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ベトナム政府が4月5日に公布した「決議86号(Nghị quyết 86/NQ-CP)」——国家イノベーション・スタートアップ戦略が、同国のスタートアップ・エコシステムに大きな変革をもたらそうとしている。最大の注目点は、スタートアップ企業専用の証券取引所を段階的に構築するという方針だ。創業初期段階から株式市場を通じた資金調達の道を開くという、東南アジアでも先進的な試みである。
決議86号の全体像——起業文化の醸成からインフラ整備まで
4月29日に開催されたベトナム科学技術省の定例記者会見で、同省傘下のスタートアップ・テクノロジー企業局のファム・ドゥック・ギエム副局長が、決議86号の具体的な方向性を説明した。
決議の基本理念は、「敢えて考え、敢えて行動し、リスクを受け入れる」という起業文化を社会全体に根付かせることにある。同時に、テクノロジープラットフォーム、デジタルインフラ、共用インフラといったエコシステム基盤の整備を重視し、全国的なスタートアップ活動の展開を支援する方針だ。制度面では、省庁横断的に連動した政策体系を構築し、全国民が起業に参加しやすい環境づくりを目指す。
「一人企業」モデルの推進——デジタル時代の新たな起業形態
決議の中で特に注目されるのが、デジタル技術やAIアシスタントを活用した「一人企業(doanh nghiệp một người)」モデルの推進である。ギエム副局長は「以前は最低でも経営者、会計担当、各機能部門の担当者など5人程度の人員が必要だった。しかし今やテクノロジーの支援により、一個人でも企業を設立・運営できる」と述べ、デジタル時代における新たな企業群の形成に大きな期待を示した。
この構想は、ベトナムの若年人口の多さ(人口約1億人のうち中位年齢は約30歳)とスマートフォン普及率の高さを考えれば、極めて現実的な方向性である。GrabやShopeeといったプラットフォーム経済がすでに浸透しているベトナムでは、個人がデジタルツールを駆使してビジネスを展開する土壌は十分に整っている。
大学発イノベーションとインキュベーター網の構築
もう一つの柱が、大学からのスタートアップアイデアの育成と「イノベーション型大学」モデルの形成である。共用実験室の整備、法務・財務面の支援メカニズムを通じ、研究成果の商業化を加速させる。今後は分野別のインキュベーター・ネットワークを構築し、テクノロジー・知識・技術の面で十分な環境を提供する計画だ。
重要なのは、インキュベーション活動が民間セクターだけでなく、大学や研究機関からも継続的に生み出される「研究から市場へ」の一貫した流れを形成する点にある。
スタートアップ専用証券取引所と新たな金融商品
資本市場の面では、国レベルから地方レベルまでのベンチャーキャピタルファンドの発展を促進し、国際ファンドや民間セクターとの連携を強化する方針が示された。そして最大の目玉が、スタートアップ企業専用の証券取引所の段階的構築である。
ギエム副局長は「アイデア段階からエンジェル投資家や多様な資金源、特に株式市場を通じた資金にアクセスできるようになる」と強調した。現在ベトナムには、ホーチミン証券取引所(HOSE)とハノイ証券取引所(HNX)、さらに未上場企業向けのUPCoM市場が存在するが、いずれもスタートアップの初期段階での資金調達には適していない。専用取引所が実現すれば、創業間もない企業にとって画期的な資金調達チャネルとなる。
加えて、証券化、保証、無形資産・知的財産の担保化といった新たな金融商品の開発も推進される。改正知的財産法により、研究成果の保護後に評価・出資・担保設定が可能となり、知識を実質的な金融資源に転換する道が開かれた。
数値目標——2030年に1万社、2045年に国民35人に1社
決議は具体的な数値目標も掲げている。2030年までに約500万の事業主体と1万社のスタートアップ企業を育成し、国家イノベーション・エコシステムを世界トップ40に引き上げ、約15億USDのベンチャーキャピタル投資を呼び込むことを目指す。
長期ビジョンとして、2045年までに国民約35人に1社の企業が存在する状態を実現する計画だ。ギエム副局長によれば、経済分析上、国民30〜35人に1社の割合であれば経済は活力を維持し雇用も確保できるが、60人超に1社の水準では雇用不足のリスクが高まるという。現在のベトナムは国民100人超に1社という水準にとどまっており、目標との間には大きなギャップが存在する。
「大規模で柔軟性があり、イノベーションと結びついた企業群の形成は、経済全体の活力を高めるための戦略的テコとなる」とギエム副局長は強調した。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の決議は、ベトナム株式市場にとって中長期的に大きなインパクトを持つ可能性がある。
証券インフラ関連への影響:スタートアップ専用取引所の構築は、証券取引所運営やIT基盤整備に関わる企業にとって新たなビジネス機会となる。ベトナム証券取引所(VNX)を中心とした取引インフラの拡充が進めば、関連銘柄にも恩恵が及ぶだろう。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2025年3月にFTSEラッセルがベトナムをセカンダリー・エマージングに格上げするかどうかのウォッチリストに入れており、2026年9月の最終判断が見込まれている。スタートアップ向け市場の整備は、資本市場の多層化・高度化として、格上げ審査にプラスに作用する可能性がある。
日本企業への示唆:ベトナムのスタートアップ・エコシステムが制度的に整備されることで、日本のVC(ベンチャーキャピタル)やCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)にとって、ベトナムへの投資がより透明性の高いものとなる。知的財産の担保化が進めば、技術移転を伴う日越連携プロジェクトの組成もしやすくなるだろう。
リスク要因:ただし、スタートアップ専用取引所の実現には、上場基準の設計、投資家保護の仕組み、流動性の確保など、多くの課題が残る。決議はあくまで方向性を示したものであり、具体的な制度設計と実行のスピードが今後の焦点となる。現在の国民100人超に1社という現実から、35人に1社という目標への道のりは極めて長い。
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