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ベトナム南部ホーチミン市を拠点とする老舗タクシー会社ビナサン(Vinasun、ホーチミン証券取引所上場・ティッカー:VNS)の従業員の平均月収が、売上高の大幅減少にもかかわらず前年比で改善していたことが明らかになった。2025年の従業員平均月収は1,318万ドンとなり、前年の1,290万ドンから約28万ドン増加した。売上が落ち込む中での賃金改善は、同社の経営戦略の転換と、ベトナムのタクシー・配車サービス業界全体の構造変化を映し出している。
売上減少と賃金改善が同時進行する「逆行現象」
ビナサンは、かつてホーチミン市のタクシー市場において圧倒的なシェアを誇った企業である。白と緑のカラーリングで知られる同社のタクシーは、ホーチミン市民にとって最も馴染み深い交通手段の一つであった。しかし近年、グラブ(Grab)やゴジェック(Gojek)といった配車アプリの急速な台頭により、伝統的なタクシー会社は厳しい競争環境に置かれている。
2025年度の業績においても、ビナサンの売上高は前年から大幅に減少した。にもかかわらず、従業員一人あたりの平均月収は1,290万ドンから1,318万ドンへと改善を果たしている。この一見矛盾する現象の裏側には、同社が進めてきた「量から質への転換」、すなわち人員のスリム化と効率化による収益構造の改善がある。
ビナサンの経営改革と配車アプリとの競争
ビナサンは2017年以降、グラブとの競争激化を受けて大規模なリストラを断行してきた歴史を持つ。ピーク時には1万台を超える車両を運行していたが、段階的に車両数と従業員数を削減し、経営の効率化を図ってきた。不採算路線からの撤退や、都市部の高需要エリアへの集中配車など、選択と集中の戦略が進められている。
こうした構造改革の結果、売上高の絶対額は縮小しつつも、残った従業員に対してはより安定した報酬を支払える体質に変化しつつある。タクシードライバーは一般的に歩合給の比率が高く、稼働率や客単価の変動に収入が左右されやすい職種であるが、ビナサンは効率的な配車体制の構築により、ドライバー一人あたりの稼働効率を高めていると考えられる。
ベトナムのタクシー・配車業界の構造変化
ベトナムの都市交通市場は、ここ数年で急速に変容している。グラブは東南アジア全域で展開するスーパーアプリとして、タクシーのみならずバイクタクシー、フードデリバリー、電子決済まで手がける巨大プラットフォームに成長した。一方で、ベトナム国内ではBe Group(ベーグループ)やXanh SM(サインSM、ビングループ傘下のEV配車サービス)といったローカルプレイヤーも台頭しており、競争は多極化の様相を呈している。
特にXanh SMは、ベトナム最大手コングロマリットであるビングループ(Vingroup)の子会社ビンファスト(VinFast)製の電気自動車を活用した配車サービスとして急成長しており、環境意識の高い若年層を中心に利用者を拡大している。こうした新興勢力の参入は、ビナサンのような伝統的タクシー会社にとってさらなる逆風となっている。
しかしながら、ベトナムでは依然として空港送迎や法人契約、観光利用などの分野では、信頼性の高い伝統的タクシー会社が選好される傾向がある。ビナサンはこうしたニッチ市場での優位性を活かしつつ、経営効率の改善を通じて生き残りを図っている。
従業員月収1,318万ドンの位置づけ
ビナサン従業員の平均月収1,318万ドンという水準は、ベトナムの労働市場においてどのように位置づけられるのか。ベトナム統計総局の公表データによれば、ベトナム全国の平均月収はおおむね700万~800万ドン程度であり、ホーチミン市においてもサービス業の平均賃金は1,000万ドン前後とされる。その意味で、ビナサンの従業員報酬は業界水準としては決して低くない。
ただし、タクシードライバーという職種の特性上、長時間勤務や休日出勤が常態化していることも考慮する必要がある。月収1,318万ドンには各種手当や歩合給が含まれていると見られ、基本給ベースでは異なる数字になる可能性もある。それでも、前年からの改善傾向は、同社の人材確保戦略として一定の意義を持つ。
投資家・ビジネス視点の考察
ビナサン(VNS)は、ホーチミン証券取引所に上場する小型株であり、かつてのような成長株としての魅力は薄れているものの、配当利回りやバリュエーションの観点から一部の投資家には注目されている銘柄である。売上減少が続く中での従業員待遇改善は、短期的にはコスト増要因となり得るが、優秀なドライバーの確保・定着率向上を通じてサービス品質の維持に寄与する施策と評価できる。
より広い視点で見れば、ベトナムの配車・モビリティ市場はXanh SMやグラブの動向が中心テーマであり、ビナサン単体のニュースが市場全体に大きなインパクトを与えることは限定的である。しかし、ベトナムの労働市場における賃金上昇トレンドを示す一つのデータポイントとしては重要だ。賃金の持続的な上昇は、内需拡大やGDP成長の原動力となる一方、企業の人件費増加というコスト圧力でもある。
2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数へのベトナム格上げに向けて、海外投資家はベトナム市場全体のファンダメンタルズに注目している。マクロ的な賃金動向や消費市場の拡大は、格上げの可否を判断するうえでの重要な評価要素の一つとなる。ビナサンの事例は個別としては小粒ながら、ベトナム経済の底堅さを示す傍証として捉えることができるだろう。
日本企業にとっては、ベトナムでの事業展開において現地の人件費動向を把握することが重要であり、サービス業のような労働集約型産業における賃金改善の動きは、今後の投資判断やコスト計画に反映すべき情報である。
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