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ベトナムの大手飲料メーカー、タンヒエップファット(Tân Hiệp Phát)の取締役会メンバーであるグエン・ズイ・フン(Nguyễn Duy Hưng)氏が、「大企業の強さは規模では測れない」と発言し、ベトナム経済界で注目を集めている。企業の真の実力はバリューチェーン(価値連鎖)を創出し、利益を波及させ、信頼を構築することで持続可能なエコシステムを発展させる能力にある——という同氏の主張は、近年のベトナム企業経営のあり方を問い直す議論に一石を投じるものである。
タンヒエップファットとは何者か
タンヒエップファットは、ベトナム南部のビンズオン省(Bình Dương、ホーチミン市に隣接する工業都市圏)に本社を置く非上場の飲料コングロマリットである。「Number One」ブランドのエナジードリンクや、「Dr Thanh」(ドクター・タン)ブランドのハーブティーなどで知られ、ベトナム国内の飲料市場ではコカ・コーラやペプシコといった外資大手と真っ向から競合してきた。創業者のチャン・クイ・タン(Trần Quí Thanh)氏率いるファミリー企業として急成長を遂げ、ベトナムを代表する民族資本企業の一つに数えられる。
同社は長年、上場を見送ってきたため、財務情報の透明性では上場企業に劣るものの、その市場シェアとブランド力は国内外で高く評価されている。今回発言したグエン・ズイ・フン氏は取締役会メンバーとして、経営の方向性に強い影響力を持つ人物である。
「規模で測らない大企業」——発言の真意
フン氏の発言の核心は、企業の偉大さを売上高や総資産、従業員数といった「量的指標」のみで評価すべきではないという点にある。代わりに同氏が重視するのは、以下の3つの能力である。
①バリューチェーンの創出力——原材料の調達から製造、流通、消費者への届け方に至るまで、サプライチェーン全体で価値を高められるかどうか。タンヒエップファットは国内農産物を原材料に用いた製品開発で、農家やサプライヤーを含む幅広いステークホルダーに経済的恩恵をもたらしてきた実績がある。
②利益の波及(ランアー:lan tỏa)——自社の利益だけでなく、取引先、地域社会、さらには業界全体に利益を波及させる姿勢。ベトナム語の「lan tỏa」(ランアー)は「広がり・波及」を意味し、ベトナムのビジネス界では近年頻繁に用いられるキーワードである。単なるCSR(企業の社会的責任)を超え、事業そのものが社会に好影響を及ぼすことを志向する概念だ。
③信頼に基づくエコシステムの構築——持続可能な「生態系(hệ sinh thái)」を構築するためには、パートナー企業や消費者からの信頼が不可欠である。ベトナムでは近年、ビングループ(Vingroup、ベトナム最大手のコングロマリット)やマサングループ(Masan Group、食品・小売大手)などが「エコシステム経営」を標榜しているが、タンヒエップファットのフン氏も同様の経営哲学を前面に打ち出した格好だ。
ベトナム企業経営の転換点——「大きいことがいいこと」からの脱却
ベトナムでは2010年代、不動産やインフラ投資を軸に規模拡大を追求する企業が急増した。FLCグループやタンホアン・グループなど、一部の企業は急膨張の末に経営危機や法的問題に陥り、ベトナム社会に大きな衝撃を与えた。2022年から2023年にかけての社債市場の混乱や不動産バブルの崩壊は、「規模至上主義」の限界を如実に示した出来事であった。
こうした経験を経て、ベトナムの経営者や投資家の間では「質的成長」「持続可能性」への関心が急速に高まっている。フン氏の発言はまさにこの文脈に位置づけられるものであり、単なる理念の表明にとどまらず、ベトナム企業界全体の潮流を反映したものと言える。
また、ベトナム政府も2021年以降、企業のガバナンス強化やESG(環境・社会・ガバナンス)基準の導入を推進してきた。ホーチミン証券取引所(HOSE)は上場企業にサステナビリティ報告書の作成を求める方針を段階的に強化しており、「規模ではなく質で評価する」という考え方は、市場制度の面からも後押しされている。
日本企業との関係——ベトナム民族資本の台頭が意味するもの
タンヒエップファットは過去、日本のキリンホールディングスとの資本提携交渉が取り沙汰されたこともあり、日本の食品・飲料業界とは浅からぬ縁がある。ベトナムの飲料市場は人口約1億人、平均年齢30歳前後という若い消費者層を背景に今なお成長を続けており、サントリーやアサヒグループなど日本の大手飲料メーカーにとっても重要な市場である。
今回のフン氏の発言が示すように、ベトナムの有力民族資本企業は単なる規模拡大ではなく、エコシステム全体の価値向上という高度な経営戦略にシフトしつつある。これは日本企業がベトナムでJV(ジョイントベンチャー)やサプライチェーン連携を検討する際に、パートナー企業の「質」を見極める上で重要な示唆となる。
投資家・ビジネス視点の考察
ベトナム株式市場への影響——タンヒエップファット自体は非上場企業であるため、同社株の直接的な売買は現時点では不可能である。しかし、同社が提唱する「エコシステム経営」の思想は、上場企業の評価基準にも波及する可能性がある。ベトナム株式市場(VN-Index)では、マサングループ(MSN)、ビナミルク(VNM、ベトナム最大手の乳業メーカー)、サベコ(SAB、ベトナム最大手のビールメーカー)といった消費関連銘柄が多くの投資家の関心を集めているが、今後は「バリューチェーン全体での価値創出力」という定性的な視点がより重視されるようになるだろう。
FTSE新興市場指数への格上げとの関連——ベトナムは2026年9月にFTSE新興市場指数への格上げが決定する見込みであり、これに伴い海外機関投資家のベトナム株への資金流入が加速すると予想されている。海外の機関投資家はESGやガバナンスを重視する傾向が強く、「規模より質」「エコシステム型の持続可能経営」を志向する企業は、格上げ後の外国人買いの恩恵を受けやすいポジションにあると考えられる。
ベトナム経済全体のトレンドにおける位置づけ——ベトナム経済は2025年から2026年にかけて、GDP成長率6〜7%台を維持する見通しである。一方で、過去数年の不動産・社債危機を経て「成長の質」が問われるフェーズに入っている。フン氏の発言は、ベトナム経済が「量から質への転換」を本格的に進めつつあることを象徴するものであり、中長期のベトナム投資を考える上で、この構造変化を正確に理解しておくことが重要である。
非上場の民族資本企業トップの発言が、これほど広く報じられること自体が、ベトナム社会における「企業の在り方」に対する関心の高まりを示している。ベトナム経済の成熟化とともに、投資家が企業を評価する物差しも確実に変わりつつある。
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