ノイバイ空港を利用するたび、ベトナム航空の機体を目にします。金色のロータス(蓮)をモチーフにした美しいロゴが印象的で、ベトナムの空の玄関口を担う国営航空会社としての存在感があります。
ただし、正直に言うと、この会社の業績は厳しい状況にあります。財務データを見ると、2022年と2023年は大幅な赤字が続いており、航空業界特有の構造的な課題を抱えていることが分かります。
ベトナム航空は1993年に設立され、2014年9月に株式会社化、2019年5月にホーチミン証券取引所に上場した全日空ANAが出資のベトナムのフラッグキャリアです。旅客運送、貨物運送、機内販売を主力事業として展開しています。
現在の株価は37,600VND、時価総額は約833億VNDという規模で、これは日本円換算で約3,700億円程度になります。外国人保有率は9%と比較的低く、政府が86.34%を保有する国営企業色が強い企業です。ベトナム航空(HVN)企業分析レポート – 2025年8月版
基本情報
会社名: TONG CONG TY HANG KHONG VIET NAM (VN)
英語名: VIETNAM AIRLINES (EN)
証券コード: HVN
設立日: 1993年
株式会社化: 2014年9月
上場日: 2019年5月7日
所在地: 200 Nguyen Son Str., Bo De Ward, Ha Noi
電話: (84-24) 3827 2289
FAX: (84-24) 3872 2375
URL: http://www.vietnamairlines.com
Email: telesales@vietnamairlines.com
株式情報(2025年7月15日現在)
資本金: 22,143,941,740,000 VND
流通株式数: 2,214,394,174 株
株価(終値): 37,600 VND
時価総額: 83,261,220,942,400 VND
外国人保有率: 9.00%(2025年7月15日現在)
財務データ(単位:100万VND、期末時点の株価のみ1,000VND)
損益計算書データ
年度 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025/Q1 |
---|---|---|---|---|
流動資産 | 12,329,950 | 14,884,283 | 17,337,695 | 19,408,183 |
非流動資産 | 48,306,237 | 42,832,648 | 40,848,919 | 40,430,132 |
資産の部 | 60,636,187 | 57,716,931 | 58,186,614 | 59,838,315 |
負債の部 | 71,691,812 | 74,742,857 | 67,530,857 | 65,692,558 |
資本の部 | -11,055,625 | -17,025,926 | -9,344,243 | -5,854,243 |
売上高 | 70,410,221 | 91,539,865 | 105,941,972 | 30,559,973 |
営業利益 | -7,840,326 | -2,587,318 | 6,813,325 | 4,144,657 |
税引前利益 | -10,943,484 | -5,362,609 | 8,415,642 | 3,628,600 |
税引後利益 | -11,223,015 | -5,631,748 | 7,957,563 | 3,486,018 |
期末時点の株価 | 13.90 | 12.25 | 28.65 | 28.90 |
各種財務指標
指標 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025/Q1 |
---|---|---|---|---|
ROA(総資産利益率)% | N/A | N/A | 13.73 | 5.91 |
ROE(株主資本利益率)% | N/A | N/A | -60.35 | N/A |
BPS(1株あたり純資産)VND | -4,993 | -7,689 | -4,220 | -2,644 |
PBR(株価純資産倍率)倍 | -2.78 | -1.59 | -6.79 | -10.93 |
EPS(1株あたり利益)VND | N/A | N/A | N/A | 1,536 |
PER(株価収益率)倍 | N/A | N/A | N/A | – |
