こんにちは、ベトナム経済&株式投資ニュース解説のベトテク太郎です。
ビンズオン新都市で、静かに、でも確実に歴史が動きました。
6月1日、東急とベカメックスグループの合弁会社「ベカメックス東急」が、ビンズオン新都市でEVデマンドモビリティサービス「カゼモビ(KAZE Mobi)」の本格運行を開始しました。ニュースだけ読むと「EVが走り始めた」という話に聞こえますが、私はこれを13年越しのプロジェクトがひとつの形になった瞬間として見ています。
13年間、東急はここで何をしていたのか
まず少し時計を巻き戻す必要があります。
東急は2012年からビンズオン省ビンズン新都市(総面積約1,000ha)において、低層・高層住宅や商業施設からなる開発を進めています。また2014年からビンズオン新都市の公共交通機関として、バス事業を展開しています。
つまりベカメックス東急は、路線バスを「ベトナム初の日系公共交通機関」として走らせ始めたのが2014年。そこからすでに10年以上が経過しています。今回のカゼモビ本格運行は、その延長線上にある話です。
本実証実験の対象エリアであるビンズン新都市(総面積約1,000ha)は、ベトナムホーチミン市中心部の北方約30kmに位置し、省庁舎や住宅、商業、オフィス、学校、大型の都市公園を有し、さまざまな都市機能が集結したエリアです。2012年から東急およびベカメックス東急は、地元行政・企業とともに、公共交通を軸とした持続可能なまちづくり(TOD:Transit Oriented Development)を推進しています。
ホーチミン市中心部から北へ約30km。工業団地と新興住宅地が混在するエリアに、東急は日本式の「まちごと開発」という考え方を持ち込んできました。それがTOD、つまり「交通を先に整えて、そこに人を呼ぶ」という都市開発の哲学です。
MaaS実証実験という「科学的な下準備」
今回の本格運行には、きちんとした下準備がありました。
ID&Eホールディングス株式会社子会社の日本工営株式会社、東急株式会社、東急の子会社でベトナム社会主義共和国ビンズン省の省都ビンズン新都市の開発を行うBECAMEX TOKYU CO., LTD.(ベカメックス東急)、ITシステムの開発を行う株式会社システムエグゼ子会社のSystemEXE Vietnam Co., Ltd.の4社は、国土交通省の「令和6年度ベトナムにおけるスマート技術を活用したTOD型都市開発の実現に向けた調査・実証検討業務」の一環で、ビンズン新都市におけるMaaS実証実験を2025年2月11日から3月9日まで実施しました。
日本工営、東急、ベカメックス東急、SystemEXE Vietnamの4社が組み、国土交通省の業務として位置づけられた実証実験です。「お試し」ではなく、「国のお金と信用を背負った検証」だったわけです。
実証実験の規模もきちんと把握しておく必要があります。対象者はベカメックス東急がビンズン新都市内に開発した物件の住民約3,000名で、対象物件はSORA gardensⅠ、SORA gardensⅡ、The VIEW、HARUKA、The GLORYの5物件です。実際に住んでいる人たちを対象にしたリアルな検証だったことがわかります。
本実証実験参加者の乗降ルート、商業施設の利用状況など各種データを分析することで、スマートシティ化に向けた将来的な公共交通のあり方や商業施設の利用促進効果を検証しました。また、現在ベトナムにおいて主要な交通手段であるバイクから、EVデマンドモビリティへの転換による環境負荷低減効果や、ベトナムにおけるMaaS事業の将来可能性なども検証しています。
バイク大国ベトナムで、どれだけの人が「EVを使いたい」と思うか。この問いへの答えを、データで取りにいったということです。そしてその答えは「住民の高いニーズと満足度」という形で出た。だから今回の本格運行につながりました。
サービス設計の細部に見える「日本式の思想」
カゼモビのサービス設計には、細かいところに日本式の発想が詰まっています。
実証実験ではエリア内48か所に乗降スポットを設定したEVデマンドモビリティサービスを運行し、さらに本サービスの利用後には、エリア内の商業施設「Hikari」のPizza 4P’sと、ファミリーマート4店舗で利用できるクーポンを配布することで、公共交通と都市生活サービスの連携を強化し、両者の利用促進に取り組みました。
「乗ったらクーポンがもらえる」。これはシンプルなようで、実は非常に戦略的です。公共交通の利用を増やすと同時に、商業施設への集客も促す。交通と商業が一体となって都市の活性化を生み出す仕組み、まさにTODの哲学そのものです。本格運行ではこの連携がさらに洗練されていくことが期待されます。
