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ベトナム南部・ホーチミン市を拠点とする老舗タクシー会社ビナサン(Vinasun、証券コード:VNS)の経営トップが、配車アプリ大手グラブ(Grab)やサンSM(Xanh SM)との競争について「極めて高い抵抗力(sức chống đỡ cực tốt)がある」と強い自信を示した。テクノロジー系配車サービスからの圧力に10年にわたりさらされ続けてきたにもかかわらず、同社は依然として経営基盤を維持しているという。かつてベトナムのタクシー業界を席巻した伝統企業は、いかにして生き残り、今後どのような戦略で戦おうとしているのか。
10年に及ぶ配車アプリとの競争
ビナサンは1995年に設立され、ホーチミン市(旧サイゴン)を中心にベトナム南部で圧倒的なシェアを誇ってきた伝統的タクシー会社である。白い車体と緑のロゴは、ホーチミン市を訪れたことのある日本人観光客やビジネスパーソンにもおなじみだろう。しかし2014年前後からGrabをはじめとする配車アプリが本格参入し、業界の構造は一変した。
Grabはシンガポール発のスーパーアプリで、ベトナムではバイクタクシー(Grab Bike)から四輪配車、フードデリバリー、決済まで幅広くサービスを展開しており、特に若年層を中心に圧倒的な利用者基盤を築いている。一方、サンSM(Xanh SM)はベトナム最大のコングロマリットであるビングループ(Vingroup)傘下の配車サービスで、ビンファスト(VinFast)製の電気自動車(EV)を活用した「グリーンモビリティ」を旗印に2023年から急拡大を遂げている。Xanh SMはわずか1年余りで数万台規模の車両を投入し、ベトナムの主要都市で猛烈な勢いでシェアを拡大してきた。
この二大勢力に挟まれる形で、ビナサンは長年にわたり業績の縮小と戦ってきた。かつて数千台を擁していた車両数は大幅に減少し、売上高もピーク時から大きく後退した。2018年にはGrabを相手取り損害賠償訴訟を起こしたことでも注目を集めたが、裁判の結果は象徴的な賠償額にとどまり、ビジネス上の根本的な解決にはつながらなかったとされる。
経営陣が語る「抵抗力」の根拠
そうした厳しい環境の中で、ビナサンの経営陣は「10年にわたりテクノロジー配車サービスからの競争圧力を受け続けてきたが、現在もなお経営は安定しており、極めて高い抵抗力を持っている」と発言した。これは株主総会もしくは投資家向けの場での発言とみられ、同社が依然として競争力を保持しているというメッセージを市場に発信する狙いがある。
ビナサンが「抵抗力」の根拠として挙げるポイントはいくつか考えられる。第一に、同社は早い段階からコスト構造の見直しを進め、不採算路線や余剰車両の削減、人件費の適正化など「守りの経営」を徹底してきた。かつての規模拡大路線から一転し、利益率を重視するスリムな経営体制へ移行することで、収益性の確保に成功している。第二に、法人顧客や空港送迎など、アプリ配車では代替しにくい固定需要を着実に取り込んでいる点がある。特にホーチミン市のタンソンニャット国際空港でのタクシーサービスは、旅行者やビジネス客にとっての信頼性が強みとなっている。第三に、自社アプリの開発やデジタル化への対応も進めており、完全な「旧来型タクシー」から脱却しようとしている点も見逃せない。
ベトナムのモビリティ市場の現在地
ベトナムの配車・モビリティ市場は、東南アジアの中でも最も競争が激しい市場の一つである。人口約1億人、平均年齢30歳前後という若い人口構成に加え、スマートフォン普及率が高く、デジタルサービスの導入速度が極めて速い。ホーチミン市やハノイでは、Grabのバイクタクシーが日常的な移動手段として完全に定着しており、従来型タクシーの利用機会は確実に減少している。
一方で、Xanh SMの急拡大は市場に新たな変動要因をもたらしている。ビングループの資金力を背景に大量のEV車両を投入するXanh SMは、Grabにとっても脅威であり、ベトナムのモビリティ市場は「伝統タクシー vs 配車アプリ」という二項対立から、「Grab vs Xanh SM vs 伝統タクシー」という三つ巴の構図へと変化している。この混戦状態がかえってビナサンのような伝統企業に一定の生存空間を与えている面もある。GrabとXanh SMが互いの顧客を奪い合うことで、伝統タクシーへの圧力が相対的に分散されるためである。
また、ベトナム政府はここ数年、配車アプリに対する規制整備を進めており、テクノロジー配車企業にも従来のタクシー事業者と同等の法的義務(保険、車両検査、運転手資格など)を求める方向に動いている。こうした規制環境の変化は、伝統タクシーにとって「同じ土俵で戦える」環境を整える効果がある。
投資家・ビジネス視点の考察
ビナサン(VNS)はホーチミン証券取引所(HOSE)に上場しているが、時価総額は配車アプリ大手と比較すると小規模であり、流動性も限定的である。ただし、経営陣の「抵抗力」発言は、同社がこれ以上の縮小局面を脱し、安定的な利益体質を維持できるという自信の表れと受け取ることができる。今後注目すべきは、売上高の底打ち確認と、配当政策や自社株買いなど株主還元策の動向である。
より大きな視点では、ベトナムのモビリティ市場の再編は、同国の消費市場の成熟度やデジタル化の進展を映す鏡でもある。2026年9月に判断が見込まれるFTSE新興市場指数へのベトナム格上げが実現すれば、海外からの資金流入が加速し、消費・サービス関連銘柄への注目度も高まるだろう。ビナサンのような中小型株が直接的にFTSE格上げの恩恵を受けるかは未知数だが、ベトナム株式市場全体の底上げ効果を通じて間接的な恩恵は期待できる。
日本企業にとっては、ベトナムのモビリティ領域における競争環境の変化は、現地での移動手段の多様化やコスト構造の変動に直結する。ベトナムに拠点を持つ日系製造業やサービス業にとって、社員の通勤・出張における配車サービスの選択肢が広がること自体はメリットであるが、どのプラットフォームが中長期的に生き残るかを見極めることが、法人契約やパートナーシップ戦略の面で重要になってくる。
ビナサンの「10年戦争」は、急速なデジタル化の波にさらされた伝統産業が、いかに適応し生き残るかという普遍的なテーマを体現している。経営陣が語る「極めて高い抵抗力」が数字で裏付けられるかどうか、今後の決算発表に注目したい。
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