こんにちは、ベトナム経済&株式投資ニュース解説のベトテク太郎です。
ハノイに13年住んでいると、ベトナムが「やったこと」よりも「やろうとしていること」の方に先にワクワクしてしまう癖がついてしまった。でも今回は違う。これは「やった」話です。
世界鉄鋼協会(Worldsteel)が2026年4月の粗鋼生産量データを発表し、ベトナムが「世界トップ10の鉄鋼生産国」に初めてランクインしました。しかもイタリアを抜いての10位です。
産業として面白い、という話と、じゃあ株として今どうなの、という話は本来別の問いです。今日はその両方に正面から向き合います。
世界鉄鋼協会のデータが示したもの
Worldsteelが公表した2026年4月のデータを見ると、ベトナムの粗鋼生産量は210万トンで前年同月比4.0%増。年初からの4か月累計(1〜4月)では850万トンに達し、前年同期比8.4%の成長を見せました。
上位10カ国のデータを眺めると、構造的な変化が見えてきます。首位の中国は前年比▲2.8%、ロシアは▲12.4%と大幅なマイナスです。一方で成長を続けているのがインド(+3.9%)、アメリカ(+9.4%)、そしてベトナム(+4.0%)。世界全体の鉄鋼生産が地殻変動の最中にある中で、ベトナムだけが東南アジアを代表して上位に食い込んでいる。
1991年時点のベトナムの粗鋼生産量は年間わずか18万トンでした。それが2025年には2,460万トン。35年足らずで130倍以上になった計算です。これをどう受け止めるかは人それぞれかもしれないけれど、ベトナムという国の「成長の本気度」を象徴する出来事だとベトテク太郎は思っています。

ホアファット(HPG)なしには語れない
今回のトップ10入りの主役はホアファットグループ(HPG)と言っていい。2025年時点でベトナム総生産量2,460万トンのうち44.7%にあたる約1,100万トンをホアファット1社が担っています。そして2026年、ホアファットの粗鋼生産量は1,400万トンを超える見込みで、前年比30%増が予測されています。
このドゥンクアット製鉄コンプレックスがすごいのは、単に「たくさん作れる」だけじゃない点にあります。高速鉄道レール用鋼材、造船用特殊鋼、風力発電タワー向け構造鋼など、かつてはほぼ全量を輸入に頼っていた高付加価値製品を自国生産できるようになってきた。機械工学用鋼やタイヤコード鋼まで手掛けているというのは、「鉄鋼の輸入国」から「特殊鋼の供給国」への転換を意味している。
ベトナム鉄鋼協会も認めているように、2000年代当初は海外から鋼片を輸入して圧延するだけだった。それが今や自給自足どころか、45か国以上に向けた輸出まで視野に入ってきている。

HPGの2026年Q1決算——「170%増益」の真相
ここからが、投資家として本当に重要な話です。
2026年第1四半期、ホアファットは会社史上最高の四半期利益を記録しました。売上高5兆3,300億VND(前年同期比40%増)、税引後純利益9,056億VND(同170%増)という数字が出てきた。
ただし、投資家として見るときに真っ先に確認しないといけないのは、「この数字は本物の実力か、一時的な要因が混じっているか」という点です。
実態はこうです。9,056億VNDの内訳を見ると、コア事業(主に鉄鋼生産)からの利益が約5,200億VND、残りの約3,800億VNDはフン・イェン省フォーノイの都市開発プロジェクトの持分譲渡という一回限りの不動産売却益でした。
つまり構造上、約42%は特別利益です。「170%増益」というヘッドラインの裏側には、この分解が必要になる。とはいえコア事業だけ取り出しても、前年同期比で粗鋼生産量25%増・販売量26%増というのは本物の成長です。
さて、2026年通期の会社側目標は売上高21兆VND、純利益2兆2,000億VND(それぞれ前年比30%超、40%超)です。Q1終了時点でこの純利益目標の41%をすでに達成している、という点では進捗は速い。ただし前述のQ1一時益3,800億VNDが剥落する後半に向けて、コア事業の実力がより鮮明に問われる局面になります。

