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ベトナム財政省(Bộ Tài chính)が、個人所得税(PIT)の基礎控除および扶養控除の仕組みを大幅に見直す提案を行った。新たに医療費・教育費の実費控除(年間最大4,700万ドン)を導入し、扶養家族1人を抱える個人の場合、月収が2,863万ドンを超えなければ所得税を納める必要がなくなるという内容である。ベトナムの中間層拡大と物価上昇を背景に、長年据え置かれてきた課税最低限の実質的な引き上げとなるこの提案は、1億人の消費市場に直結する重要な制度改正である。
提案の概要—医療・教育費の実費控除を新設
現行のベトナム個人所得税法では、納税者本人の基礎控除が月1,100万ドン、扶養家族1人あたりの控除が月440万ドンと定められている。この水準は2020年7月から変わっておらず、その間にベトナムの消費者物価指数(CPI)は累計で20%近く上昇している。給与所得者や個人事業主からは「控除額が実態に合っていない」との不満が根強かった。
今回の財政省提案の最大のポイントは、従来の定額控除に加え、医療費・教育費について年間最大4,700万ドンまでの実費控除を認めるという新制度の導入である。これにより、扶養家族が1人いる給与所得者の場合、基礎控除・扶養控除・医療教育費控除を合算すると、月収2,863万ドンまでは課税所得がゼロとなり、所得税の納付義務が生じない計算になる。
ベトナムでは公立病院や公立学校の費用は比較的安いものの、都市部を中心に私立病院や私立学校・インターナショナルスクールの利用が急増している。特にハノイやホーチミン市などの大都市圏では、子どもの教育費や家族の医療費が家計に占める割合が年々高まっており、実費ベースの控除導入は多くの世帯にとって実質的な減税効果をもたらすと見られる。
なぜ今、所得税改革なのか—背景にある構造的課題
ベトナムの個人所得税制には、以前から複数の構造的な問題が指摘されてきた。第一に、控除額の改定が物価上昇に追いついていない点である。法律上はCPIが20%以上上昇した場合に控除額を見直すと規定されているが、実際の改定は政治プロセスを経るため遅れがちである。この間、名目賃金が上がったことで「実質的な増税」となり、中間層の可処分所得を圧迫してきた。
第二に、累進税率の刻みが7段階(5%〜35%)と細かく、低中所得層が比較的早い段階で高い税率に達してしまう点も批判の対象である。今回の提案が控除拡大というアプローチを採った背景には、税率構造そのものの見直しには国会審議が必要で時間がかかるため、まずは控除面から負担軽減を図る狙いがあると考えられる。
第三に、ベトナム政府が掲げる「2045年までの高所得国入り」というビジョンとの整合性である。国内消費を活性化させ、内需主導の成長モデルへ移行するためには、中間層の購買力を維持・向上させることが不可欠である。今回の提案は、単なる税制テクニカルの話にとどまらず、ベトナムの成長戦略全体の中に位置づけられるものである。
数字で見る影響規模
ベトナムの個人所得税は国家歳入全体の約10〜12%を占める主要税目の一つである。財政省の試算では、今回の控除拡大により数兆ドン規模の税収減が見込まれるが、一方で消費支出の増加を通じたVAT(付加価値税)収入の増加や、経済成長率の底上げによる法人所得税の自然増収で一定程度相殺されるとの見方が示されている。
なお、ベトナムの平均月収は統計総局(GSO)の最新データで約750万〜800万ドン程度とされ、2,863万ドンという非課税ラインは平均の3.5倍以上の水準にあたる。つまり、この改正が実現すれば、ベトナムの給与所得者の大多数が実質的に所得税の対象外となる可能性がある。現在でも個人所得税の納税者は労働人口全体の約1割程度とされており、課税ベースがさらに縮小することへの財政的懸念も一部で指摘されている。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の提案は、ベトナム株式市場および日系企業を含む進出企業にとって、以下の観点から注目に値する。
1. 消費関連セクターへの追い風:中間層の可処分所得が増加すれば、小売・外食・Eコマース・消費財セクターに恩恵が及ぶ。ベトナム株式市場では、モバイルワールド(MWG)、マサングループ(MSN)、ビナミルク(VNM)などの消費関連銘柄が直接的な恩恵を受ける可能性がある。
2. 人件費・福利厚生コストへの影響:日系企業を含むベトナム進出企業にとって、現地スタッフの手取り額が増加することは、賃上げ圧力の緩和につながりうる。特に製造業や IT・BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)分野で高度人材の確保競争が激化するなか、税制面での実質的な待遇改善は人材定着にプラスに働く。
3. FTSE新興市場指数の格上げとの関連:2026年9月に正式決定が見込まれるFTSE新興市場指数へのベトナムの格上げに向け、政府は制度面の整備を急いでいる。税制の合理化・透明化は、海外機関投資家がベトナム市場を評価する際のガバナンス指標の一つとなりうる。控除の実費ベース化は、申告制度の高度化とデジタル化を前提としており、税務行政の近代化を促進する効果も期待される。
4. 不動産市場への間接的影響:可処分所得の増加は住宅ローンの返済能力向上にもつながるため、中長期的にはベトナム不動産市場、とりわけ中価格帯の住宅需要を下支えする要因となりうる。ビンホームズ(VHM)やノバランド(NVL)など不動産デベロッパーの業績にも間接的な波及効果が想定される。
ただし、本提案はあくまで財政省段階のものであり、今後、政府常務会議・国会での審議を経る必要がある。最終的な控除額や適用時期が変更される可能性もあるため、引き続き立法プロセスの進捗を注視する必要がある。
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