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ベトナム最大の経済都市ホーチミン市が、中央政府からの大幅な権限委譲を柱とする「特別都市法(Luật Đô thị đặc biệt)」の制定に向けて本格始動した。2025年5月22日に開催された専門家ワークショップでは、約300の権限を市に移管する草案が示され、国防・安全保障・外交・宗教の4分野を除くほぼすべての領域で自治権を拡大する方針が打ち出された。同法が成立すれば、ベトナムの都市行政における最大級の制度改革となる。
「メガシティ」に見合う法的基盤の構築
ホーチミン市人民委員会のグエン・マイン・クオン副主席は、ワークショップの冒頭で「これまでの特別メカニズム(議決98号、議決260号など)は一定の成果を上げたものの、安定的・長期的な制度基盤には至っていない」と指摘した。人口約1,000万人を超え、ベトナムGDPの約2割を生み出す同市にとって、既存の暫定的な特例措置ではなく、恒久的な法律レベルでの枠組みが不可欠だという認識である。
草案は全9章45条で構成され、ホーチミン市を対象に設計されているが、将来的には他の特別都市にも適用可能な枠組みとなっている。市は2026年6月初旬までに草案を完成させ、司法省の審査を経て直近の国会会期に提出する目標を掲げている。
チャン・ズー・リック博士の提言——「地方が決定し、地方が実行し、地方が責任を負う」
ベトナムの著名な経済学者であるチャン・ズー・リック博士は、今回の法律を「制度面での飛躍的な枠組み」を構築する好機と位置づけた。同氏が強調したのは「địa phương quyết, địa phương làm, địa phương chịu trách nhiệm(地方が決定し、地方が実行し、地方が責任を負う)」という原則である。
具体的な提言は多岐にわたる。まず、法の構造については、管理分野ごとにアプローチし、各分野で市の決定権限、特別な手続き・メカニズム、政策制定権限を明確に規定すべきだとした。これにより透明性と実効性が確保されるという。
財政・予算面では、地方独自の歳入と中央からの支援を明確に分離し、ホーチミン市人民評議会(HĐND)に支出決定権を付与することを提案。さらに、国有企業の活用や都市債の発行についても、市が自己責任で主体的に行えるメカニズムの導入を求めた。
既存の特別メカニズム(議決98号、260号、都市鉄道に関する議決188号、ダナンの国際金融センターに関する議決222号など)については、すべてを法律に取り込む必要はなく、分権・権限委譲・法規制定権限に関する核心的内容のみを法制化し、投資家の信頼を長期的に確保すべきだと述べた。
組織面では、人民評議会と人民委員会主席の権限を強化し、合議制を縮小。各局長(Giám đốc Sở)の直接責任を高め、中央省庁の局(Cục)に相当するセクター別管理体制への移行を提唱した。加えて、人材誘致、科学技術、スタートアップ・エコシステム、民間投資動員、都市再開発、社会保障、住宅、教育、医療などの分野で市独自の特別政策を制定する権限の付与も求めた。
「都市の中の都市」——ビンズオン省・バリアブンタウ省との統合構想
ホーチミン市経済法律大学の上級顧問であるグエン・ティ・カイン教授は、さらに大胆な提案を行った。草案に記載されている社・坊・特別区に加え、「都市の中の都市(thành phố trong thành phố)」モデルを追加すべきだというのである。同教授の構想では、新たなホーチミン市はビンズオン省(Bình Dương)やバリアブンタウ省(Bà Rịa – Vũng Tàu)を含み、独自の空間的特性を持つ複数の衛星都市を擁する広域都市圏となる。
また、特別都市内には行政単位としては存在しないものの、科学技術・イノベーション都市、大学都市、ハイテクパークなど、機能的都市や大規模公園といった「特別都市内の都市開発モデル」が存在しうるとし、これらに対する試験的なメカニズム・政策の導入を認めるべきだと主張した。
AI・デジタルインフラ・サンドボックスの導入提言
ホーチミン市ハイテクパーク管理委員会のグエン・キー・フン委員長は、草案にAI、データ、デジタルインフラ、テクノロジー・サンドボックス、戦略的技術、高度人材育成に関するメカニズムを補完する必要があると指摘した。これらが十分に盛り込まれれば、特別都市法はベトナムの新たな発展段階における「最も画期的な法律の一つ」になりうるとの見解を示した。
投資家・ビジネス視点の考察
本法案がベトナムの投資環境に与えるインパクトは極めて大きい。以下の観点から整理する。
不動産・インフラ関連銘柄への追い風:約300の権限委譲により、都市計画・土地管理・インフラ投資の意思決定が加速する。ホーチミン市周辺で事業展開するノバランド(NVL)、ビンホームズ(VHM)、クオッククオン・ザーライ(QCG)などの不動産デベロッパーや、都市鉄道・交通インフラ関連企業にとってポジティブ材料となる。ビンズオン省・バリアブンタウ省との広域統合構想が実現すれば、ベカメックスIDC(BCM)など工業団地銘柄にも恩恵が及ぶ。
都市債発行と金融市場の深化:市が自己責任で都市債を発行できるメカニズムが導入されれば、ベトナムの債券市場に新たな厚みが加わる。これは2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げプロセスにおいて、市場の流動性・制度的成熟度を示す好材料となりうる。
日本企業への示唆:ホーチミン市は日本企業のベトナム進出先として最も人気の高い都市である。規制緩和・権限委譲により許認可手続きの迅速化が見込まれるほか、テクノロジー・サンドボックスの導入はフィンテックやAI分野で進出を検討する日本のスタートアップにとっても魅力的な環境整備となる。ODAで関与する都市鉄道プロジェクト(メトロ2号線など)も、意思決定の迅速化による工期短縮が期待される。
制度的リスクの留意点:一方で、大幅な分権は地方レベルでのガバナンスリスクも内包する。監督・検査メカニズムの実効性が確保されなければ、汚職や恣意的な運用のリスクも高まる。草案では中央政府が監督・検査・違反処理に専念するとされているが、その具体的な設計が今後の焦点となる。
同法は2026年6月に草案完成、その後国会審議というスケジュールであり、実際の施行までにはまだ時間を要する。しかし、ベトナムが「超巨大都市」の制度設計に本腰を入れ始めたこと自体が、同国の中長期的な投資魅力度を高める重要なシグナルである。
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出典: 元記事












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