バリュエーションを試算してみる
2026年5月時点のHPG株価は2万6,000〜2万7,000VND近辺での推移です。
時価総額は約201兆VNDで、日本円換算で約1兆2,060億円規模(1VND≒0.006円)。アナリスト各社の2026年純利益予想は概ね2兆〜2兆1,000億VND程度(前年比34%増前後)で、それを使った予想PERの試算はおおむね9〜10倍の水準です。
証券会社の調査レポートで示されている理論株価の試算値は3万2,000〜3万6,000VND程度のレンジに集まっており、現在の株価に対して20〜37%程度のアップサイドを示す試算が多い状況です。なお11名のアナリストが「強気」の評価を付けているというのはコンセンサスとして無視できない数字です。ただしこれはあくまでアナリスト各社の試算であり、実際の株価がその水準に届くかどうかは市場次第です。
配当については、2025年度分として株式10%、現金5%(1株あたり500VND)の配当が決定されています。現在の株価ベースでの現金配当利回りは約1.9%です。
中国の安値鋼材攻勢とベトナムの反撃
ここで多くの投資家が当然気になるのが、「中国の余剰鋼材がベトナムに流れ込んで競争が激化しないか」という問いです。
2024年は実際にそれが問題になりました。中国からの鋼材輸入が前年比73%増という異常な流入があり、ベトナム国内メーカーのマージンを直撃した。ホアファットもその圧力を受けた。
これに対してベトナム政府は動きました。2025年3月から中国産熱延鋼板(HRC)への暫定アンチダンピング関税(19.38〜27.83%)を導入し、その後2025年7月からは5年間の正式措置として確定。バオウ鋼鉄、アンスティール、北京首鋼など中国主要メーカー10社以上が対象となり、最高税率27.83%が適用されています。
さらに2025年8月には中国・韓国からのコーティング鋼板にも正式アンチダンピング措置が決定。ホアファットの主力製品ラインをほぼカバーする形で、競合する中国製品に対して高い関税の壁が設けられた格好です。
単純計算で考えると、中国産HRCに27%超の関税がかかれば、価格競争力の面でHPGの国内製品が大幅に有利になります。これは短期的にはHPGのマージン改善に直結する話です。

それでもリスクはある
ここまでポジティブな話が続いたので、逆側も整理しておきます。
一つ目は原材料価格リスクです。HPGは鉄鉱石の安定調達に向けてベトナム国内鉱山の確保を進めている段階ですが、現時点ではまだ輸入依存が残っています。鉄鉱石や原料炭の価格が上がれば、マージンに直撃します。
二つ目は米中貿易摩擦の間接影響です。ベトナム経由での中国製品の迂回輸出を米国が問題視する構図の中で、ベトナムからの鋼材輸出が巻き添えを受けるシナリオも完全には否定できません。HPGの輸出比率は現時点で売上の17%程度であり、国内需要が主軸である点は安定要因ですが、輸出先の多様化という課題は残ります。
三つ目は不動産回復の速度です。HPGの建設鋼需要は国内の建設・不動産市場と密接に連動しています。公共投資の拡大は確実な需要ドライバーですが、民間不動産開発の回復ペースが想定より遅れれば、数字に影響してきます。
そして四つ目、これが最も見落とされやすい点ですが、Q1の一時益3,800億VNDが今後の四半期には当然出てきません。後半に向けてコア利益だけで通期目標を達成できるかどうか、この点が2026年後半の最大の注目ポイントになると思っています。
ハノイで感じる「鉄の時代」
タイ湖(Tay Ho)の近くを歩いていると、随所で鉄骨構造の工事現場を見かけます。その鉄骨に「HPG」のロゴが入っているのを見かける機会が、ここ2〜3年で明らかに増えました。輸入鋼材から国産鋼材への切り替えが、現場レベルで着実に進んでいることを肌で感じています。
ベトナム経済の話をする時、よく「GDP成長率6〜7%」というマクロの数字が出てきます。でもその数字の裏には、こういう産業の地力の積み上げがある。1991年に18万トンしか作れなかった国が、35年後に2,100万トン以上を生産してイタリアを抜いた。これはコンテキストとして、ベトナムが「安価な労働力」だけで戦う時代から、「重工業を自力で回せる国」へと脱皮しつつあることを示しています。
「世界第10位の鉄鋼生産国」になったというニュースの主役はHPGです。ただ「主役」というのは、そのぶん市場の期待も、業績変動に対する株価の反応も大きくなるということでもある。Q1の劇的な数字の裏を読み、リスクを自分なりに整理した上で、ご自身の投資判断に役立てていただければと思います。
そういうことなんです。
いかがでしたでしょうか。今回のベトナム鉄鋼トップ10入りとHPGのバリュエーションについて、皆さんのご意見もぜひお聞かせください。コメント欄や@viettechtaroのDMでお待ちしています。
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