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ベトナムを代表するコングロマリットであるマサングループ(Masan Group、ホーチミン証券取引所:MSN)の鉱業子会社マサン・ハイテク・マテリアルズ(Masan High-Tech Materials、以下MHTM)が、北部タイグエン省(Thái Nguyên)のヌイファオ(Núi Pháo)鉱山周辺において、タングステン(ベトナム語:vonfram)の採掘区域を大幅に拡大する計画を明らかにした。新たな鉱区の推定埋蔵量は約1億1,500万トンの多金属タングステン鉱石とされ、グローバルなタングステン供給構造に影響を与えうる規模である。
拡大の対象となる2つの鉱区
今回の計画で対象となるのは、「ヌイファオ拡張区域(Núi Pháo mở rộng)」と「ヌイチエム(Núi Chiếm)」の2か所である。いずれもMHTMが開発を担い、合計で約1億1,500万トンの多金属タングステン鉱石が眠っていると推定されている。既存のヌイファオ鉱山はベトナム北部の主要なタングステン・フルオライト・ビスマス・銅の複合鉱山として知られており、世界のタングステン供給において中国に次ぐポジションを占める重要拠点だ。
ヌイファオ鉱山とは何か——世界が注目する戦略資源拠点
ヌイファオ鉱山はハノイから北西へ約80キロメートル、タイグエン省ダイトゥ県(Đại Từ)に位置する。もともとはカナダ系企業が探鉱権を保有していたが、2010年代にマサングループが買収し、その後MHTMとして事業を分離・再編した経緯がある。商業生産は2013年に開始され、以来ベトナム最大のタングステン鉱山として稼働してきた。
タングステンは融点が金属中で最も高い3,422度に達し、超硬合金や半導体製造装置、航空宇宙部品、軍事用途など幅広いハイテク分野で不可欠な素材である。世界のタングステン生産は中国が約8割を占めるとされ、サプライチェーンの「中国依存」が地政学的リスクとして認識されるなか、中国以外で商業規模の生産を行うヌイファオ鉱山の戦略的重要性は年々高まっている。
MHTMの事業戦略——「脱・単一鉱山」への布石
MHTMはこれまでヌイファオ単一鉱山への依存度が高く、鉱山寿命(マインライフ)の延長が中長期的な課題であった。今回の鉱区拡張は、既存のヌイファオ鉱山に隣接するエリアおよびヌイチエムという新たな鉱区を加えることで、採掘可能年数を大幅に延ばし、同時に生産能力の拡大も視野に入れるものと考えられる。1億1,500万トンという推定埋蔵量は、現行の採掘ペースを前提とすれば数十年単位の追加的な鉱山寿命を意味する可能性がある。
また、MHTMはタングステンの精錬・加工についても川下統合を進めており、単なる鉱石の採掘にとどまらず、高付加価値製品(タングステンカーバイド粉末、超硬工具用素材など)の製造・販売にも注力している。鉱区拡大による原料の安定確保は、この垂直統合戦略を下支えするものだ。
ベトナム政府の資源政策との整合性
ベトナム政府は近年、重要鉱物資源(レアアース、タングステン、リチウムなど)の戦略的開発を国家方針として掲げている。2024年には鉱物法の改正が国会で審議され、鉱業ライセンスの管理強化と大規模鉱山への国家関与の仕組みが議論された。今回のMHTMの鉱区拡大は、こうした政府の資源ナショナリズム的な方針とも整合的であり、ライセンス取得の背景にはマサングループとベトナム政府との緊密な関係があるとみられる。
さらに、米中対立の長期化を背景に、米国・EU・日本などが「脱中国依存」のサプライチェーン再構築を進めるなか、ベトナム産タングステンへの国際的な需要は構造的に拡大する見通しである。MHTMはドイツのH.C.スタルク(現在はMHTMが買収)をはじめとするグローバルな加工・流通網を有しており、この地政学的追い風を最大限に活用できるポジションにある。
投資家・ビジネス視点の考察
■ 関連銘柄への影響
MHTMは非上場であるが、親会社のマサングループ(MSN)はホーチミン証券取引所の時価総額上位銘柄の一つである。鉱区拡大による長期的な収益基盤の強化は、MSNのバリュエーションにポジティブに作用する可能性がある。ただし、鉱山開発には数年単位の先行投資が必要であり、短期的にはキャッシュフローへの圧迫要因となりうる点には留意が必要だ。
■ 日本企業への影響
日本はタングステンの主要消費国の一つであり、超硬工具メーカー(住友電工、三菱マテリアルなど)にとってタングステン原料の調達先多様化は重要課題である。MHTMの生産能力拡大は、中国以外からの安定調達を可能にするという点で、日本の素材・製造業にとっても注目すべき動きだ。日越経済連携の文脈において、タングステンを含む重要鉱物分野での協力深化が議論される可能性もある。
■ FTSE新興市場指数格上げとの関連
2026年9月に決定が見込まれるベトナムのFTSE新興市場指数への格上げは、海外資金のベトナム株式市場への大量流入を促す可能性がある。MSNのような時価総額上位銘柄は格上げの恩恵を直接的に受ける銘柄群に含まれる。今回の鉱区拡大というファンダメンタルズの強化は、格上げに向けた外国人投資家の関心を一段と高める材料になりうる。
■ ベトナム経済全体のトレンドにおける位置づけ
ベトナム経済は製造業・輸出主導の成長モデルを維持しつつ、資源・エネルギー分野での存在感も高めている。タングステンやレアアースといった戦略鉱物の開発加速は、ベトナムが単なる「世界の工場」にとどまらず、グローバルサプライチェーンの上流にもポジションを築こうとしていることを示す象徴的な動きである。
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