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SNSアカウント、暗号資産、NFTコレクション、ゲームアカウント——人間の資産がデジタル空間へ急速に移行するなか、「デジタル遺産(digital legacy)」という新たな経済圏が世界的に立ち上がりつつある。ベトナムでも若年人口の多さとデジタル資産市場の活況を背景に、この分野への関心が高まっている。
デジタル遺産とは何か——データから経済的資源へ
デジタル遺産とは、ある人物が亡くなった後にデジタル空間上に残る全ての資産・個人的痕跡を指す。クラウド上のデータ、SNSアカウント、メール、写真・動画に加え、暗号資産やオンライン投資口座など金融的価値を持つものも含まれる。
世界経済フォーラム(WEF)の報告書は、デジタル資産が単なるデータ保存の段階から、直接的な経済価値を持つ実体へと変容しつつあると指摘している。ここ2年ほどで「相続」の概念は紙の書類や不動産・銀行口座にとどまらなくなった。
とりわけ若年層にとって、この変化は切実である。1日平均7〜9時間をオンラインで過ごす彼らの資産は、広告収入を生むTikTokチャンネルや、一点物のNFTコレクション、数千ドル相当のゲームアカウントといった形で存在する。デロイトの調査によれば、Gen Z(Z世代)の62%以上が現金化可能なデジタル資産を少なくとも1種類保有しており、「デジタル遺産の管理・移転」という新たな経済的ニーズが生まれている。
大手テック企業の動きと急成長する関連市場
この潮流を受け、巨大テック企業も対応を加速させている。Google(グーグル)は「Inactive Account Manager」機能を展開し、ユーザーが一定期間非アクティブになった場合にデータの受取人を指定したり、アカウントの自動削除を設定できるようにした。Apple(アップル)も「Digital Legacy」機能を開発し、ユーザーの死後にデータへアクセスできる「デジタル相続人」の指定を可能にしている。
さらに、Everplans(エバープランズ)やSafeBeyond(セーフビヨンド)といった企業は「デジタル遺言」の作成サービスを提供し、パスワードの保管やデジタル資産の移転手順を支援するエコシステムを構築している。Market Research Future(マーケット・リサーチ・フューチャー)の予測によれば、デジタル遺産管理ソフトウェア市場は2030年まで年間約19%の成長率を維持する見通しであり、若手起業家にとって最も有望なニッチ市場の一つとなっている。
中国発「griefbot」——AIで故人を再現する物議を醸すビジネス
市場は金融的価値だけにとどまらない。AI技術の発展を活用し、中国では「griefbot(グリーフボット)」と呼ばれる、故人の画像・声・行動をデータから再現する技術の商業化が進んでいる。Super Brain(スーパーブレイン)の創業者・張澤偉氏によれば、事故で息子を亡くした父親からの依頼がきっかけで事業化に至り、同社はすでに数百件の注文を処理した。料金は再現動画1本で数百人民元から、個人化されたチャットボットで約10万人民元(約3億4,000万ドン)までと幅広い。
しかし専門家は警鐘を鳴らしている。国連主催のAIサミット「AI for Good」では、明確な法規制がなければAIの複製が故人の死後に経済的利益のために悪用される可能性が指摘された。また、データの偏りや「AIの幻覚(ハルシネーション)」によって、故人の実際の人生とは異なる発言をAIが生成してしまうリスクもある。さらに、griefbotがユーザーの心理的依存を生み、喪失感からの自然な回復過程を妨げる懸念も浮上している。専門家らは「デジタル同意(Digital Consent)」の法的枠組み——すなわち、個人が死後にアルゴリズムとして存在し続けるかどうかを自ら決定する権利——の整備を求めている。
東アジア・欧米の動向とベトナムの現在地
東アジアではデジタル遺産管理の潮流が急速に広がっている。日本では「終活」サービスが物理的な資産整理にとどまらず、デジタルデータの整理・引き継ぎへと拡大している。韓国でもデジタル遺産管理プラットフォームが増加し、中国ではWeChat(ウィーチャット)上でオンライン葬儀やデジタル追悼サービスが急成長している。
一方、欧米は法整備の面で先行している。米国では「RUFADAA(改訂版受託者デジタル資産アクセス法)」が施行され、法的に認められた代理人が故人のデジタル資産を管理・分配できる仕組みが整備されている。EUでも同様の法規制が進んでいる。
ベトナムはまだ初期段階にある。しかし、バーチャル資産市場の活況と若年人口の厚みが、認知を高める最初の推進力となっている。ベトナムデジタル経済フォーラムでは、バーチャル資産の保護が国家経済の不可欠な要素であるとの議論が公に行われた。
最大の課題は、ユーザー行動と法的枠組みの間の「タイムラグ」である。ベトナムの若者は国境を越えたプラットフォーム上に膨大なデジタル資産を保有しているにもかかわらず、「デジタル遺言」を作成する習慣はまだ根付いていない。その背景には、死に対する心理的忌避感や、国内のセキュリティ体制への信頼不足がある。
「未来サミット(Summit of the Future 2024)」の専門家らは、この市場の持続的発展に必要な3つの柱として、①セキュリティ技術、②一貫した法制度、③倫理基準を挙げた。将来的に、国際基準と調和した国内の「デジタル憲章」を構築することが、個人の権利保護と「眠ったデータ」の経済的資源化を両立させる鍵となるとされている。
投資家・ビジネス視点の考察
デジタル遺産管理市場が年19%で成長するという見通しは、テクノロジーセクターにとって見逃せないテーマである。ベトナムにおける示唆を以下に整理する。
ベトナム株式市場への影響:直接的な上場銘柄は現時点では限定的だが、FPT(ベトナム最大手IT企業)やCMG(CMCテクノロジー)など、クラウド・セキュリティ関連事業を展開する企業にとっては中長期的な成長テーマとなり得る。デジタル本人認証やブロックチェーン基盤の資産管理は、既存のフィンテック銘柄にも波及する可能性がある。
日本企業への影響:日本では終活市場がすでに成熟しつつあり、デジタル遺産管理はその自然な延長線上にある。ベトナムの若年人口を対象としたサービス展開は、日系IT企業やフィンテック企業にとって有望な進出テーマとなるだろう。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げに向け、ベトナム政府はデジタル経済の制度整備を急いでいる。デジタル資産の法的位置づけが明確になれば、外国人投資家にとっての透明性向上につながり、格上げの追い風となる可能性がある。
ベトナム経済全体での位置づけ:ベトナムは人口の約70%が40歳以下という若年人口構成を持ち、スマートフォン普及率も高い。デジタルネイティブ世代が経済の主力となるにつれ、デジタル遺産を含むデジタル経済の制度設計は国家的な課題となる。法整備の進展は、ベトナムのデジタル経済全体の信頼性を底上げする要素として注目に値する。
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