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かつて「新しいもの」「トレンドの最先端」を追い求めることこそが若者文化の象徴だったベトナムで、いま静かな逆転現象が起きている。かつては「時代遅れ」「古臭い」と見なされていた製品やサービスが、Z世代(1990年代後半〜2010年代前半生まれの世代)の心を掴み、驚くほどの売上を生み出しているのだ。経済・社会の急速な変動を経験してきたこの世代が、懐かしさや過去の価値観に安らぎと共感を見出すようになっているという現象は、ベトナムの消費市場全体に新たな示唆を与えている。
「トレンド追随」から「ノスタルジー消費」へ
これまでベトナムの若年層消費者、特にZ世代は、SNSで拡散される最新トレンドに敏感に反応し、次々と新しいブランドや商品に飛びつく傾向が強いとされてきた。韓国発のファッション、タイ発のコスメ、欧米発のガジェットなど、グローバルなトレンドを瞬時にキャッチアップする消費行動は、ベトナムのマーケティング業界でも長らく「常識」として扱われてきた。
しかし近年、こうした潮流に変化が見られる。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経験し、その後も物価上昇や雇用不安、就職難といった経済・社会の不安定要因に直面し続けてきたZ世代は、次第に「新しいもの」への渇望よりも、「安心できるもの」「記憶に結びつくもの」への親近感を強めているという。具体的には、祖父母世代が使っていたような昔ながらのデザインの日用品、レトロなパッケージの菓子や飲料、90年代・2000年代初頭を彷彿とさせる音楽やファッション、さらには古い映画やアニメのリバイバルコンテンツなどが、若年層の間で急速に人気を集めている。
「懐かしさ」がもたらす心理的な安心感
専門家によれば、こうした「レトロ回帰」現象の背景には、急速なデジタル化やグローバル化によって生じた社会的な不確実性への反動があるとされる。SNS上で常に他者と比較され、絶え間なく新しい情報に晒される生活の中で、Z世代は「変わらないもの」「懐かしいもの」に触れることで、精神的な安定や自己肯定感を得ようとしている。これは単なる一過性のブームではなく、消費行動における価値観の根本的な転換を示すものだと指摘する声もある。
実際、ベトナム国内の食品・飲料業界や小売業界では、こうしたノスタルジー需要を捉えたマーケティング戦略が功を奏し、既存ブランドが「昔ながらのパッケージ」を復刻させたり、往年のキャラクターやロゴを再登場させたりする動きが活発化している。SNS上で「懐かしい」「子供の頃を思い出す」といったコメントとともに拡散されるこうした商品は、単価が高くなくても大きな販売数量を記録し、企業にとって想定以上の収益源となっているケースが少なくない。
マーケティング業界における「時代遅れ」の再定義
この現象は、ベトナムの広告・マーケティング業界に大きな示唆を与えている。これまで「新製品開発」「トレンド追随型のプロモーション」に偏重してきた企業戦略に対し、「過去の資産をいかに再活用するか」という視点が重要性を増しているのだ。ブランドヒストリーやレガシー要素を前面に押し出したコンテンツ、限定復刻版商品の展開、往年の広告キャンペーンのリバイバルなど、企業が持つ「歴史」そのものが新たなマーケティング資源として再評価されている。
これはベトナムに限った現象ではなく、日本や欧米でも見られる「レトロブーム」「Y2Kファッション」の再流行と共通する部分が多い。ただし、ベトボトナムの場合、社会が急速な近代化・都市化を経験してきた分、こうした「懐かしさ」への渇望がより強く、かつ急速に市場に表出している点が特徴的だと言えるだろう。
投資家・ビジネス視点の考察
この「レトロ消費」トレンドは、一見すると文化的・社会的な現象にとどまるように見えるが、投資家やベトナム進出企業にとっても無視できない示唆を含んでいる。まず、消費財・食品飲料セクターの上場企業にとっては、既存ブランドの資産価値を再評価する好機となり得る。長年の歴史を持つ国内ブランドが、Z世代向けに「懐かしさ」を訴求したリブランディングを行うことで、追加の大規模投資を必要とせずに新たな収益源を確保できる可能性がある。ホーチミン証券取引所(HOSE)やハノイ証券取引所(HNX)に上場する食品・飲料、小売関連銘柄については、こうしたマーケティング戦略の成否が今後の業績動向を左右する要因の一つとなるだろう。
また、日本企業にとっても示唆に富む動きである。日本はまさに「昭和レトロ」「平成レトロ」ブームを経験してきた国であり、日本企業が持つノウハウやコンテンツ資産(キャラクターIP、往年の商品デザイン、懐かしのCMなど)をベトナム市場向けにローカライズして展開することで、Z世代の共感を得られる可能性がある。すでにベトナムに進出している日本の食品・飲料メーカー、雑貨・アパレル企業にとっては、自社の「歴史」をどう物語として伝えるかが、今後のマーケティング戦略上の重要なテーマとなるだろう。
さらに、この消費トレンドの変化は、ベトナム経済全体における消費者マインドの変化を映し出す鏡でもある。2026年9月に決定が見込まれるFTSEラッセル(英国の指数算出会社)による新興市場指数への格上げは、海外機関投資家の資金流入を促進する重要なカタリストとされているが、その資金がどのセクターに向かうかを見極める上でも、消費者行動のトレンドを把握することは極めて重要だ。Z世代という次世代消費の中核を担う層が、単なる「新しさ」ではなく「情緒的価値」を重視し始めているという事実は、消費財セクターの銘柄選定において、ブランド力やレガシー資産を持つ企業への再評価につながる可能性がある。
総じて、この「レトロ回帰」現象は、ベトナムという若く活力に満ちた経済の中に、成熟した消費社会特有の「情緒的消費」の萌芽が見え始めていることを示している。今後、企業のブランド戦略や投資家の銘柄選定において、この視点はますます重要性を増していくだろう。
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