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ベトナム商工省(Bộ Công Thương)が、一般家庭(生活用電力)の電気料金に「時間帯別料金制(TOU=Time of Use)」を段階的に導入する方向で検討を進めていることが明らかになった。ピーク時間帯の電力需要を分散させ、電力系統への負荷を軽減する狙いがある。ベトナムでは近年、猛暑や経済成長に伴う電力需要の急増が深刻な課題となっており、今回の制度設計はエネルギー政策の大きな転換点となる可能性がある。
時間帯別料金制とは何か
時間帯別料金制とは、1日の中で電力需要が集中する「ピーク時間帯」には高い単価を、需要が少ない「オフピーク時間帯」には低い単価を適用する仕組みである。日本では既に多くの電力会社が導入しており、「夜間割引」や「深夜電力」といった形で一般にも馴染み深い。ベトナムでは産業用・商業用の電気料金には既に時間帯別料金が適用されているが、一般家庭向けには現在、使用量に応じた「累進制(ブロック料金制)」が採用されている。現行制度では6段階のブロックに分かれ、使用量が増えるほど単価が上昇する仕組みだ。
商工省の狙い—なぜ今、制度変更を検討するのか
商工省が時間帯別料金の家庭向け導入を検討する背景には、ベトナムの電力事情が年々逼迫している現実がある。特に毎年5月から7月にかけての猛暑期には、エアコン使用の急増によりピーク需要が跳ね上がり、計画停電や電圧低下が各地で発生している。2023年には北部を中心に深刻な電力不足が発生し、工業団地の操業にまで影響が及んだことは記憶に新しい。
商工省としては、家庭の電力消費パターンを「ピーク時間帯からオフピーク時間帯へ」移行(ピークシフト)させることで、発電・送電インフラへの過度な負荷を回避したい考えである。具体的には、エアコンや洗濯機、炊飯器といった消費電力の大きい家電の使用を、料金インセンティブによって早朝や深夜帯にシフトさせることが期待される。
ベトナムの電力供給構造も変化の途上にある。再生可能エネルギー(特に太陽光発電)の導入が急速に進む中、日中に発電量が集中し、夕方から夜間にかけて供給が不足する「ダックカーブ現象」が顕在化しつつある。時間帯別料金を家庭にも適用することで、需要側の調整を促し、再エネの効率的な利用にもつなげたい意図がある。
段階的な導入と技術的課題
商工省は「段階的に」(từng bước)導入する方針を示しており、一斉に全世帯へ適用するのではなく、スマートメーター(遠隔検針対応の電力量計)の普及状況や地域ごとの電力インフラの整備状況に応じて、順次拡大していく見通しである。
時間帯別料金制の導入にあたっては、各家庭にスマートメーターが設置されていることが前提条件となる。ベトナム電力公社(EVN=Electricity of Vietnam、ベトナム最大の国有電力事業者)は近年、スマートメーターの導入を進めているが、農村部や中山間地域ではまだ旧型メーターが残っている地域も多い。全国約2,800万世帯をカバーするには相当の投資と時間が必要であり、これが導入スピードを左右する重要な要因となる。
また、消費者への周知・啓発も大きな課題である。現行の累進制は「使えば使うほど高くなる」というシンプルな構造で理解しやすいが、時間帯別料金は「いつ使うか」によって料金が変わるため、家計管理が複雑になるとの懸念もある。低所得世帯への影響にも配慮した制度設計が求められるだろう。
現行の累進制との関係
ベトナムの家庭用電気料金は長年にわたり累進制が基本であり、政府が定める統一価格体系のもとで運用されてきた。累進制自体にも「省エネインセンティブが弱い」「ブロック間の価格差が不十分」といった批判があり、これまでもブロック数の見直し(2014年に6段階から5段階への変更が検討されるなど)が議論されてきた経緯がある。今回の時間帯別料金制の検討は、累進制を完全に置き換えるものではなく、併用や選択制とする可能性もある。商工省の今後の具体的な制度設計案に注目が集まる。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の時間帯別料金制の検討は、ベトナムのエネルギーセクター全体に波及する重要なテーマである。投資家・ビジネスの観点から、いくつかの注目ポイントを整理する。
①スマートメーター・スマートグリッド関連銘柄への追い風
時間帯別料金の全国展開にはスマートメーターの大量導入が不可欠である。ベトナムの電力計器・電気機器メーカーや、スマートグリッド関連のIT企業には中長期的な受注増が見込まれる。ホーチミン証券取引所(HOSE)やハノイ証券取引所(HNX)に上場する電力関連銘柄、とりわけEVN傘下の配電会社(PC1=パワーコンストラクション・ジョイントストックカンパニーNo.1など)の動向は注視すべきである。
②EVN(ベトナム電力公社)の財務改善への期待
EVNは近年、電気料金の引き上げが政治的に抑制されてきた結果、巨額の累積赤字を抱えている。時間帯別料金制によりピーク時の単価を適正水準に引き上げることができれば、EVNの収支改善にもつながる可能性がある。EVN自体は未上場だが、傘下の発電・配電子会社は複数上場しており、間接的な影響が期待できる。
③日本企業・在ベトナム日系企業への影響
ベトナムに生産拠点を持つ日系製造業にとって、電力コストと安定供給は最重要の関心事項である。家庭向けの制度変更が直接影響するわけではないが、電力系統全体の需給バランスが改善されれば、産業用電力の安定供給にも寄与する。2023年に経験したような大規模な電力不足の再発リスクが低減するのであれば、ベトナムの投資先としての魅力度が高まる。
④FTSE新興市場指数への格上げとの関連
2026年9月にも決定が見込まれるベトナムの「FTSE新興市場指数」への格上げは、海外からの機関投資家マネーの流入を大きく左右する。エネルギーインフラの近代化や料金制度の合理化は、市場の成熟度を示す一つのシグナルとして評価される可能性がある。直接的な格上げ要件ではないものの、ベトナム経済のガバナンス・制度改革が前進していることを国際投資家に示す材料となりうる。
⑤再生可能エネルギーの活用促進
時間帯別料金制は、家庭用屋根上太陽光発電や蓄電池の普及を後押しする可能性もある。日中の太陽光発電による余剰電力をオフピーク時間帯に蓄電し、ピーク時間帯に自家消費するという行動が経済合理性を持つようになるためだ。蓄電池やEV(電気自動車)のV2H(Vehicle to Home)との連携も将来的には視野に入ってくるだろう。
総じて、今回の制度検討はベトナムの電力市場改革の一環として位置づけられるものであり、短期的な市場インパクトは限定的ながら、中長期的にはエネルギーセクターの構造変化と投資機会を生む可能性がある。具体的な制度設計案や導入スケジュールが明らかになる今後の動向を、引き続き注視していきたい。
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