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ベトナムの鉄鋼流通大手SMC投資商業株式会社(SMC Investment Trading Joint Stock Company、ホーチミン証券取引所=HOSE上場、証券コード:SMC)が、2025年通期決算で累積赤字を解消したことを発表した。しかし同時に、監査法人が「継続企業の前提(ゴーイングコンサーン)」に対する疑義を表明しており、経営再建の先行きには依然として不透明感が漂っている。ベトナム鉄鋼セクター全体の構造的な課題も映し出すこのケースを、詳しく読み解く。
HOSEによる監視区分の変更と背景
HOSEは2025年9月30日付でSMC株を「管理銘柄(kiểm soát)」から「警告銘柄(cảnh báo)」へと区分変更した。管理銘柄よりは一段緩和された措置だが、依然として投資家に注意を促すステータスである。管理銘柄入りの原因は、2024年12月期の親会社株主帰属の税引後利益が292億ドンにとどまり、未処分利益累計がマイナス1,396億2,500万ドンに達していたこと、さらに情報開示規定に1年間で4回以上違反していたことにある。SMCはこの警告状態からの脱却を目指し、経営改善策の進捗を報告した。
2025年通期業績——利益は大幅改善も売上は縮小
SMCの2025年通期の連結業績は以下の通りである。
- 鉄鋼取扱量:46万トン超(年間計画比74.2%の達成率)
- 連結売上高:7兆100億ドン(前年同期比21.5%減)
- 税引後利益:1,975億ドン(前年の121億ドンから大幅増)
- 未処分利益累計:マイナス1,396億ドン(2024年末)→ プラス405億ドン(2025年末)
売上高が2割以上減少した一方で利益が急伸した背景には、不採算事業の整理や資産売却といった「縮小均衡型」の改善策がある。SMCは2025年中に、圧延・めっき・パイプ製造事業や自動設備の製造加工事業など採算の悪い分野を大胆に縮小・撤退し、子会社の事業モデル転換や資産・設備の譲渡を実行した。これにより固定費や関連コストが大幅に削減され、利益面では大きな改善を実現している。
ノバランド(Novaland)関連の不良債権問題
SMCの経営を長らく圧迫してきた重大リスクの一つが、ベトナム大手不動産デベロッパーであるノバランドグループ(Novaland Group)向けの滞留債権である。ベトナムの不動産市場は2022年後半から深刻な信用収縮に見舞われ、ノバランドを含む大手デベロッパーの資金繰りが悪化。建材サプライヤーであるSMCにも、売掛金の回収遅延という形で影響が波及した。
SMCは2025年第4四半期に「滞留債権管理委員会」を新設し、ノバランド関連を中心にグループ全体の回収不能債権の処理を加速させている。2025年12月31日時点でノバランドグループとの間で債務確認書および支払い・資産相殺に関する合意を締結し、さらに2026年1月30日には追加の支払保証に関する文書を取り交わした。経営陣はこれらを「期末日後の修正事象」として扱い、2025年末時点の引当金を再評価・調整した上で連結財務諸表を作成している。
監査法人が継続企業の前提に疑義を表明
利益面では改善が見られたSMCだが、監査を担当したMoore AISC監査・ITサービス有限会社は、財務諸表に「強調事項(vấn đề nhấn mạnh)」を付した。監査法人が指摘したポイントは主に2点である。
- 営業キャッシュフローの赤字:2025年通期の連結営業キャッシュフローがマイナス754億3,548万4,367ドンとなっている。利益は黒字でもキャッシュが流出している状態であり、本業の資金創出力に疑問が残る。
- 流動負債が流動資産を大幅に超過:2025年12月31日時点で、流動負債が流動資産を6,877億9,468万3,183ドン上回っている。短期的な支払い能力に深刻な懸念がある状態だ。
これらの要因から、監査法人はSMCグループの「継続企業としての存続能力」に重大な疑義があると判断した。添付の連結財務諸表には、この事象から生じ得る調整は含まれていないとしている。いわゆる「ゴーイングコンサーン注記」であり、上場企業にとっては最も深刻な警告の一つである。
2026年の経営方針——コア事業回帰とFDIサプライチェーン参入
SMCは2026年度も引き続きリストラと回復を軸に据える方針を示している。具体的な重点施策は以下の通りである。
