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ベトナムで中秋節(旧暦8月15日に祝われる、日本の中秋の名月に相当する伝統行事)の主役である月餅(バインチュントゥー)を巡り、あるメーカーが自社の原価を公開した上で消費者への直接販売に踏み切り、流通業者が上乗せしてきた差額(マージン)の妥当性に疑問を投げかけるという出来事が起きた。この一件はベトナムの消費財市場全体を巻き込む大きな論争へと発展しており、メーカーと流通業者の間に横たわる「終わりなき利益の綱引き」の構図が改めて浮き�彫りになっている。
発端となった月餅メーカーの「価格暴露」
今回話題となっているのは、中秋節の風物詩である月餅を製造するあるメーカーが、自社製品の製造原価を公にした上で、これまで流通を担ってきた業者を介さずに消費者へ直接販売を開始したという動きである。同社は、流通業者が最終消費者向けの販売価格に大幅な上乗せを行っている実態を指摘し、「そのマージンは果たして誰のためのものなのか」という問いを投げかけた形だ。
ベトナムでは中秋節シーズンになると、街中に月餅の特設売り場や移動式の屋台が一斉に立ち並び、各メーカーが競うように販売攻勢をかけるのが毎年恒例の光景となっている。月餅市場は一年のうちのごく短い期間に販売が集中する季節商材であり、メーカーにとっては生産計画から流通網の確保まで、限られた期間で最大の利益を上げるための戦略が問われる分野である。今回、あるメーカーがその流通構造そのものに公然と異議を唱えたことで、業界内外から大きな反響を呼んでいる。
メーカーと流通業者の「せめぎ合い」は今に始まった話ではない
元記事が指摘する通り、経済的な観点から見れば、メーカー(生産者)と流通業者(ディストリビューター)の間で利益配分を巡る綱引きが生じること自体は、決して目新しい現象ではない。むしろ、あらゆる消費財市場において構造的に内在する対立軸であり、ベトナムに限らず世界中の小売・流通業界で繰り返されてきたテーマである。
流通業者は、商品をメーカーから仕入れ、倉庫保管、配送、店舗への陳列、販売員の確保、さらには売れ残りリスクの負担といった一連の機能を担う対価としてマージンを得ている。特に月餅のような季節性の強い商品では、売れ残った場合の廃棄リスクや値引き販売による損失を流通業者側が引き受けるケースも多く、その分がマージンに上乗せされているという見方もできる。一方で、メーカー側から見れば、自社が心血を注いで製造した商品に対し、流通段階で付加価値以上の利益が中間搾取的に上乗せされていると感じる場面も少なくない。
消費者にとっての「価格の透明性」という論点
今回の騒動が消費者の関心を強く引きつけている背景には、「自分たちが払っている代金のうち、どれだけがメーカーの取り分で、どれだけが流通業者の取り分なのか」という素朴な疑問がある。ベトナムでは近年、SNS(交流サイト)の普及によって、こうした価格構造に関する情報が瞬時に拡散し、消費者の「知る権利」への意識が急速に高まっている。今回のメーカーによる原価公開と直販の動きも、こうした消費者意識の変化を敏感に捉えた戦略的な一手と見ることができるだろう。
直販モデルの拡大とEC化の波
今回のケースは単なる一企業の販売戦略の話にとどまらず、ベトナムの小売・流通業界全体で進行している「中間流通の中抜き(ディスインターミディエーション)」というより大きな潮流の一断面として捉えることができる。近年、ベトナムでは電子商取引(EC)プラットフォームやライブコマース(ライブ配信を通じた販売)の急速な普及により、メーカーが流通業者を介さずに消費者と直接つながる手段が格段に増えている。ザロ(Zalo、ベトナムで圧倒的なシェアを持つメッセージアプリ)やフェイスブック、ティックトックショップといったプラットフォームを通じた直販は、都市部の若年層を中心に急速に浸透しており、伝統的な問屋・小売の多段階流通モデルに構造的な変化を迫っている。
投資家・ビジネス視点の考察
この一件は、一見すると中秋節という季節行事にまつわる小さな話題に見えるが、ベトナム市場に投資する立場や、ベトナムでビジネスを展開する日本企業にとっては看過できない示唆を含んでいる。
第一に、ベトナムの消費財・食品セクターに投資する際、流通チャネルの構造とマージン配分がその企業の収益性を大きく左右する要因であるという点が改めて浮き彫りになった。ベトナム証券市場に上場する食品・消費財関連企業の中には、伝統的な卸・小売網(GT:ゼネラルトレード)への依存度が高い企業も多く、こうした企業は今後、直販チャネルやモダントレード(近代的小売、MT)、EC販売への転換をどう進めるかが収益構造改善の鍵を握る。逆に言えば、直販・EC化を先んじて進める企業は、流通マージンを自社の利益として取り込める可能性があり、中長期的な収益性改善が期待できるという観点から注目に値する。
第二に、日本からベトナムに進出する食品メーカーや消費財メーカーにとっても、この論争は他人事ではない。ベトナムの流通構造は依然として伝統的な問屋・パパママショップ(家族経営の小規模小売店)が大きな比重を占める一方、都市部を中心にコンビニエンスストアやスーパーマーケットといった近代的小売、そしてECの存在感が急速に拡大している。日本企業がベトナム市場に参入する際は、どの流通チャネルにどの程度依存するか、そしてマージン構造をどう設計するかが、価格競争力とブランドイメージの両面で極めて重要な経営判断となる。
第三に、こうした消費者の「価格透明性」への意識の高まりは、ベトナムの中間層拡大とデジタル化の進展という、より大きな経済トレンドの表れでもある。ベトナムは2026年9月に予定されているFTSE新興市場指数への格上げ決定を控え、海外投資家からの資金流入拡大が期待される局面にある。消費財・小売セクターはこうした資金流入の恩恵を受けやすい分野の一つであり、今回のような流通構造を巡る議論は、投資家がベトナム企業のガバナンスやビジネスモデルの透明性を評価する上での判断材料の一つになり得るだろう。
最後に、ベトナム経済全体の文脈で見れば、この一件は「生産者と流通業者のパワーバランスの変化」という、より普遍的なテーマの表出である。EC化、デジタル決済の普及、そして消費者の情報リテラシー向上が同時進行するベトナム市場では、今後も同様の「メーカー対流通業者」の摩擦が様々な業種で表面化してくることが予想される。投資家としては、こうした構造変化にいち早く適応し、直販モデルやオムニチャネル戦略(実店舗とオンラインを融合させた販売戦略)を構築できる企業を見極めることが、今後のベトナム消費財セクター投資における重要な視点となるだろう。
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