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国際労働機関(ILO)がベトナムにおける最低賃金の影響に関する新たな調査報告書を公表した。報告書は、最低賃金の引き上げが労働者の収入をわずかに押し上げる一方、現行の賃金水準では依然として生活費を賄うには不十分であると指摘している。雇用への悪影響は限定的だが、企業の労務コスト増大や競争力低下への懸念も浮き彫りとなった。
ベトナムの賃金実態—名目上昇も実質賃金は低水準
ILOによれば、ベトナムでは低賃金問題が依然として多くの労働者に影響を及ぼしている。近年、名目平均賃金は上昇傾向にあるものの、インフレを考慮した実質賃金は低い水準にとどまっている。この点が、最低賃金が労働者の生活水準を保障する上で果たす役割の重要性を改めて浮き彫りにしている。
最低賃金未満の労働者は約3.8%—遵守率は比較的高い
労働力調査のデータを用いた分析によると、ベトナムにおいて最低賃金を下回る賃金を受け取っている労働者の割合は比較的低い。2023年時点で、週35時間以上働く労働者のうち月額最低賃金を下回る賃金を受け取っていたのは約3.8%、時間給ベースでは約3.3%であった。
社会保険に加入するフォーマルセクター(正規雇用部門)の労働者は、インフォーマルセクター(非正規雇用部門)の労働者に比べて最低賃金未満の割合が低い。一方、女性労働者、高齢労働者、低学歴の労働者といった脆弱なグループは、最低賃金を下回る賃金を受け取る可能性が高いことも明らかになった。
業種・地域による遵守率の格差
最低賃金の遵守状況には業種間・地域間で差がある。最低賃金未満の割合が最も高いのは家族経営の事業体で働く労働者であり、最も低いのは民間企業および外資系企業(FDI企業)で働く労働者である。
注目すべきは、公的セクターの一部の労働者も最低賃金を下回る賃金を受け取っている点である。ベトナムの公務員給与は「給与係数×基本給」で算出されるため、新規採用で係数が低い職員の場合、月額給与が最低賃金を下回るケースが生じる。
地理的にはタイグエン(中部高原地域)とメコンデルタ(同国南部の穀倉地帯)で最低賃金未満の雇用が最も多い。業種別では農業、食品製造、宿泊・飲食サービスに集中している。
雇用への影響は限定的、しかし企業コストには波及
2012年から2023年にかけての労働力データおよび企業データを用いた分析の結果、最低賃金の引き上げは雇用水準や企業業績に顕著な悪影響を与えていないことが判明した。ただし、労務コストの上昇、企業の競争力、労働者の社会保険へのアクセスには影響が認められた。
この結果は、現行の最低賃金水準が市場で実際に支払われている賃金と比較して相対的に低いことに起因すると考えられる。つまり、最低賃金が「床」として機能しているものの、多くの企業は既にそれを上回る賃金を支払っているため、引き上げの直接的インパクトが限定されるという構図である。
一方、調査に参加した企業からは、最低賃金の引き上げが労務コストと社会保険料の増加につながり、間接的に原材料コストにも波及するとの声が上がっている。特に労働集約型産業では競争力低下への懸念が強い。対応策として、企業はテクノロジーへの投資、不要不急のコスト削減、あるいはより最低賃金の低い地域や国への事業移転を検討する可能性がある。
労働者にとっての最大のメリットは社会保険
労働者の視点からは、最低賃金の引き上げによる収入増は小幅にとどまり、現行賃金では生活費を賄うには依然として不十分であるという。最も目に見える恩恵は、社会保険の拠出額が増加することで、年金や各種給付といった長期的な権利が拡充される点にある。また、賃金調整は団体交渉の促進にもつながり得ると指摘されている。
ILOが提示する3つの政策提言
報告書は以下の3つの政策提言を行っている。
第一に、最低賃金の調整は透明かつ予測可能なロードマップに基づいて行い、労働者のニーズと経済的要因のバランスを取ること。
第二に、インフレの抑制が重要であり、名目賃金の上昇が労働者の実質所得の向上に確実に結びつくようにすること。企業も恩恵を受けられるよう、最低賃金政策をビジネス環境改善策などのより広範な経済社会政策と統合する必要がある。
第三に、団体交渉メカニズムの強化により、最低賃金政策を労働・ビジネス双方のより広い目標と整合させ、賃金決定メカニズム全体の実効性を高めること。
なお、ベトナムでは最低賃金は通常毎年改定される。法律上、最低賃金は労働者とその家族の最低生活水準に基づいて設定され、市場賃金水準、消費者物価指数(CPI)、経済成長率、労働需給、雇用状況、労働生産性、企業の支払い能力といった要素も考慮される。
投資家・ビジネス視点の考察
今回のILO報告書は、ベトナムへの投資や事業展開を検討する日本企業にとって複数の示唆を含んでいる。
労働集約型産業への影響:繊維・縫製、電子部品組立てなど労働集約型セクターに進出する日系企業にとって、最低賃金の段階的引き上げは労務コスト増として中長期的に影響する。ただし、ILOの分析が示す通り、現行最低賃金は市場賃金を下回っているため、短期的なインパクトは限定的である。むしろ社会保険料の増加が企業負担として効いてくる構造に注意が必要である。
ベトナム株式市場への影響:消費関連銘柄にとっては、賃金上昇による購買力の底上げはポジティブ材料となり得る。一方、低賃金に依存する製造業銘柄(縫製、水産加工など)は利益率への圧迫要因となる。ホーチミン証券取引所(HOSE)上場の主要銘柄でいえば、小売・消費財セクター(モバイルワールド〈MWG〉やマサングループ〈MSN〉など)にはプラス、繊維・縫製セクターにはマイナスの方向感となろう。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2025年3月にFTSEラッセルがベトナムをセカンダリー・エマージング市場への格上げ候補に据え、2026年9月に最終決定が見込まれている。労働者の生活水準向上や社会保障制度の充実は、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からもベトナム市場の成熟度を示す材料となり、格上げに向けた追い風になり得る。
地域分散の重要性:報告書が指摘する通り、最低賃金は4つの地域区分に応じて異なる水準が設定されている。タイグエンやメコンデルタなど賃金水準の低い地域への工場移転は、コスト削減策としては有効だが、労働力の質やインフラ整備状況とのトレードオフも考慮すべきである。
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出典: 元記事












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