- ガバナンス強化、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進、コア事業である鉄鋼加工・鉄鋼商社業務の改善
- 石油化学・化学プラント向けの特殊鋼製品など、付加価値の高い分野への注力
- FDI企業(外資系企業)のサプライチェーンへの参入強化——電子機器、家電、自動車・オートバイメーカー向けにプレス加工・成形加工による高品質鋼材を供給
- 生産量目標と収益性のバランスを重視した慎重な経営
- 非効率な資産・事業の売却を継続し、経営資源を最適化
特にFDI企業向けサプライチェーンへの参入は注目に値する。ベトナムにはサムスン、LG、パナソニック、トヨタ、ホンダなど日系・韓国系を中心に多数の製造拠点が集積しており、鉄鋼加工の現地調達ニーズは大きい。SMCがこの市場で存在感を示せるかが、中長期的な再建の鍵を握る。
CEO自ら590万株を取得——経営陣のコミットメント
直近のトピックとして、SMCのグエン・クアン・チュン(Nguyễn Quang Trung)総裁(CEO)が2026年3月11日から3月25日にかけて、相対取引により590万株のSMC株を取得したことが公表された。取得前は保有ゼロだったところから一気に発行済み株式の8.01%を握ったことになる。経営トップによる大規模な自社株取得は、再建への強い意志を市場に示すシグナルと解釈できる。一方で、株価が低迷するタイミングでの取得であり、今後の株価回復を見込んだ個人的な投資判断という側面もあり得る。
投資家・ビジネス視点の考察
1. ベトナム鉄鋼セクターへの示唆:SMCの苦境は同社固有の問題にとどまらず、ベトナム鉄鋼業界全体が抱える構造的課題を映し出している。中国産安価鉄鋼の流入、国内不動産市場の低迷による建設用鋼材需要の減退、デベロッパーの資金繰り悪化に伴うサプライヤーの売掛金滞留など、業界共通のリスク要因が存在する。ホアファット(Hoa Phat、ベトナム最大の鉄鋼メーカー)のような大手と比較すると、SMCのような中堅流通企業はバランスシートの余力が乏しく、市場環境の変化に対する脆弱性が際立つ。
2. ノバランド問題の波及範囲:ノバランドの経営危機はベトナム不動産セクター全体の象徴的事案であり、SMC以外にも建材メーカーや下請け建設業者など多くの関連企業に影響を及ぼしている。ノバランドの再建が進まなければ、SMCの債権回収は一段と困難になる可能性がある。不動産市場の回復動向はSMCの経営再建の成否に直結する重要なファクターである。
3. ゴーイングコンサーン注記の重さ:監査法人による継続企業の前提への疑義は、株式市場では非常にネガティブなシグナルである。HOSEの規定上、今後さらに管理銘柄への再指定や上場廃止の検討に至る可能性も完全には排除できない。流動負債超過額が約6,878億ドンに上る点は深刻であり、短期借入金の借り換えや資産売却によるキャッシュ確保が喫緊の課題となる。
4. 日系企業・FDI企業との関連:SMCが2026年の戦略としてFDI企業向けサプライチェーンへの参入を掲げている点は、日系製造業にとっても関係がある。ベトナムに生産拠点を持つ日系自動車メーカーや電子機器メーカーにとって、現地鉄鋼加工サプライヤーの選定はコスト競争力に直結する。SMCが安定的に事業を継続できるかどうかは、サプライチェーンの信頼性にも影響を及ぼす。
5. FTSE新興市場指数との関連:2026年9月に決定が見込まれるベトナムのFTSE新興市場指数への格上げは、市場全体への資金流入を促すとされている。ただし、SMCのように監査上の疑義を抱え、警告銘柄に指定されている企業が、海外機関投資家の投資対象になる可能性は低い。むしろ、市場全体の信頼性を高めるためにも、こうした問題企業のガバナンス改善やディスクロージャーの質向上が求められる局面である。
総合すると、SMCは累積赤字の解消という「帳簿上の一里塚」は達成したものの、営業キャッシュフローの赤字と流動性の危機という「実質的な経営課題」は依然として深刻である。CEO自らの大量株式取得はポジティブなシグナルだが、ノバランド関連債権の行方や鉄鋼市場の需給回復が伴わなければ、再建への道のりは平坦ではない。ベトナム鉄鋼セクターおよび不動産関連銘柄への投資を検討する際には、SMCの動向を一つのバロメーターとして注視する価値があるだろう。
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