NPM(税引後利益率)% | N/A | N/A | 7.51 | 11.41 |
配当(VND) | 0 | 0 | 0 | – |
配当利回り(%) | 0.00 | 0.00 | 0.00 | – |
資本の変遷
時点 | 資本金(100万VND) |
---|---|
2016年7月 | 12,275,338 |
2018年12月 | 14,182,908 |
2021年11月 | 22,143,942 |
大株主構成(2025年6月19日現在)
株主分類 | 保有株式数(株) | 保有率(%) |
---|---|---|
政府 | 1,911,856,371 | 86.34 |
国内 | 103,242,327 | 4.66 |
海外 | 199,295,476 | 9.00 |
金庫株 | なし | なし |
5%以上を保有する株主(2025年6月2日現在)
株主名 | 保有株式数(株) | 保有率(%) |
---|---|---|
企業における国家資本管理委員会(CMSC) | 1,222,368,291 | 55.20 |
国家資本投資経営総公社(SCIC) | 689,488,080 | 31.14 |
全日空ANA | 124,438,698 | 5.62 |
子会社・関連会社(2024年12月31日現在・保有率上位5社)
会社名 | 資本金(10億VND) | 保有率(%) |
---|---|---|
ベトナム航空エンジニアリング(VAECO) | 1,093 | 100.00 |
ベトナム航空燃料(SKYPEC) | 800 | 100.00 |
ベトナム空港グランドサービス(VIAGS) | 250 | 100.00 |
ベトナム航空ケータリング(VACS) | 85 | 100.00 |
パシフィック航空(PA) | 3,522 | 98.84 |
事業内容
企業概要・業界地位
- 2006年に国際航空運送協会(IATA)に正式加盟
- 2010年に東南アジア地域の航空会社として初めてスカイチーム(SkyTeam)に加盟
- 英国航空サービスリサーチ会社のスカイトラックス(Skytrax)より、4つ星エアラインに認定
- 格安航空会社(LCC)パシフィック航空(Pacific Airlines=PA)、小型機によるチャーター便に特化するベトナムエアサービス社(VASCO)を子会社として傘下に置いている
運航体制・設備
運航機材数(2024年): 103機
- ターボプロップ双発旅客機(ATR72-500): 6機
- ナローボディ機(A320neo、A321neo、A321ceo): 66機
- ワイドボディ機(A350-900、B787-9、B787-10): 31機
就航路線数(2024年): 96路線(国内: 39路線、海外: 57路線)
運航実績(2024年):
- 運航便数: 14万2400便
- 輸送旅客数: 2310万人
- 輸送貨物量: 31万3100t
定時運航率(OTP)(2024年): 定時出発率: 83.4%、定時到着率: 81.9%
売上高構成比(2024年)
- 旅客輸送: 69%
- 貨物輸送: 7%
- チャーター便による輸送: 2%
- 販売: 16%
- 輸送関連サービス: 4%
- その他: 2%
国際連携・認証
- 22社の海外航空会社と共同運航(コードシェア)で提携(2024年)
- 2024年5月、シンガポール発ハノイ行きVN660便で持続可能な航空燃料(SAF)を使用した旅客便運航に国内航空会社として初めて成功
- 2024年6月、国際航空運送協会(IATA)による二酸化炭素(CO2)排出量測定プロジェクト「CO2コネクト(CO2 Connect)」への参加合意書に署名。このプロジェクトに参加するベトナムの航空会社は初めて
事業戦略・投資計画
2025年事業計画
業績目標
- 旅客輸送量は前年比+11.6%増の2540万人
- 貨物輸送量は同+11.5%増の34万6000t
- 売上高は同+3.5%増の119兆7150億VND
- 税引前利益は同▲34.0%減の5兆5540億VNDとなる見通し
資本政策
- 2025年に新株発行を行い、資本金を+9兆VND増加させる計画
- 財務状況の強化、政府所有比率の軽減を目的としている
- この増資は+22兆VND増資計画の一環で、7~12月中に完了する見込み、2回目の増資は2026年に実施される予定
機材投資計画
ナローボディ機50機の購入計画
- 投資総額: 36億USD
