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ベトナム財務省が、オンラインでの証券売買に顔認証(生体認証)を義務化する新規則を提案した。実現すれば、投資家は毎回のログインセッションにおける最初の取引時に、顔の生体情報を照合する必要がある。不正取引やなりすまし防止を目的とした措置だが、国内外の投資家に大きな実務的影響を及ぼす可能性がある。
提案の具体的な内容
財務省の新たな提案によると、投資家がオンラインで証券を売買する際、各ログインセッションの「最初の取引」において、登録済みの生体認証情報(顔認証)との照合が必要となる。つまり、アプリやウェブブラウザで証券口座にログインした後、最初に注文を出す段階で顔認証を通過しなければ取引を実行できない仕組みである。
この方式は、ベトナムで2024年から銀行送金において段階的に導入されてきた生体認証の仕組みを証券分野に拡大するものと位置づけられる。ベトナム国家銀行(中央銀行)は2024年7月以降、1,000万ドン以上の送金や1日累計2,000万ドン以上の取引に顔認証を義務化しており、今回の証券取引への適用はその延長線上にある。
背景:ベトナムにおける生体認証の急速な普及
ベトナムでは近年、デジタル化の進展とともに本人確認の厳格化が急ピッチで進んでいる。その中核を担うのが、公安省が管理する国民データベースと、2024年に全国民への発行が本格化したチップ搭載型国民IDカード(CCCD:Căn cước công dân)である。このIDカードには顔写真や指紋などの生体情報が記録されており、銀行口座の開設や携帯電話の契約、さらには行政手続きに至るまで幅広く活用されている。
銀行分野では、生体認証の導入当初こそアプリの不具合や認証失敗などのトラブルが相次いだが、数カ月を経て安定運用に移行した経緯がある。証券分野でも同様の「導入初期の混乱」が予想されるものの、銀行での先行事例がノウハウの蓄積につながっているため、比較的スムーズな移行が期待される。
不正取引・なりすまし対策としての狙い
今回の提案の最大の目的は、証券口座の不正利用防止である。ベトナムの証券市場では、他人名義の口座を使った取引や、口座情報の流出によるなりすまし売買が以前から問題視されてきた。特に、複数の「借名口座」を使って市場操縦を行う手口は当局が繰り返し摘発してきたケースであり、2022年にはFLC(不動産・航空コングロマリット)のチン・バン・クエット元会長が株価操縦の容疑で逮捕された事件が市場を震撼させた。
顔認証を各セッションの最初の取引に紐づけることで、口座の真の所有者以外が取引を行うことは事実上不可能となる。これにより、借名口座の排除や市場の透明性向上が期待される。
投資家の実務面での影響
一方で、実務面ではいくつかの懸念も指摘されている。まず、短期トレーダーやデイトレーダーにとっては、ログインのたびに顔認証を求められることが取引スピードの低下につながる可能性がある。ベトナム株式市場の取引時間は午前9時から11時30分、午後1時から2時45分と比較的短く、特に寄り付き直後や引け間際の「時間との勝負」の局面では、認証にかかる数秒〜十数秒が機会損失になりかねない。
また、外国人投資家にとっては、ベトナムの国民IDカードを持たないため、生体認証の登録手続きがどのように行われるのかが不透明である。パスポート情報との紐づけや、証券会社での対面登録が必要になる可能性があり、すでにベトナム株に投資している海外投資家や、これから参入を検討する日本人投資家にとっても重要な論点となる。
証券会社側の対応コスト
証券各社にとっても、システム改修のコストは無視できない。ベトナムには現在70社以上の証券会社が営業しているが、大手のSSI証券、VNダイレクト証券(VND)、ホーチミン市証券(HSC)、MBセキュリティーズなどはすでに高度なオンライン取引プラットフォームを運用している。これらのプラットフォームに顔認証機能を統合するには、生体情報の処理サーバー、国民データベースとのAPI連携、セキュリティ対策の強化など、相当な投資が必要となる。
ただし、前述の通り銀行分野ではすでに同様のシステムが稼働しているため、技術的なハードルは高くないとの見方もある。銀行系証券会社(MBセキュリティーズ、VCBS、BIDVセキュリティーズなど)は親会社の銀行が持つ生体認証インフラを活用できるため、独立系証券会社よりも有利な立場にあると考えられる。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の提案を投資の観点から整理すると、以下のポイントが重要である。
1. 市場の透明性向上はFTSE格上げの追い風
ベトナム証券市場は、2026年9月にもFTSEラッセルによる「新興市場(セカンダリー・エマージング)」への格上げが決定される見込みである。格上げの条件の一つに「市場の公正性・透明性」があり、不正取引防止のための制度整備は評価対象となり得る。顔認証の導入は、ベトナム当局が市場インフラの近代化に本気で取り組んでいるという強いシグナルとなり、FTSE側の審査においてプラス材料となる可能性が高い。
2. 証券会社銘柄への短期的コスト負担と中長期的メリット
システム改修に伴う費用は短期的にはコスト増要因だが、不正口座の排除により市場全体の信頼性が高まれば、新規口座開設数の増加や取引量の拡大につながる。特にSSI証券(SSI)、VNダイレクト証券(VND)など、リテール投資家基盤の大きい証券会社は中長期的に恩恵を受けるだろう。
3. IT・フィンテック関連企業への波及効果
生体認証システムの構築需要が高まることで、FPT(ベトナム最大手IT企業)やその他のフィンテック企業にもビジネス機会が生まれる。FPTはすでに政府系システムの開発実績が豊富であり、証券分野の生体認証インフラ構築に関与する可能性がある。
4. 日本人投資家への実務的影響
日本からベトナム株に投資している個人投資家にとって、顔認証の登録方法や外国人への適用ルールは今後注視すべき点である。現時点では提案段階であり、具体的な施行時期や外国人投資家への運用細則は明らかになっていない。証券口座を持つ日本人投資家は、取引先の証券会社からの案内を注意深くフォローする必要がある。
5. ベトナムのデジタルガバナンスの文脈
ベトナム政府は「2025年までにデジタル政府を実現する」という目標を掲げており、今回の証券分野への生体認証導入もその一環である。銀行、通信、不動産登記、そして証券と、あらゆる経済活動に生体認証が組み込まれつつある。この流れは不可逆的であり、ベトナムでビジネスを展開する日本企業にとっても、現地の本人確認制度への理解と対応が不可欠となっている。
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出典: 元記事












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