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英ガーディアン紙の編集者ケイトリン・キャシディ氏が「24時間、石油由来の製品を一切使わずに生活する」という実験に挑戦し、その困難さを赤裸々に報告した。ベトナムのメディアVnExpressがこの記事を取り上げた背景には、急速な工業化と経済成長の中でエネルギー転換を迫られるベトナム社会の関心の高さがある。
「石油なし24時間」——想像を超える困難
キャシディ氏は、ガーディアン紙(The Guardian、英国を代表するリベラル系日刊紙)の編集者として、環境問題への意識が高い立場にある。しかし、実際に石油由来の製品を24時間排除して生活してみると、その体験は「極めて過酷」だったという。
私たちの日常生活は、想像以上に石油製品に依存している。ガソリンや軽油といった燃料だけではない。プラスチック容器、合成繊維の衣服、化粧品、医薬品のカプセル、スマートフォンの筐体、靴底のゴム、歯ブラシ、食品の包装フィルム——ありとあらゆる製品の原料として石油が使われている。キャシディ氏は朝起きた瞬間から、ベッドのマットレス(ポリウレタンフォーム)、枕カバー(ポリエステル混紡)、パジャマ(ナイロン素材)といった身の回りのものが次々と「使用不可」になる現実に直面した。
食事においても困難は続く。スーパーで購入するほぼすべての食品はプラスチック包装されており、調理器具のハンドル、冷蔵庫の内装材、電子レンジの部品にも石油由来の素材が使われている。移動手段もガソリン車はもちろん、電気自動車であってもタイヤやダッシュボード、シートの素材に石油製品が含まれるため、完全な回避は不可能に近い。キャシディ氏は24時間の実験を通じて「現代社会で石油から完全に離脱することは、事実上不可能である」という結論に至っている。
ベトナムでこの話題が注目される背景
VnExpress(ベトナム最大級のオンラインニュースサイト)がこの記事を紹介したことには、単なる海外トピックの翻訳以上の意味がある。ベトナムは現在、エネルギー政策の大転換期にあるからである。
ベトナム政府は2021年のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)で、2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言した。2023年に策定された第8次国家電力開発計画(PDP8)では、再生可能エネルギーの比率を大幅に引き上げる方針が盛り込まれている。一方で、ベトナムの一次エネルギー消費に占める石油・石油製品の割合は依然として高く、国内にはビンソン精油所(Binh Son Refining and Petrochemical、ティッカー:BSR)やギソン精油所(Nghi Son Refinery)といった大型製油施設が稼働している。
急速な都市化が進むホーチミン市やハノイでは、バイク(約4,500万台以上が登録されているとされる)の大半がガソリンエンジンであり、石油依存は市民の日常に深く根付いている。また、ベトナムの製造業——繊維・アパレル、靴製造、プラスチック加工など——はいずれも石油化学製品を大量に使用する産業であり、輸出競争力の源泉ともなっている。
こうした状況下で「石油製品なしの生活がいかに困難か」という記事は、ベトナムの読者にとって、脱炭素の理想と現実のギャップを考えるきっかけとなるものである。
ベトナムのエネルギー転換と石油化学産業の現状
ベトナムの石油・ガスセクターは、国営企業ペトロベトナム(PetroVietnam、正式名称:Vietnam Oil and Gas Group)を頂点とする巨大な産業ピラミッドを形成している。上場企業としては、ペトロベトナムガス(GAS)、ビンソン精油(BSR)、ペトロベトナム・テクニカルサービス(PVS)、ペトロベトナム・ドリリング(PVD)などが代表的であり、VN-Index(ホーチミン証券取引所の主要指数)においても一定の存在感を持つ。
一方で、ベトナム政府はVinFast(ビンファスト、ビングループ傘下の電気自動車メーカー、NASDAQ上場)をはじめとするEV産業の育成に注力しており、2030年までにEVの普及率を大幅に引き上げる目標を掲げている。太陽光発電や風力発電の導入も加速しており、エネルギーミックスの転換は確実に進行している。
しかし、キャシディ氏の実験が示す通り、エネルギー転換は「燃料を再生可能エネルギーに置き換える」だけでは完結しない。石油化学製品——プラスチック、合成繊維、合成ゴムなど——の代替には、バイオプラスチックや植物由来素材の技術革新が不可欠であり、これらはまだコスト面でも供給量の面でも石油化学製品に遠く及ばないのが現状である。
投資家・ビジネス視点の考察
このニュースは直接的に特定銘柄の株価を動かすものではないが、中長期的なテーマとして以下の視点が重要である。
①石油関連銘柄の構造的リスクと当面の底堅さ:ベトナムの石油・ガスセクター(GAS、BSR、PVS、PVDなど)は、脱炭素の長期トレンドの中で構造的な逆風にさらされる一方、短中期的にはベトナムの経済成長に伴うエネルギー需要の拡大が下支え要因となる。特にBSRは国内の燃料需要を支える中核的存在であり、石油由来製品の代替が進まない限り、業績の急落は考えにくい。
②素材・化学セクターへの注目:バイオプラスチックや代替素材の分野は、ベトナムではまだ初期段階にあるが、今後の環境規制強化に伴い成長が期待される。日系企業では、東レや旭化成といった素材メーカーがベトナムに生産拠点を持っており、環境対応素材の需要増は追い風となり得る。
③FTSE新興市場指数への格上げとESG意識:ベトナムは2026年9月にFTSE新興市場指数への格上げ可否が決定される見込みである。格上げが実現すれば、ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視するグローバルファンドからの資金流入が期待されるが、その際にベトナムの脱炭素政策の進捗度合いは投資判断の重要な要素となる。石油依存度が高い産業構造をどう転換していくかは、国際投資家の目線からも注目されるテーマである。
④日本企業への示唆:ベトナムに進出している日系製造業(自動車部品、電子機器、繊維など)にとっても、サプライチェーン全体における石油由来素材の使用状況は、今後のESG報告やカーボンフットプリント算定において避けて通れないテーマとなる。ベトナム拠点での脱石油化学素材への移行は、コスト増要因となる一方、欧州市場向け輸出におけるCBAM(炭素国境調整メカニズム)対応としても重要性を増している。
キャシディ氏のわずか24時間の実験は、私たちの社会がいかに石油に深く依存しているかを可視化するものであった。ベトナムのような高成長新興国にとって、経済発展とエネルギー転換の両立は極めて難しい課題であり、投資家としてはこの構造的なテーマを長期的な視座で捉えておく必要がある。
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出典: 元記事












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