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ベトナムの新財務大臣に就任したゴー・ヴァン・トゥアン(Ngô Văn Tuấn)氏が、就任早々に極めて難度の高い財政運営の舵取りを迫られている。経済成長に必要な大規模な財政出動と、財政規律の維持という二律背反の課題に、どのような解を見出すのかが注目されている。
新財務大臣が背負う重責——「歳入と歳出の方程式」
ゴー・ヴァン・トゥアン新財務大臣が対峙するのは、ベトナム経済が高成長軌道を維持するために必要とする巨額の財源確保と、財政の持続可能性(いわゆる「財政余地=フィスカル・スペース」)の維持という、相反する二つの要請である。ベトナムは2024年にGDP成長率約7%台を達成し、2025年以降も8%以上の高成長を政府目標として掲げているが、これを実現するにはインフラ投資や産業振興策への大規模な公的資金投入が不可欠である。
トゥアン氏は、就任以前は国家会計検査院(Kiểm toán Nhà nước)の院長を務めており、財政の「監視役」から「執行責任者」への転身という異例のキャリアパスをたどった。会計検査のトップとして国家財政の無駄遣いや不正支出を厳しくチェックしてきた経験は、歳出管理の面ではプラスに働くと見られるが、一方で資本市場の活性化や投資資金の流れを円滑にする「攻め」の財政政策をどこまで打ち出せるかが試される。
ベトナム財政の構造的課題
ベトナムの財政構造には、いくつかの構造的な課題が横たわっている。まず歳入面では、国内の税収基盤が依然として脆弱な点が挙げられる。ベトナムの税収はGDP比で約18〜19%程度にとどまり、ASEAN諸国の中でも低い水準にある。法人税率の引き下げ競争やグローバルミニマム課税(OECD主導の国際課税ルール)への対応、さらには外資誘致のための優遇税制の見直しなど、税制改革は待ったなしの状況である。
特に注目されるのが、グローバルミニマム課税(第2の柱)への対応である。ベトナムは外国直接投資(FDI)を経済成長の柱に据えてきたが、これまでサムスン(Samsung)やインテル(Intel)をはじめとする大型投資案件に対して、法人税の大幅な減免措置を提供してきた。国際課税ルールの変更により、こうした優遇税制の効果が薄れる中、代替的な投資インセンティブの設計が急務となっている。ベトナム政府はすでに「投資支援基金」の創設を検討しており、新財務大臣のもとで具体的な制度設計が進むと見られる。
歳出面では、公共投資の「消化率」の低さが長年の課題である。ベトナムでは毎年、国家予算で承認された公共投資額のうち、実際に執行される割合が60〜70%程度にとどまるケースが多い。土地収用の遅延、行政手続きの煩雑さ、各省庁・地方政府間の調整不足などが主な原因であり、巨額の予算が「滞留」する構造が経済成長のボトルネックとなってきた。
資本フローの「開通」が最大のミッション
トゥアン新大臣に課せられた最大のミッションの一つが、「資本フローの開通(khơi thông dòng vốn)」である。これは単に公共投資の執行を加速させるだけでなく、民間資本・外国資本を含めた資金の流れ全体を活性化させることを意味する。
具体的には、以下の領域での改革が期待されている。第一に、国債市場の深化である。ベトナムの国債市場は近年急速に発展しているものの、流動性や投資家層の多様性という面では、タイやマレーシアといったASEAN先進市場と比較してまだ発展途上にある。機関投資家の参入促進や、国債の発行・流通メカニズムの改善が求められる。
第二に、不動産市場を含む資産市場への資金供給の正常化である。ベトナムでは2022年後半から社債市場の混乱(ヴァンティンファット(Vạn Thịnh Phát)事件に端を発した信用危機)が発生し、不動産企業を中心に資金調達が大幅に制約された。その後、当局の規制整備や市場の自浄作用によって最悪期は脱したものの、不動産セクターの資金繰りは依然として厳しい状況が続いている。新財務大臣には、健全な形での資金フローの回復を促す政策運営が求められる。
第三に、株式市場の制度改革である。ベトナムはFTSE(フッツィー・ラッセル)による新興市場指数への格上げを目指しており、2025年9月のレビューで「ウォッチリスト」入りが期待されている。これが実現すれば、2026年9月の正式格上げ決定に向けた大きなマイルストーンとなる。格上げには、外国人投資家の市場アクセス改善、情報開示の透明性向上、決済システムの近代化(CCP(中央清算機関)の導入やT+2決済の完全実施など)が条件となっており、財務省の管轄下にある証券委員会(SSC)の役割が極めて重要である。
「財政余地」の維持という制約条件
一方で、トゥアン大臣は「財政余地(dư địa tài khóa)」の維持にも細心の注意を払わなければならない。ベトナムの公的債務残高はGDP比で約37〜39%と、国際的に見れば比較的健全な水準にある(国会が設定する上限は65%)。しかし、今後予定される大規模インフラプロジェクト——南北高速鉄道(推定総事業費約670億ドル)、各地の高速道路網整備、メトロ(都市鉄道)の延伸など——を考慮すると、財政負担は急速に拡大する可能性がある。
加えて、2025年に入ってからの世界経済の不透明感——米中貿易摩擦の再燃、グローバルなインフレ圧力の残存、主要中央銀行の金融政策の方向性——は、ベトナムの輸出産業や外国投資フローに影響を与えうる外部リスクである。こうした外部環境の変動に対する「財政的なバッファー」を確保しておくことは、マクロ経済の安定性維持にとって不可欠である。
投資家・ビジネス視点の考察
新財務大臣の就任は、ベトナム株式市場やベトナムに進出する日本企業にとって複数の意味を持つ。
株式市場への影響:トゥアン新大臣が資本市場改革を積極的に推進すれば、FTSE新興市場指数への格上げシナリオが一段と現実味を帯びる。格上げが実現した場合、パッシブファンド(インデックス連動型)を中心に数十億ドル規模の外国資金がベトナム市場に流入すると試算されている。証券セクター(VCI、SSI、HCMなど)や、外国人持株比率に余裕のある大型株(FPT、VNM、MWGなど)が恩恵を受ける可能性が高い。
公共投資関連銘柄:公共投資の執行加速が実現すれば、建設・インフラ関連銘柄(CTD、HBC、VCGなど)やセメント・鉄鋼セクター(HPG、HSTなど)にポジティブな影響が期待される。特に南北高速鉄道プロジェクトが本格始動すれば、建設業界全体への波及効果は極めて大きい。
日本企業への影響:ベトナムの財政政策の安定性は、日本企業のベトナム投資判断に直接影響する。税制改革の方向性——特にグローバルミニマム課税対応後の投資インセンティブの設計——は、製造業を中心にベトナムへのサプライチェーン移転を進める日本企業にとって最重要の関心事項である。また、ODA(政府開発援助)を通じた日越協力プロジェクトの推進にも、財務省の方針は大きく関わる。
マクロ経済の位置づけ:ベトナムは「チャイナ・プラスワン」戦略の最大の受益国の一つであり、高成長を維持するための財政運営の巧拙は、中長期的な国際競争力を左右する。トゥアン新大臣が、会計検査出身の「規律重視」と、成長に必要な「積極財政」のバランスをどう取るかは、今後のベトナム経済の方向性を占う重要な指標となるだろう。
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