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米国とイランの軍事衝突が引き起こしたエネルギー価格の急騰により、先進国で物価上昇が賃金の伸びを上回り、実質賃金が低下し始めている。フィナンシャル・タイムズ紙の報道を基に、各国の状況とベトナム経済・投資への影響を詳しく解説する。
米国:2年ぶりに物価上昇が賃金を逆転
米国では4月の消費者物価上昇率が3.8%に達した一方、平均賃金の伸びは同期間で3.6%にとどまった。物価が賃金を上回るのは過去2年間で初めてのことであり、消費者への圧力が急速に高まっている。
KPMG米国のチーフエコノミスト、ダイアン・スウォンク氏は「今回の戦争はサプライチェーンを寸断し、物価を押し上げた。ホルムズ海峡が再開されたとしても、この状況はしばらく続くだろう」と指摘する。ホルムズ海峡はペルシャ湾の出口に位置し、世界の原油輸送の約2割が通過する要衝であり、その封鎖・不安定化は世界的なエネルギー供給に直結する。
JPモルガンのチーフエコノミスト、マイケル・フェロリ氏は、実質賃金の低下は中東紛争に直接起因するものであり、ホルムズ海峡の再開とエネルギー価格の下落が実現すれば、実質賃金は再びプラスに転じるとの見方を示した。一方でスウォンク氏は、高インフレが「企業の利益率を圧縮し、採用活動にも影響を及ぼす」と警告し、インフレ問題が労働市場の問題へと波及するリスクを強調した。
英国:労働者の交渉力が低下、実質賃金は4度目の下落局面へ
英国でも状況は厳しい。今年1〜3月期の実質賃金の伸びはわずか0.1%にとどまり、インフレの加速と労働市場の低迷が重なることで、今後マイナスに転じると予測されている。湾岸の軍事衝突が始まって以降、失業率は上昇し、求人数は過去5年間の最低水準に落ち込んでおり、労働者の交渉力は著しく弱まっている。
英国政府は先週、夏季旅行や外食に対する付加価値税(VAT)の引き下げ、燃料税の引き上げ延期といった家計支援策を発表した。しかし、シンクタンク「レゾリューション・ファウンデーション」のチーフエコノミスト、ジェームズ・スミス氏は、これらの措置は「無視できないものではある」としながらも、2008年以降4度目となる実質賃金の低下局面を防ぐには不十分だと述べた。
ユーロ圏:2022年のインフレショックからの回復途上で再び打撃
ユーロ圏にとって、今回のエネルギーショックは2022年のインフレ危機からようやく回復しつつあった労働者に対する新たな逆風である。2025年の労働者1人あたりの平均賃金は約2%上昇し、失業率も記録的な低水準付近にあるが、欧州中央銀行(ECB)が注視する賃金交渉の指標を見ると、労働組合は今年、前年のような手厚い賃上げを獲得できていない。雇用の安定に対する不安が広がっているためである。
経済コンサルティング会社パンテオン・マクロエコノミクスのクラウス・ヴィステセン氏は、ユーロ圏の実質賃金の伸びは2026年を通じてほぼゼロになると予測する。とりわけフランスでは財政余地がなく、減税による消費者保護が困難なため、実質賃金はすでに「大幅なマイナス」に陥っている可能性があるという。「フランスは減税する余裕がない。フランスの消費者は本当に圧力を受けている」と同氏は語る。
対照的にドイツでは、労働者の賃金交渉力は同様に弱いものの、ベルリン政府が燃料税の引き下げを実施しており、インフレからの部分的な保護が期待できる。また、HSBCの欧州担当チーフエコノミスト、サイモン・ウェルズ氏によれば、スペインなどでは賃金の物価スライド制(賃金を自動的にインフレ率に連動させる仕組み)、より多くの貯蓄、そして手厚い財政支援により、米国の労働者よりも物価上昇から保護されている面がある。
政策当局が直面する「二つのジレンマ」
実質賃金の低下は、政策立案者に二つの異なるリスクを突きつけている。第一に、家計が支出を削減すれば、戦争による経済成長への打撃が一層深刻化し、企業は需要減退に対応して雇用を削減せざるを得なくなる。第二に、労働者が賃上げを勝ち取れば、エネルギー価格が下落してもインフレが長期化する「賃金・物価スパイラル」のリスクが生じる。
キャピタル・エコノミクスの欧州担当チーフエコノミスト、アンドリュー・ケニンガム氏は、今回のイラン戦争が欧州消費者に与える影響は2022年のエネルギーショックよりも小さいとしつつも、「ユーロ圏が軽度の景気後退に陥る可能性は高まっている」と述べ、「経済へのショックが大きいほど、実質賃金の回復は遅くなる」と付け加えた。
投資家・ビジネス視点の考察:ベトナムへの波及をどう読むか
今回のニュースは先進国が舞台であるが、ベトナム経済・株式市場にとっても無関係ではない。以下の点に注目すべきである。
1. 輸出需要の減退リスク:米国・EU・英国はベトナムの主要輸出先である。先進国で実質賃金が低下し消費が冷え込めば、ベトナムの製造業・輸出企業の受注に直接的な下押し圧力がかかる。VN-Index(ベトナム株価指数)の中でも、輸出依存度の高い繊維・アパレル、水産加工、電子部品関連銘柄は注意が必要である。
2. エネルギーコストの上昇:ベトナムは原油の純輸入国へと転じつつあり、ホルムズ海峡の不安定化による原油価格高騰は、国内の燃料費・輸送費・電力コストの上昇に直結する。ペトロベトナムガス(GAS)のような上流企業には追い風となり得る一方、航空(ベトジェット=VJC、ベトナム航空=HVN)や物流企業にはコスト増となる。
3. 金融政策への影響:先進国の中央銀行がインフレ対応で利下げを遅らせれば、グローバルな金利環境は高止まりし、新興市場からの資金流出圧力が続く。ベトナム国家銀行(中央銀行)の金融政策にも制約が生じ、国内景気刺激のための利下げ余地が狭まる可能性がある。
4. FTSE新興市場指数の格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数へのベトナム格上げは、グローバル資金の流入を期待させるイベントである。しかし、世界的な景気後退懸念が強まれば、格上げが実現しても期待されるほどの資金流入が得られないリスクがある。格上げそのものの進捗に加え、グローバルなマクロ環境を併せて注視する必要がある。
5. 日本企業への影響:ベトナムに製造拠点を置く日系企業にとって、先進国の消費低迷は最終需要の減少を意味する。一方で、エネルギーコストの上昇はベトナム国内の生産コスト増にもつながり、利益率の二重の圧縮に警戒が必要である。
総じて、米イラン紛争によるエネルギーショックは、先進国の消費市場を通じてベトナムの実体経済と株式市場に間接的かつ重層的な影響を及ぼす構造にある。短期的にはディフェンシブ銘柄や内需関連への資金シフトが合理的であり、中長期的にはホルムズ海峡の情勢と先進国の金融政策の方向性が、ベトナム市場の回復シナリオを左右する最大の変数となるだろう。
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出典: 元記事












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