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ベトナムを代表する飲料メーカー、タンヒエップファット(Tân Hiệp Phát)の代表が「民間企業は長期投資や技術革新、実力に基づく競争に十分な意欲を持っている。ただし、それにはビジネス環境の透明性・安定性・予見可能性が不可欠だ」と訴えた。この発言は、ベトナムにおける民間セクターの成長を左右する制度環境の在り方をめぐる議論に一石を投じるものであり、同国の経済改革の方向性を読み解く上で極めて重要である。
タンヒエップファットとは何者か
タンヒエップファット(Tân Hiệp Phát Group)は、ベトナム南部ビンズオン省(Bình Dương)に本拠を置く大手飲料メーカーで、「Dr Thanh」(ドクタータン)や「Trà Xanh Không Độ」(ゼロ度グリーンティー)など、ベトナム国内で圧倒的な知名度を持つブランドを展開している。1994年の創業以来、ファミリー経営ながらも国内飲料市場でコカ・コーラやペプシといったグローバル大手と真っ向から競争し、シェアを確保してきた企業である。ベトナムの「民間企業の成功物語」として語られることも多い一方、過去にはさまざまな訴訟問題で世間の注目を集めたこともある、複雑な存在だ。
「明確なルール」を求める声の背景
タンヒエップファットの代表が求めた「明確なルール(luật chơi rõ ràng)」という言葉には、ベトナムの民間企業が長年直面してきた構造的な課題が凝縮されている。ベトナムでは2000年代以降、WTO加盟(2007年)やCPTPP、EVFTA(EU・ベトナム自由貿易協定)などの国際経済協定への参加を通じて、法制度の近代化が急速に進められてきた。しかし、実際の運用レベルでは依然として以下のような問題が指摘されている。
- 法令の頻繁な変更と解釈の不統一:中央政府が発行する政令(Nghị định)や通達(Thông tư)が短期間で改正されるケースが多く、地方ごとに解釈が異なることも少なくない。企業にとっては、投資判断の前提となるルールが突然変わるリスクが常につきまとう。
- 行政手続きの煩雑さと裁量の余地:許認可プロセスにおいて、担当官の裁量による判断が入り込む余地が残されており、透明性に欠ける場面が依然としてある。
- 国有企業との不公平な競争環境:土地使用権の配分、銀行融資へのアクセス、政府調達案件などにおいて、国有企業が優遇される構造が完全には解消されていないとの指摘がある。
こうした環境下で、タンヒエップファットのような大手民間企業であっても、数百億ドン、数千億ドン規模の長期投資に踏み切る際には、制度リスクを慎重に見極めざるを得ない。代表の発言は、個社の問題にとどまらず、ベトナムの民間セクター全体に共通する声として受け止めるべきである。
ベトナム政府の改革動向
ベトナム政府はこの数年、ビジネス環境の改善を重要な政策課題として位置づけてきた。特に2025年以降、政府は行政機構の大幅な再編(省庁統合)を推進しており、官僚機構のスリム化と意思決定の迅速化を図っている。ファム・ミン・チン(Phạm Minh Chính)首相は「民間経済こそが国家経済の重要な原動力」と繰り返し強調し、民間セクターに対する政策的支援の拡充を打ち出してきた。
2025年には改正投資法や改正企業法に関する議論も活発化しており、行政手続きのデジタル化、ワンストップサービスの拡充、投資プロジェクトの承認期間短縮などが進められている。また、「国家デジタルトランスフォーメーション戦略」の一環として、企業登録や納税手続きのオンライン化も急ピッチで整備されている。
しかし、こうした改革の恩恵が現場レベルまで浸透するには時間がかかるのが実情であり、タンヒエップファットの代表が訴えた「予見可能性」の確保は、まだ道半ばと言えるだろう。
民間企業が求める「3つの条件」
今回の発言を整理すると、ベトナムの民間企業が持続的な成長を実現するために必要な条件は大きく3つに集約される。
- 透明性(Minh bạch):法令の制定・改正プロセスの公開、行政判断基準の明確化。恣意的な運用を排除し、すべての企業が同じ基準で評価される環境の構築。
- 安定性(Ổn định):頻繁な制度変更を抑制し、少なくとも中期的(3〜5年)なスパンで投資計画を立てられる制度的な安定性の担保。
- 予見可能性(Dễ dự đoán):政策変更がある場合にも、十分な移行期間と事前周知を行い、企業が対応策を講じる時間を確保すること。
これら3条件が整えば、民間企業は「実力に基づく競争(cạnh tranh bằng năng lực thực chất)」に自信を持って臨むことができる、というのがタンヒエップファット側の主張の核心である。逆に言えば、現状ではこれらが十分に満たされていないという認識が背景にあるということだ。
投資家・ビジネス視点の考察
今回のタンヒエップファットの発言は、非上場の大手民間企業による政策提言という性格が強いが、ベトナム株式市場や外国投資家にとっても見過ごせない論点を含んでいる。
1. 制度環境の改善は上場企業の企業価値にも直結する
ベトナムの上場民間企業にとっても、法制度の透明性や予見可能性は中長期の成長戦略を左右する重要な変数である。特に、不動産、インフラ、エネルギーなど許認可が事業の根幹に関わるセクターでは、制度リスクが株価のディスカウント要因となりやすい。制度改革の進展は、これらセクターのバリュエーション改善に寄与する可能性がある。
2. FTSE新興市場指数への格上げとの関連
2026年9月に最終判断が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げにおいては、市場のアクセシビリティだけでなく、制度の透明性や法の支配といった定性的な評価も重要な判断材料となる。ベトナム政府がビジネス環境改革を実質的に推進し、民間セクターの声に応える姿勢を示すことは、格上げ実現に向けた追い風となるだろう。
3. 日系企業への示唆
ベトナムには現在約2,000社を超える日系企業が進出しているが、許認可の遅延や法令解釈の不統一に悩まされるケースは珍しくない。JETROが定期的に実施する進出日系企業調査でも、「法制度の未整備・不透明さ」は毎年上位にランクインする課題である。タンヒエップファットの発言は、ベトナム国内の有力企業ですら同じ課題を認識しているということを示しており、日系企業とベトナム民間企業が共同で制度改善を政府に働きかける余地があることを示唆している。
4. 民間経済の比重拡大という長期トレンド
ベトナムのGDPに占める民間セクターの比率は年々拡大しており、党・政府も2030年までに民間企業数を200万社に増やすという目標を掲げている。この目標を達成するには、今回タンヒエップファットが求めたような制度基盤の整備が不可避であり、改革の加速が期待される局面にある。投資家にとっては、ベトナムの民間セクターの成長ポテンシャルを評価する上で、制度改革の進捗を定点観測する視点が欠かせない。
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