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ベトナムのファム・ミン・チン首相が商工省に対し、「絶対に電力不足を起こしてはならない」と強い口調で指示を出した。具体的な対策として、隣国ラオスおよび中国からの電力輸入を増やす方針が示されており、毎年繰り返される夏場の電力逼迫に対する危機感が改めて浮き彫りとなった。製造業の集積地としてベトナムに進出する日系企業にとっても、電力の安定供給は事業継続の根幹に関わる最重要課題である。
首相指示の具体的内容
今回の首相指示は、商工省(ベトナムの経済産業省に相当)を名指しで対象としたものである。チン首相は、電力供給に関して「tuyệt đối không để thiếu điện(絶対に電力不足を起こさない)」という極めて強い表現を用い、万全の対策を求めた。その中核的な施策として挙げられたのが、ラオスと中国からの電力輸入の拡大である。
ベトナムはすでにラオスおよび中国から送電線を通じて電力を購入しており、特にラオスとの間では近年、複数の国際連系送電線プロジェクトが進行中である。ラオスはメコン川流域の豊富な水力資源を活用し「東南アジアのバッテリー」と呼ばれるほどの電力輸出国であり、ベトナムにとって最も現実的な電力調達先の一つとなっている。一方、中国・雲南省とベトナム北部を結ぶ送電ルートも既存のインフラが整備されており、需要ピーク時の緊急調達先として機能している。
なぜ今、この指示が出たのか——繰り返される電力危機の構造
ベトナムでは毎年4月から7月にかけての乾季・猛暑期に電力需要が急増する一方、水力発電のダム貯水量が低下するため、供給と需要のギャップが深刻化する。2023年には大規模な計画停電が北部を中心に発生し、工業団地に入居する外資系メーカーの生産ラインが停止する事態が相次いだ。この時は日系企業を含む多くの製造拠点が操業に支障をきたし、国際的にも大きく報じられた。
2024年もエルニーニョ現象の影響で電力需給は綱渡りの状況が続いた。ベトナム電力公社(EVN、Vietnam Electricity)は慢性的な赤字体質に加え、新規電源開発の遅れ、再生可能エネルギーの系統接続問題など構造的な課題を抱えている。LNG(液化天然ガス)火力発電所の建設計画も複数存在するが、用地取得やインフラ整備の遅延により、当初の計画通りには進んでいない。
こうした背景から、2025年の夏を前に首相自らがトップダウンで指示を出すという異例の対応に踏み切ったものとみられる。
ベトナムの電力構成と今後の課題
ベトナムの発電構成は、石炭火力、水力、ガス火力が三本柱となっており、近年は太陽光・風力といった再生可能エネルギーの割合も急速に拡大している。政府が2023年に承認した「国家電力開発計画第8次(PDP8、Quy hoạch Điện VIII)」では、2030年までに石炭火力の新規建設を抑制し、洋上風力やLNG火力へのシフトを進める方針が掲げられた。
しかし、計画と現実の間には大きな乖離がある。洋上風力は環境影響評価や漁業権との調整が難航しており、大規模な商業運転に至った案件はまだ少ない。太陽光発電は2019〜2020年にかけてブーム的に導入が進んだものの、送電網の容量不足から出力制限(カーテイルメント)を受ける案件が続出している。結果として、短期的な需給ギャップを埋めるには、既存の火力発電所のフル稼働と近隣国からの電力輸入に頼らざるを得ないのが現状である。
ラオス・中国からの電力輸入——地政学的な含意
電力輸入の拡大には、純粋なエネルギー政策の枠を超えた地政学的な側面もある。ラオスからの電力輸入は、メコン地域における経済協力の象徴的な事業であり、ベトナムとラオスの「特別な関係」(両国の共産党政権間の歴史的な同盟関係)を反映している。一方、中国からの電力購入については、南シナ海問題で緊張を抱える両国関係の中でも、経済的な相互依存を深める動きとして注目される。エネルギー安全保障の観点からは、特定の供給元への過度な依存はリスク要因ともなり得るため、調達先の多角化とのバランスが今後の課題となる。
投資家・ビジネス視点の考察
ベトナム株式市場への影響:電力不足の懸念は、製造業セクター全体のリスク要因として株式市場でも意識されやすい。EVN自体は上場していないが、関連銘柄としてはPOWパワー・ジェネレーション・コーポレーション(PetroVietnam Power Corporation)、NT2ニョンチャック2火力(Nhon Trach 2 Power)、GEGジア・ライ電力(Gia Lai Electricity)、PC1パワー・コンストラクション(Power Construction Joint Stock Company No.1)などの発電・送電関連銘柄が注目される。電力輸入拡大の方針が明確になれば、送電インフラの拡充に関わる企業にも恩恵が及ぶ可能性がある。
日系企業・ベトナム進出企業への影響:北部のハノイ近郊やハイフォン、バクニン、タイグエンなどの工業団地に生産拠点を構える日系メーカーにとって、計画停電リスクは最大の懸念事項の一つである。2023年の停電では一部企業が自家発電設備(ディーゼル発電機)をフル稼働させたが、燃料費の増大やCO2排出量の増加というトレードオフが生じた。今回の首相指示により短期的には電力供給の安定化が図られる見通しだが、中長期的にはPDP8の着実な実行が不可欠である。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げにおいて、ベトナムのインフラの安定性は間接的ながら重要な評価要素となる。電力不足による生産停止が頻発すれば、外国人投資家のベトナムに対する信頼感が損なわれるリスクがある。逆に、政府が迅速にインフラ課題に対処する姿勢を示すことは、改革意欲の証左としてポジティブに評価される可能性がある。
ベトナム経済全体のトレンドにおける位置づけ:ベトナムは米中貿易摩擦の「漁夫の利」を得る形でFDI(外国直接投資)の受け入れを急拡大してきたが、その急成長を支えるインフラが追いついていないという構造的な問題が電力不足に凝縮されている。道路・港湾の整備と並び、電力供給の安定化はベトナムが「次の成長ステージ」に移行するための最大の試金石である。首相自らが号令をかけたという事実は、政府がこの課題の深刻さを十分に認識していることを示しており、今後の具体的な施策の進捗を注視する必要がある。
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出典: 元記事












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