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2009年に1両(ルオン=約37.5グラム)あたり1,700万ドンで借り入れた金5,800両を、ある水産企業が長年にわたり返済できずにいる——。金価格が当時から数倍に高騰した現在、銀行側の回収作業は極めて困難な状況に陥っている。ベトナムにおける「金建て融資」という特殊な金融慣行が生んだ巨額不良債権問題として、業界内外で大きな注目を集めている。
事件の概要:2009年の金建て融資が発端
ベトナムでは2000年代後半まで、銀行が企業に対して「金」を直接貸し出す「金建て融資(cho vay vàng)」が広く行われていた。企業は借りた金を市場で売却して事業資金に充て、返済時には同量の金を現物で返すか、その時点の市場価格で換算した現金で返済する仕組みであった。
問題の水産企業(thủy hải sản=水産・海産物を扱う企業)は、2009年に銀行から5,800両もの金を借り入れた。当時の金価格は1両あたり約1,700万ドンであった。しかし、その後ベトナム国内の金価格は急騰を続け、2024年から2025年にかけては1両あたり1億ドンを優に超える水準にまで達している。つまり、借入時と比較して金価格は数倍から十数倍に跳ね上がっており、返済額も同様に膨れ上がった計算となる。
この企業は長年にわたり返済ができない状態が続いており、銀行側は債権回収に「chật vật(四苦八苦)」している状況である。
なぜ金建て融資が行われていたのか——ベトナム特有の背景
ベトナムでは歴史的に金(ゴールド)への信頼が極めて厚い。戦争や経済混乱を経験してきたベトナム人にとって、金は「最も安全な資産」であり、不動産取引や高額取引では金の「両(lượng)」で価格を表示する慣行が21世紀に入っても根強く残っていた。
こうした社会的背景から、銀行も金を預かり、金で貸し出すという業務を長らく行っていた。しかし、金価格の急騰や金融システムの不安定化を受け、ベトナム国家銀行(中央銀行)は2012年から2013年にかけて、商業銀行による金建て融資・金の預金受け入れを段階的に禁止する措置を講じた。これにより新規の金建て融資は事実上停止されたが、それ以前に実行された既存の融資契約の回収問題は依然として残り続けている。今回の事案は、まさにその「負の遺産」が表面化した典型例といえる。
金価格の推移と返済負担の膨張
ベトナム国内の金価格の推移を振り返ると、問題の深刻さがより鮮明になる。2009年当時、SJC金(ベトナムの公式金地金ブランド)の価格は1両あたり1,700万ドン前後であった。その後、世界的な金融緩和やインフレ懸念、地政学リスクの高まりを背景に金価格は上昇を続けた。2011年には1両あたり4,000万ドン台を突破し、2023年後半から2024年にかけては7,000万〜8,000万ドン台、さらに2025年には1億ドンを超える局面も見られた。
5,800両という借入量を考えると、借入当時の金の価値(1,700万ドン×5,800両)と、現在の市場価格に基づく返済額との差は天文学的な数字となる。水産企業にとって、通常の事業収益でこの差額を埋めることは事実上不可能に近い状況であり、これが長年にわたる返済不能の根本的な原因である。
水産業界の経営環境も逆風に
借入先が水産企業であったことも、問題を複雑にしている要因の一つである。ベトナムの水産業は同国の主要輸出産業の一つであり、エビ、パンガシウス(ナマズの一種)、マグロなどの輸出額は年間数十億ドル規模に達する。しかし、個々の水産企業は世界的な需要変動、原材料価格の高騰、為替リスク、さらには輸出先国の検疫・品質基準の厳格化など、多くの経営リスクにさらされている。
2009年当時、金建てで資金調達した企業の多くは、金を売却して得た資金を設備投資や運転資金に充てていた。事業がうまくいけば金を買い戻して返済する計画だったが、金価格の想定外の急騰に加え、事業環境の悪化が重なったことで、返済計画は完全に破綻したものと見られる。
銀行側の対応と不良債権処理の課題
融資を実行した銀行にとって、この案件は典型的な「回収困難債権」となっている。ベトナムの銀行業界では、不良債権(nợ xấu)の処理が長年の課題であり、ベトナム資産管理会社(VAMC=Vietnam Asset Management Company)を通じた不良債権の買い取りスキームなども活用されてきた。しかし、金建て融資という特殊な形態の債権は、通常の不良債権処理の枠組みでは対応しにくい面がある。
担保資産の差し押さえや法的手段による回収も検討されるが、企業の資産価値が借入額に遠く及ばない場合、最終的には銀行側が大幅な損失を被ることになる。こうした金建て融資の「残存リスク」は、2012年の禁止措置から10年以上が経過した現在もなお、一部の銀行のバランスシートに影を落としている。
投資家・ビジネス視点の考察
本件は、ベトナム金融システムの構造的な課題を改めて浮き彫りにするものである。投資家やベトナムビジネスに携わる関係者にとって、以下の点が注目に値する。
①銀行セクターの不良債権リスク:ベトナムの上場銀行(ベトコムバンク=VCB、ビエティンバンク=CTG、BIDV、VPバンク=VPBなど)は近年、不良債権比率の改善を進めてきた。しかし、今回のような過去の特殊融資に起因する隠れた不良債権が残存している可能性は否定できない。投資家は、各銀行の金建て融資の残存状況や引当金の積み増し状況に注意を払う必要がある。
②FTSE新興市場指数への格上げとの関連:ベトナムは2026年9月にFTSE新興市場指数への格上げが決定される見込みである。格上げが実現すれば、海外からの機関投資家資金の大量流入が期待されるが、銀行セクターの不良債権の透明性はその前提条件の一つである。金建て融資のような特殊な債権の処理が完了しているかどうかは、海外投資家の信頼性評価にも影響しうる。
③金市場の特殊性と政策リスク:ベトナム政府は近年、国内外の金価格差の縮小や金市場の安定化に向けた施策を矢継ぎ早に打ち出している。SJC金の独占的地位の見直しや、金地金の輸入枠の拡大などが議論されており、金関連政策の動向はベトナム経済全体に波及する重要テーマである。
④日本企業への示唆:ベトナムに進出している日本の水産関連企業や金融機関にとっても、本件はベトナムの金融慣行の特殊性を理解する上で重要な事例である。ベトナムでの取引相手の与信調査やデューデリジェンスにおいて、過去の金建て融資に起因する簿外債務がないかどうかを確認することは、リスク管理の観点から有益であろう。
ベトナムの金融市場は急速に近代化・透明化が進んでいるが、こうした「過去の遺産」が時折表面化することは、同国の金融発展が一直線ではないことを示している。投資家としては、マクロ経済の成長ポテンシャルを評価しつつも、個別リスクへの目配りを怠らない姿勢が求められる。
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出典: 元記事(VnExpress)












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