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ベトナムのカフェやレストランにとって、BGMとしての音楽は今や不可欠な存在である。しかし、その多くが著作権料を支払わず楽曲を流している実態が改めて問題視されている。個人利用名目でサブスクリプションを契約し、商業施設で使用するケースも横行しており、著作権管理団体と飲食店の間で摩擦が生じている。
音楽は「空間の一部」——だが著作権意識は低いまま
ベトナムでは近年、カフェ文化が急速に発展してきた。ホーチミン市やハノイ市を中心に、個人経営の小さなカフェからチェーン展開するブランドまで、街角のいたるところにコーヒーショップが立ち並ぶ。こうした店舗の多くが、来店客にリラックスした雰囲気を提供するためにBGMを流しているが、そこで使われる楽曲の著作権処理については、長らくグレーゾーンに置かれてきた。
現状、多くの飲食店はSpotifyやApple Music、あるいはYouTubeなどのストリーミングサービスを通じて音楽を再生している。しかし、これらのサービスで個人が契約しているプランは、あくまで「個人利用」を前提としたものであり、商業施設での公衆送信・再生は契約上認められていない。つまり、個人アカウントで契約した音楽を店舗のスピーカーから流す行為は、厳密には著作権法に抵触する可能性がある。
著作権管理団体と店舗側の溝
ベトナムでは、VCPMC(ベトナム音楽著作権保護センター)が楽曲の著作権管理を担っている。VCPMCは飲食店やホテル、商業施設に対して、営業目的で音楽を使用する場合は所定の著作権使用料を支払うよう求めている。しかし、実際に支払いに応じている店舗は限定的であり、特に中小規模のカフェや個人経営のレストランでは「音楽に金を払う」という意識そのものが薄い。
店舗経営者側からすれば、家賃や人件費、原材料費に加えて音楽の著作権料まで負担するのは厳しいというのが本音である。一方、楽曲を制作するアーティストや作曲家にとっては、自分たちの作品が無断で商業利用されている状況は看過できない問題だ。この構造的な対立は、ベトナムの知的財産権保護の課題を象徴する事例の一つと言える。
法制度は整備が進むも、執行が追いつかない現実
ベトナム政府は知的財産権に関する法整備を段階的に進めてきた。2022年には知的財産法の改正が行われ、著作権保護の範囲が拡大されている。また、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)やEVFTA(EU・ベトナム自由貿易協定)への加盟に伴い、国際的な基準に合わせた知的財産保護の強化が求められている。
しかし、法律の規定と現場での執行には大きな乖離がある。全国に無数に存在する飲食店を一つひとつ調査し、著作権料の支払いを強制するのは現実的に困難である。さらに、違反した場合の罰則が軽微であることも、遵守意識が広がらない一因となっている。
海外では当たり前の「商業用BGMサービス」
参考までに、日本ではJASRAC(日本音楽著作権協会)が飲食店を含む商業施設からの音楽使用料徴収を長年にわたって行っており、有線放送やUSENなど商業用BGMサービスが広く普及している。米国やヨーロッパでも同様の仕組みが確立されている。ベトナムでも将来的には、こうした「商業施設向け音楽ライセンスサービス」が本格的に普及する可能性がある。
実際、ベトナム国内でも一部のスタートアップ企業が、飲食店向けに著作権をクリアしたBGMプラットフォームを提供し始めている。月額制で店舗の雰囲気に合った楽曲を配信するサービスは、著作権問題の解決策として注目されつつある。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の音楽著作権問題は、一見すると株式市場や投資とは無関係に映るかもしれない。しかし、この問題はベトナムの知的財産権保護の成熟度を測る重要な指標であり、以下の観点から注視に値する。
1. FTSE新興市場指数への格上げとの関連性:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げに際して、ベトナムの法制度の透明性や国際基準への適合度は評価対象の一つである。知的財産権の保護強化は、外国機関投資家がベトナム市場を評価する際のソフトインフラとして重要視される。著作権問題への取り組みが進むことは、ベトナムの制度的信頼性向上に寄与する。
2. 飲食・サービス業への影響:著作権料の支払いが本格的に義務化・徴収強化された場合、特に薄利多売で運営されている中小飲食店のコスト構造に影響が出る可能性がある。一方、チェーン展開する大手カフェブランド(ハイランズコーヒー、フックロン、ザ・コーヒーハウスなど)は既にコンプライアンス体制を整えつつあり、相対的に競争優位を得る可能性がある。
3. 日本企業への示唆:ベトナムに進出している日系の飲食チェーンや小売業者にとって、音楽著作権を含む知的財産関連のコンプライアンスは重要なリスク管理項目である。現地法に基づいた適切なライセンス契約を結んでいるか、改めて確認する必要があるだろう。また、商業用BGMサービスをベトナム市場で展開するビジネスチャンスとして捉える日本企業が出てくる可能性もある。
4. デジタルコンテンツ市場の拡大:音楽著作権の意識向上は、広義のデジタルコンテンツ市場の健全な発展につながる。ベトナムのエンターテインメント・メディア関連銘柄にとって、著作権収入の適正化は中長期的な収益基盤の強化を意味する。
ベトナムは急速な経済成長とともに、社会制度やビジネス慣行の近代化が求められるフェーズに入っている。音楽著作権という身近なテーマを通じて、同国の知的財産保護がどの程度進展するかは、投資環境全体の成熟度を占う一つのバロメーターとなるだろう。
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