17号
- バンモン貯水池プロジェクト(ゲアン省)—入札パッケージ第36号
- バンライ貯水池プロジェクト(ランソン省)—入札パッケージ第21号
- カインタン貯水池プロジェクト(ホアビン省)—入札パッケージ第17号
これらはいずれもベトナム中部高原や北部山岳地帯に位置し、農業用水の確保や洪水調整を目的とした国家的重要インフラ事業である。入札違反行為により国家に与えた損害は合計251億ドン超とされている。
法廷で明かされた贈賄の生々しい手口
2025年3月30日午後に行われた尋問で、被告グエン・バン・ザンは事件の核心部分について供述した。
ザン被告はまず、バンモン貯水池プロジェクトについて説明した。同プロジェクトは2009年に投資建設が承認され、合計256の入札パッケージで構成される大規模事業である。このうち入札パッケージ第36号は、農業農村開発省(旧)傘下の「灌漑建設投資管理委員会第4号」(通称「バン4」)が発注者を務め、その規模は1兆430億ドン超という極めて大きなものであった。
ザン被告は、当時の農業農村開発省副大臣であったホアン・バン・タン被告の自宅を訪問し、入札参加と落札への便宜を直接依頼した。タン副大臣は「企業がしっかりやるなら支援する」と応じ、ザン被告はその場で20万ドル(USD)を手提げ袋に入れて茶卓の上に置いたという。その後も祝祭日や旧正月(テト)のたびにタン被告を訪問し、毎回数千万ドン規模の「贈り物」を渡していた。
タン副大臣の紹介を通じて、ザン被告は当時の建設工事管理局の局長代行であったチャン・トー・ギ被告とも接触。さらにギ被告の紹介で「バン4」の局長を兼任していたグエン・ハイ・タイン(現在逃亡中・指名手配中)にも接触した。こうした「紹介の連鎖」によって、省庁トップから現場の発注機関まで一気通貫の癒着構造が形成されていたことが明らかになった。
「175本の金塊」の出所と弁済の申し出
裁判長がザン被告に対し、捜査機関が押収した金塊175本の出所について質問した。ザン被告は「家族がガソリンスタンド経営で蓄えた資産であり、妻が購入して保管していたものだ」と説明。そのうえで、自身の違法行為を認識しているとして、金塊175本と複数の不動産を損害弁済に充てたいと申し出た。ベトナムの刑事裁判では、被告が自主的に損害を弁済する姿勢を見せることが量刑の軽減要素として考慮されるため、これは明らかに減刑を意識した戦略的な申し出と見られる。
なお、ベトナムにおける「cây vàng」(金の棒)は1タエル単位で取引される伝統的な金の保管形態であり、不動産と並んでベトナムの富裕層が好む資産保全手段として広く知られている。銀行預金よりも金塊を信頼する文化的背景は、フランス植民地時代やベトナム戦争期のインフレ経験に根ざしている。
他の被告の供述—「お礼を受け取っただけ」の弁明
同日の公判では、元副大臣のホアン・バン・タン被告も金銭の受領が党規約および国家法令に違反する行為であったと認めた。
一方、チャン・トー・ギ被告はザン被告から合計130億ドンを受け取ったことを認めたうえで、「入札過程で発注者に意見を述べただけで、仕事が終わった後に相手がお礼に来たので、単純に『感謝されたから受け取った』と考えていた」と供述した。しかし現在では、それが賄賂の受領にあたる違法行為であったと認識しているという。
起訴状によれば、ザン被告が各プロジェクトの落札のために支払った賄賂の総額は402億ドン超に上る。ザン被告は「会計規定違反による重大な結果の招来」「入札規定違反による重大な結果の招来」「贈賄」の3つの罪で起訴されている。
ベトナム公共事業汚職の構造的背景
ベトナムでは、グエン・フー・チョン前共産党書記長(2024年死去)が主導した大規模反汚職キャンペーン(通称「溶鉱炉」作戦)以降、公共事業を巡る不正の摘発が加速している。今回の事件も、農業農村開発省という中央省庁の幹部が組織的に関与した構図であり、ベトナムの公共調達制度が抱える透明性の欠如を象徴するケースである。
特に灌漑・ダム建設といったインフラ事業は、地方の山岳地帯で実施されることが多く、監査の目が届きにくい。入札情報が事前に特定業者に流出し、「出来レース」で落札が決まる構図は、ベトナムの建設業界では長年にわたり半ば公然の秘密であった。今回の事件では、副大臣が自宅で現金を受け取るという露骨な手口が法廷で明らかにされており、制度改革の必要性を改めて突きつけている。
投資家・ビジネス視点の考察
本事件は上場企業が直接関与するものではないが、ベトナムの投資環境を評価するうえで以下の点に注目すべきである。
第一に、反汚職キャンペーンの継続性である。トー・ラム現書記長の下でも「溶鉱炉」路線が継承されていることが改めて確認された。公共事業に参入する外資企業にとって、コンプライアンスリスクの認識は不可欠である。日本のODA案件やJICA関連プロジェクトでもベトナム側パートナーの選定に一層の慎重さが求められるだろう。
第二に、公共調達制度の透明化は中長期的にプラス材料である。2026年9月に予定されるFTSE新興市場指数へのベトナム格上げ判断においては、市場の透明性やガバナンスも重要な評価要素となる。汚職の摘発と制度改革が進むことは、海外機関投資家の信頼醸成に寄与する。
第三に、建設・インフラセクターへの影響である。大型灌漑事業に関わる企業の不正が摘発されたことで、同セクターの入札プロセスが一時的に停滞・厳格化する可能性がある。ベトナム株式市場に上場する建設関連銘柄(CTD、HBC、FCNなど)に直接的な影響はないものの、公共事業の発注ペースの変化には注意が必要である。
日本企業にとっては、ベトナムのインフラ事業への参画にあたり、現地パートナーのデューデリジェンス強化がこれまで以上に重要になる。一方で、透明性向上の流れは、技術力とコンプライアンス体制に優れる日本企業にとって競争優位の源泉ともなり得る。ベトナムの「浄化」プロセスを冷静に見極めながら、中長期的な投資機会を探る姿勢が求められる。
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