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米国の銀行業界が、ステーブルコイン(stablecoin)への資金流出に対する警戒を強めている。米ドルに価格を連動させたこのデジタル通貨が、保有するだけで報酬(利回り)を得られる仕組みを備え始めたことで、従来の銀行預金から資金が「流出」するリスクが現実味を帯びてきた。この動きは米国内にとどまらず、ベトナムをはじめとする新興国の金融システムにも大きなインパクトを与え得る問題である。
ステーブルコインとは何か――なぜ銀行が恐れるのか
ステーブルコインとは、ビットコインやイーサリアムのような価格変動の激しい暗号資産とは異なり、米ドルなどの法定通貨に1対1で価値を連動(ペッグ)させた暗号資産の一種である。代表的な銘柄としては、テザー(Tether/USDT)やUSDコイン(USDC)が知られている。これらは国際送金やDeFi(分散型金融)の世界で広く利用されてきたが、近年は単に保有しているだけで利回りが得られる「リワード付きステーブルコイン」が登場し、状況が大きく変わりつつある。
米国の銀行にとって、一般市民からの預金は最も重要な資金調達源である。預金を原資として融資を行い、その利ざやで収益を稼ぐというビジネスモデルが銀行業の根幹だ。しかし、もしステーブルコインが銀行預金と同等かそれ以上の利回りを提供し、かつ24時間365日いつでも送金・決済に使えるとなれば、預金者が銀行口座からステーブルコインへ資金を移す動機は十分にある。米国の銀行業界が恐れているのは、まさにこの「預金の脱銀行化(ディスインターミディエーション)」のシナリオである。
米国で進むステーブルコイン規制法案と業界のロビー活動
米国では現在、ステーブルコインの発行・運用を包括的に規制するための法案(GENIUS Act等)が議会で審議されている。銀行業界は、ステーブルコイン発行者に銀行と同等の規制を課すよう強く求めている。具体的には、預金保険制度への加入義務、準備金の厳格な管理、利回り提供に対する制限などが論点となっている。一方、暗号資産業界側は過度な規制がイノベーションを阻害すると反論しており、両者の攻防が続いている状況だ。
特に焦点となっているのが「利回り付きステーブルコイン」の扱いである。銀行業界は、ステーブルコインが保有者に利回りを支払う場合、それは実質的に「預金」と同じであり、銀行免許なしに行うべきではないと主張する。これに対し、暗号資産業界は「テクノロジーの進化による金融の民主化」だとして、消費者の選択肢を広げるべきだと訴えている。
ベトナムにおけるステーブルコインの現状と影響
ベトナムにおいては、暗号資産の法的地位はまだ明確に定められていない。ベトナム国家銀行(中央銀行)は暗号資産を合法的な決済手段として認めておらず、暗号資産の取引は法的にグレーゾーンに置かれている。しかし、実態としてベトナムは世界でも有数の暗号資産利用国として知られている。ブロックチェーン分析企業チェイナリシス(Chainalysis)の調査では、ベトナムは暗号資産の採用率で常に世界トップクラスにランクインしている。
その中でもステーブルコイン、特にUSDTの利用は極めて活発である。ベトナムの一般市民にとって、USDTは米ドルへのアクセス手段であると同時に、インフレヘッジや海外送金の代替手段として機能している。もし利回り付きステーブルコインが本格的に普及すれば、ベトナム国内の銀行預金からも資金が流出する可能性は否定できない。
ベトナムでは2025年時点で銀行の普通預金金利は年率4〜6%程度と、先進国に比べれば高水準にある。しかし、利回り付きステーブルコインがそれに匹敵するリターンを米ドル建てで提供するとなれば、ドン建て資産からドル建てのステーブルコインへの資金シフトが加速する恐れがある。これはベトナムドンの為替レートや国内金融政策にも影響を及ぼしかねない。
ベトナム当局の対応と規制の行方
ベトナム政府は暗号資産に関する法整備を進めている最中である。2025年にはデジタル資産に関する法的枠組みの策定が指示されており、ステーブルコインを含む暗号資産の規制ルールが今後数年で整備される見通しだ。金融テクノロジー(フィンテック)の急速な発展を踏まえ、イノベーションを取り込みつつも金融システムの安定を守るというバランスが、ベトナム当局にも求められている。
投資家・ビジネス視点の考察
今回の米銀行業界によるステーブルコイン警戒の動きは、以下の観点からベトナム市場の投資家にとっても注目に値する。
■ ベトナム銀行セクターへの影響
ベトナムの上場銀行(VCB:ベトコムバンク、BID:BIDV、TCB:テクコムバンクなど)にとって、預金は収益の根幹をなす。ステーブルコインへの資金流出が本格化すれば、預金獲得競争の激化や調達コストの上昇につながる可能性がある。ただし、短期的にはベトナムの暗号資産規制がまだ未整備であるため、直ちに大きな預金流出が起きるシナリオは限定的だ。中長期的なリスク要因として注視すべきである。
■ フィンテック・ブロックチェーン関連企業への追い風
一方で、ベトナムのフィンテック企業やブロックチェーンスタートアップにとっては追い風となる可能性もある。ステーブルコインの規制整備が進めば、合法的なデジタル金融サービスの市場が拡大し、新たなビジネス機会が生まれる。FPTグループ(ベトナム最大手IT企業)のようなテクノロジー企業がブロックチェーン関連事業を拡大する動きも注目される。
■ FTSE新興市場指数への格上げとの関連
ベトナムは2026年9月にFTSE新興市場指数への格上げが決定される見込みであるが、その判断基準には金融市場の透明性や規制環境の整備度合いも含まれる。暗号資産・ステーブルコインに関する明確な法的枠組みの構築は、国際投資家からの信頼向上にもつながり、格上げにプラスに作用する可能性がある。
■ 日本企業への示唆
ベトナムに進出している日本企業、特に金融・決済分野で事業展開を検討している企業にとって、ステーブルコイン規制の行方は事業戦略に直結する。SBIホールディングスや三菱UFJフィナンシャル・グループなど、すでに東南アジアでデジタル金融事業を展開する日系企業は、ベトナムの規制動向を注視していると見られる。また、国際送金コストの低減という観点からも、日越間のビジネスにステーブルコインが活用される将来像は十分にあり得る。
総じて、ステーブルコインの台頭は「銀行 vs テクノロジー」という単純な構図にとどまらず、通貨政策、金融規制、国際資本移動といったマクロ経済の根幹に関わるテーマである。ベトナム市場に投資する日本人投資家にとっても、銀行セクターのバリュエーションを評価する上で、この新たなリスク要因を織り込んでおくことが重要だ。
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