こんにちは、ベトナム経済&株式投資ニュース解説のベトテク太郎です。
ハノイに13年住んでいると、街の至るところにあの「Điện Máy Xanh(ディエン・マイ・サイン)」の青いロゴが目に入ります。家電を買うとき、スマートフォンを買い替えるとき、地元の人たちが迷わず向かう場所です。私自身、先日エアコンのフィルターを買いに近所の店舗に立ち寄ったばかりで、平日の昼間なのにそれなりの人出があって「ああ、まだまだ元気だな」と感じたところでした。
そのディエン・マイ・サインが、いよいよIPOの準備を本格化させています。ベトナム株式市場にとって2026年最大級の注目案件と言っても過言ではないでしょう。今回は、公表されている財務データをもとに、この上場案件の「実力」と「注意点」を整理してみます。
まず「どんな会社か」を押さえておく
ディエン・マイ・サイン(Dien May Xanh Investment Joint Stock Company)は、ご存知モバイルワールド(MWG)グループの中核チェーンです。ベトナムの携帯電話市場で約60%、家電市場で約40%という圧倒的なシェアを持ち、2026年3月末時点でDMXブランドだけで2,006店舗を展開しています。グループ全体ではThe Gioi Di Dong(929店舗)やTopZone(85店舗)も含め、合計3,232店舗という国内最大規模の小売網を構えています。
MWGの利益の約80%を稼ぎ出す「屋台骨」という表現はまさに言い得て妙で、MWGがどれだけディエン・マイ・サイン依存の収益構造かがよく分かります。
財務の回復は本物か:2024年の数字を読む
2022〜2023年は、家電市場全体の低迷や消費冷え込みの影響をまともに受け、ディエン・マイ・サインも厳しい局面が続いていました。それが2024年に入って明確に反転します。
2024年の連結純売上高は約93兆3,570億VND(日本円換算で約5,600億円規模)、前年比7.5%増。ただ数字以上に注目すべきは利益の伸びで、税引後利益が約3兆7,170億VND、前年比で176%増という急回復を見せています。売上の伸びが7%台に留まる中で利益が2.8倍になった、というのは単純な業績回復ではなく、コスト構造の見直しが効いてきた証拠です。販売費を大きく削減しながら利益率を改善させた点は、経営の質という意味で評価できる部分だと思います。
2026年Q1:1日245億VND以上、1時間10億VND以上の稼ぎ
上場の準備期間と重なる2026年第1四半期の数字は、さらに印象的です。
純売上高が約32兆5,420億VND(前年同期比+29.6%)、粗利益率は18.0%から19.2%に改善、そして税引後利益は約2兆2,190億VND(前年同期比+50%)という結果でした。
このQ1の利益を日割り計算すると、1日あたり245億VND以上、時間あたりで10億VND以上を稼ぎ出している計算になります。日本円に換算すると、1日あたり約1.5億円ほど。消費財小売業としてはかなりの水準です。しかも2026年通期の利益計画のうち、すでに30%超を1四半期で達成しています。
証券会社ベトキャップの試算では、2026年通期の税引後利益は9兆3,240億VND(約5,594億円規模)に達する可能性があるとのこと。これは会社側の自社目標を上回る数字です。
IPOの概要:14兆VNDを超える巨額案件
今回のIPOは、普通株1億7,950万株を1株あたり8万VNDで売り出す内容で、総額約14兆3,600億VND(日本円換算で約861億円規模)の資金調達を目指しています。ベトナム株式市場では長らく大型IPOが不足していたとされており、この案件は市場が「渇望」していた質の高い銘柄供給として機能する可能性があります。
配当政策についても、2026年中に額面の40%、つまり1株あたり4,000VNDの現金配当を行う予定とされており、今後も税引後利益の最低50%を現金配当として還元することを約束しています。成長企業としては比較的手厚い還元方針と言えるでしょう。
「成長の試金石」としての上場後プレッシャー
ただし、IPOはあくまでスタート地点です。上場後に向けていくつかの「課題」も直視しておく必要があります。
まず在庫と短期債務の問題。2026年3月末時点で在庫は23兆540億VND、短期借入金は22兆1,590億VND、負債総額は37兆3,080億VNDに達しています。資産規模57兆VNDに対してこの水準は、成長拡大に伴う自然な増加でもありますが、在庫評価損引当金が1四半期で6,100億VNDから7,490億VNDに増加していることは、在庫の質への注視が必要なことを示唆しています。
次に、コスト削減の「余地の枯渇」という問題があります。2024年からの利益回復は、コスト構造の見直しによる部分が大きかった。しかしリストラはある段階で限界を迎えます。上場後に求められるのは「コスト削減による利益成長」ではなく「売上・粗利の実質的な拡大」です。消費者購買力の回復ペースや、家電製品のサイクルがどう動くかが、今後の試金石となるでしょう。
さらに中長期の成長ドライバーとして、インドネシアでのEraBlue展開、Super App、Thợ Điện Máy Xanh(修理・サービス事業)といった新たな収益源が育つかどうかも注目点です。2030年までに売上高年平均+11%・税引後利益+16%という長期目標は野心的であり、それを達成するには今後数年の実行力が問われます。
ベトナム株式市場への「良質な供給」として
私がこの案件に注目している理由の一つは、単に業績が良いということだけでなく、「市場の構造的ニーズ」に合致しているという点です。
FTSE Russell新興国指数への昇格が2026年9月に迫る中、海外パッシブ資金が流入するタイミングで、大型の新規上場銘柄が登場することは、市場全体の厚みを増す意味でも重要です。今まで大型IPOが少なかったベトナム市場にとって、100兆VND規模の売上を持つ消費財企業の上場は、機関投資家や海外ファンドの投資ユニバースを広げる意味合いも持ちます。
在住者として肌で感じるのは、ベトナムの消費が「我慢の時期」を経て少しずつ戻ってきているということです。タイ湖周辺の商業施設も人の流れが戻っていますし、若い世代の家電需要はスマートフォンを中心にしっかりとあります。足元のQ1数字が示す回復の勢いは、こうした現地の体感とも一致しています。
もちろん、「回復期のピーク」を掴んで上場してきた、という見方もできます。IPO価格に込められた期待値が高いだけに、上場後の1〜2年の業績が期待に届かなければ、評価が厳しくなる可能性も否定できません。
投資判断は最終的にはご自身の目でご判断いただく必要がありますが、少なくともこの銘柄は「チェックしておく価値のある案件」だと個人的には感じています。そういうことなんです。
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