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ベトナム商工省(Bộ Công Thương)が、産業用・商業用の電力利用者を対象に、ピーク時間帯(高負荷時間帯)を現行から大幅に変更し、17時30分〜22時30分を新たなピーク帯、0時〜6時をオフピーク帯として、今年の猛暑シーズン中に即時適用する方針を打ち出した。電力需給が逼迫するベトナムにおいて、料金体系の根幹に関わる改革であり、製造業を中心としたベトナム進出企業にとっても見過ごせない動きである。
現行の電力料金時間帯と変更の概要
ベトナムでは、産業用・商業用の電力料金に時間帯別の料金体系(TOU=Time of Use)が採用されている。従来のピーク時間帯は概ね9時30分〜11時30分および17時〜20時とされてきたが、商工省は今回、ピーク帯を夕方17時30分から夜22時30分までの5時間に集約する案を提示した。一方、深夜0時〜早朝6時をオフピーク(低負荷時間帯)と位置づけ、この時間帯の電力料金は割安となる。
この変更の最大のポイントは、「今年の猛暑シーズン中に即時適用したい」という商工省の姿勢である。ベトナムでは例年5月〜8月にかけて気温が急上昇し、エアコン需要を中心に電力消費が急増する。2023年にはベトナム北部を中心に深刻な電力不足が発生し、工業団地での計画停電が相次いだ経緯がある。こうした事態の再発を防ぐために、需要のピークシフトを促す狙いがある。
なぜ17時30分〜22時30分なのか
商工省がこの時間帯をピークとして設定した背景には、ベトナムの電力需要パターンの変化がある。近年、太陽光発電の急速な普及により、日中の電力供給は比較的潤沢になった。ベトナムは屋根置き型太陽光パネルの設置が急増しており、日中は太陽光による発電量がピークに達するため、システム全体の電力需給は以前ほど逼迫しなくなっている。
一方で、太陽光発電の出力が急減する夕方以降、家庭・商業施設でのエアコンや照明の需要が重なることで、17時〜22時台に電力需給が最も厳しくなる。これは世界的に「ダックカーブ(Duck Curve)」と呼ばれる現象であり、再生可能エネルギーの普及が進んだ国・地域で共通して見られる課題である。ベトナムもまさにこの段階に突入しており、料金体系を実態に合わせて見直す必要に迫られていた。
産業用・商業用顧客への影響
今回の措置の対象は、生産活動・ビジネス活動を行う電力顧客グループ(nhóm khách hàng dùng điện sản xuất, kinh doanh)である。具体的には、工業団地に入居する製造業者、商業施設、オフィスビルなどが含まれる。
ピーク時間帯の電力料金は通常料金の1.5〜3倍程度に設定されるため、17時30分〜22時30分に操業を集中させている工場や、夕方以降に営業のピークを迎える商業施設にとっては電力コストの上昇要因となり得る。逆に、深夜0時〜6時のオフピーク帯に生産シフトを移行できる企業にとっては、コスト削減のチャンスとなる。
とりわけ、ベトナム北部のハノイ近郊やバクニン省(Bắc Ninh)、タイグエン省(Thái Nguyên)などの工業団地に集積する電子機器製造業、繊維・アパレル産業、食品加工業などは、シフト体制の見直しを迫られる可能性がある。日系企業も多数進出するこれらの地域では、夜間操業への移行コストや労働者の確保といった課題が生じることになる。
ベトナムの電力事情と構造的課題
ベトナムの電力供給は、国営企業であるベトナム電力グループ(EVN=Tập đoàn Điện lực Việt Nam)がほぼ独占的に担っている。EVNは長年にわたり電力料金を政府の管理下で低く抑えてきたが、その結果として投資資金の不足や送電インフラの老朽化が進み、供給能力の拡大が需要の伸びに追いつかない状況が慢性化している。
2023年の電力危機を受けて、政府は電力料金の段階的引き上げや、時間帯別料金の見直し、再生可能エネルギーの買取価格改定など、一連の電力改革を推進してきた。今回のピーク時間帯変更も、その流れの一環と位置づけられる。商工省としては、料金シグナルを通じて需要家に自発的なピークシフトを促し、電力システム全体の安定性を確保したい考えである。
また、ベトナムは第8次電力開発計画(PDP8=Quy hoạch Điện VIII)に基づき、2030年までにLNG火力発電や洋上風力発電の導入を加速させる方針を掲げている。しかし、新規電源の建設には時間がかかるため、当面は需要側の管理(デマンドサイドマネジメント)が不可欠であり、今回の時間帯見直しはその重要な施策の一つである。
投資家・ビジネス視点の考察
本件は、ベトナム株式市場において複数のセクターに影響を及ぼす可能性がある。
電力関連銘柄:EVNは非上場だが、その傘下の発電・配電子会社は上場している。ピーク時間帯の変更は、発電所ごとの稼働パターンや売電収入に影響を与える。特に、太陽光発電関連企業にとっては、日中のピーク料金が縮小することで売電単価が下がるリスクがある一方、蓄電池やスマートグリッド関連の需要増につながる可能性もある。
製造業・工業団地セクター:ベカメックス(BCM)やインダストリアルパーク開発企業にとっては、入居企業の電力コスト変動が工業団地の競争力に影響する。電力供給の安定性や料金の予見可能性は、外資系企業がベトナム進出を決定する際の重要な判断材料であり、頻繁な制度変更はマイナスに作用する可能性がある。
日系企業への影響:ベトナムには約2,000社の日系製造業が進出しており、多くが北部・南部の工業団地で操業している。今回のピーク帯変更により、夕方以降の操業コストが上昇するため、生産スケジュールの再編や省エネ投資の加速が求められる。一方で、深夜帯の電力コスト低下を活かせる業種(24時間稼働の半導体・電子部品製造など)にとってはメリットとなる場面もある。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連:2026年9月に決定が見込まれるFTSE新興市場指数への格上げに向けて、ベトナムは制度の透明性や予見可能性の向上が求められている。電力政策の安定性もインフラ面での評価項目の一つであり、合理的な根拠に基づく制度改正であれば、むしろ電力市場の近代化として評価される可能性がある。ただし、「即時適用」という性急さは、制度変更の予見可能性という観点からは懸念材料となり得る。
総じて、今回の措置はベトナムが再生可能エネルギーの普及に伴う電力システムの構造変化に対応しようとする動きであり、中長期的には電力市場の合理化・自由化に向けた一歩と評価できる。しかし、短期的には製造業のコスト増や操業体制の混乱を招くリスクがあり、進出企業は最新の制度動向を注視する必要がある。
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