本サービスの利用予約は、ベトナムで利用されているコミュニケーションアプリ「Zalo」内に新たに作成したデマンドサービスを提供するミニアプリから可能です。ここも重要なポイントで、LINEに相当するベトナム最大のメッセージアプリZaloを活用することで、新しいアプリをダウンロードする手間を省いています。ローカルの生活習慣に合わせた設計というのは、ベトナム市場で成功するための必要条件です。
ベカメックス東急という会社の「体力」
ここで少し企業の実態を確認しておきます。
ベカメックス東急の資本金は8兆6,000億ベトナムドン(約514億円)で、2025年2月7日時点のレートによるものです。出資比率は東急株式会社が65%、BECAMEX IDC CORP.が35%となっています。設立は2012年3月1日です。
資本金514億円規模の合弁会社が、13年間かけてビンズオン新都市に積み上げてきた資産はかなりのものです。開発した物件を見ると、SORA gardensⅠ(406戸)、SORA gardensⅡ(557戸)、The VIEW(604戸)、HARUKA(221戸)、The GLORY(992戸)と、合計で約2,780戸の住宅を供給してきています。これだけの「住民基盤」があるからこそ、MaaS実証実験の対象者3,000名という母数が確保できた。そういうことなんです。
商業面でもSORA gardens SC(ソラガーデンズ エスシー)は、AEON(supermarket)、NITORI、MUJI、UNIQLOなどを含む店舗面積約14,500㎡、19店舗の商業施設で2023年7月に開業しています。イオン、ニトリ、無印良品、ユニクロが入る商業施設がビンズオン新都市に存在するという事実は、この都市が「日本人駐在員向け」だけでなく、ベトナムの中間層に向けた本格的な生活インフラとして機能し始めていることを示しています。
「重層的な交通網」の先に何があるか
今回のカゼモビ本格運行が重要なのは、これが「ゴール」ではなく「次のステップへの足がかり」だからです。
ビンズオン新都市では現在、ホーチミン市都市鉄道1号線の延伸計画や、環状3号線・4号線の建設といったインフラ整備が進行中です。日本工営は、ベトナムにおいて2024年12月に開業したホーチミン都市鉄道1号線をはじめ、更なる公共交通の整備、TOD、MaaS事業の推進を支援しています。
メトロが延伸されれば、ビンズオン新都市とホーチミン市中心部がさらに近くなります。そこに路線バス「カゼシャトル」とデマンドモビリティ「カゼモビ」が組み合わさることで、「メトロ駅まで行く→市内を移動する→帰りのラストワンマイルはカゼモビで」という動線が完成します。これが東急の描く絵です。
日本工営は、スマートシティ事業を積極的に推進し、交通計画から都市計画等分野横断的に戦略立案・実行支援・データ分析を実施しています。今回の実証実験で蓄積されたデータは、こうした将来の都市設計に活用されていきます。
BCMという視点で何が見えるか
ベカメックスグループ(証券コード:BCM)は、ビンズオン省を拠点とする工業団地・都市開発の大手企業で、今回の合弁会社には35%出資しています。BCMは国有持分の段階的引き下げ(民営化)の議論が続いており、都市開発モデルの高度化が長期的な企業価値に影響を与える可能性があります。
東急との合弁を通じて積み上げられてきた「TOD×MaaS×スマートシティ」のノウハウは、BCMが他のエリアで展開する工業団地・都市開発プロジェクトに水平展開できるものです。ビンズオン新都市での実績が、BCMの「都市開発の質」を底上げしていくシナリオは十分に考えられます。投資判断はご自身の責任でご検討ください。
ハノイから見ると、なおさら際立つ
ハノイに13年住んでいる私の目線で言うと、ビンズオン新都市のモデルは「ベトナムの都市開発の一つの到達点」として際立って見えます。ハノイの開発は多くの場合、インフラよりも先に住宅が建ち、後から道路が追いついてくる形が多い。一方でビンズオン新都市は、交通と住宅と商業を計画的に組み合わせて育ててきました。
ベトナムの都市化率はまだ40%台です。今後10〜20年で都市部に流入する人口は数千万人規模になります。その受け皿として、こうした「計画都市」のモデルがどれだけ機能するか。カゼモビの本格運行はその長い実験の、重要な一ページです。
そういうことなんです。
いかがでしたでしょうか。今回のカゼモビ本格運行と東急×BCMの都市開発の話について、皆さんのご意見もぜひお聞かせください。コメント欄や@viettechtaroのDMでお待ちしています。
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