- 予定機種: エンジン10基を含むボーイング737MAX型機またはエアバスA320neo型機のナローボディ機50機を購入
- これらの航空機は、2030年に14機、2031年に18機、残りの18機は2032年に引き渡される計画
新事業展開
貨物輸送専用の航空会社設立
- 貨物輸送専用の航空会社を設立するため、エアバスA321型機を貨物専用機に改造する計画、初号機は2025年10~12月中に運航を開始する予定
- 東南部地方ドンナイ省で建設中のロンタン国際空港や北部紅河デルタ地方バクニン省ザービン部で建設中のザービン国際空港などの主要空港に物流センターを設置する計画
ESG・持続可能性戦略
- ESG(環境・社会・ガバナンス)戦略を推進し、炭素排出量の削減や持続可能な航空燃料(SAF)の利用を目指している
デジタル化戦略
- デジタル航空会社化を目指す
- 2024年3月、ベトナム郵電通信グループ(Vietnam Posts and Telecommunications Group=VNPT)との間で、機内インターネット接続サービス(InFlight Connectivity=IFC)の導入に関する覚書を締結、2025年中に米国・欧州行きの国際線と一部の国内線でIFCサービスを導入、残りの路線についても、2026年以降順次導入
- 2024年6月、スペインのアマデウスITグループ(Amadeus IT Group)との間で旅客サービスシステム(PSS)の導入に関する提携契約を締結、業務効率の強化、顧客体験の向上を目指す
- 2025年5月、ベトナムIT最大手FPT情報通信[FPT](FPT Corporation)との間で包括的な戦略的協力に関する覚書を締結。今回の提携を通じて双方は、デジタル変革の推進、運営効率と顧客体験の向上を目指す
市場拡大戦略
中国市場への注力
- 中国の簡易飛航(COMAC)が製造する旅客機「C919」の購入を検討
- 古い航空機の売却、機材のセール&リースバックを行うほか、新機発注や社債発行による資本再編を実施し、複数の金下企業から出資金を引き当てる
- その一環として、子会社のパシフィック航空からの出資金引き揚げを進めている
- 2024年11月、中国の旅行会社Guangzhou YuanzhiLV Technologyとの間で観光促進に関する提携覚書を締結、双方は同観光促進プログラムを通じて2024~2030年の6年間にベトナムを訪れる中国人観光客数を約30万人とすることを目指す
投資のポイント・リスク要因
強み
- ベトナムのフラッグキャリアとしての地位
- スカイチーム加盟による国際的ネットワーク
- 全日空ANAとの資本・業務提携
- 多様な機材構成(ATR、A320、A350、B787)
- 国内外96路線のネットワーク
- 貨物事業の成長可能性
リスク要因
- 深刻な財務状況(債務超過状態)
- 燃料価格変動リスク
- 為替変動リスク(USD建て負債)
- 競合激化(LCC、他国航空会社との競争)
- 規制環境の変化
- パンデミック等の外部ショック
- 老朽化機材の更新コスト
財務リスクの詳細分析
- 2025年Q1時点で債務超過約58億VND
- 2022年、2023年は大幅赤字
- 2024年にようやく黒字転換したものの、財務基盤は脆弱
- 大規模な資本注入(22兆VND)が計画されているが、実行可能性に懸念
投資判断のポイント
- 政府による資本注入の実現度
- 2025年業績目標の達成度
- 機材更新計画の進捗
- 貨物専用航空会社の収益貢献
- 中国市場開拓の成果
- デジタル化投資の効果
まとめ
このベトナム航空の分析を通じて、率直に言わざるを得ないのは、投資対象としては極めてリスクが高いということです。財務データを見ると、現実は厳しい状況にあります。
2025年第1四半期時点で約58億VNDの債務超過状態が続いています。つまり、負債が資産を上回っている状況です。これは企業の財務健全性において最も深刻な状態の一つです。
2022年は112億VND、2023年は56億VNDの大幅な赤字を計上し、2024年にようやく80億VNDの黒字に転換しましたが、これで財務問題が解決したわけではありません。依然として債務超過状態から脱却できていないのが現実です。
政府が22兆VNDの大規模資本注入を計画していますが、これは現在の時価総額833億VNDの約26倍に相当する巨額です。この計画が実行されれば既存株主の持分は大幅に希薄化される可能性があります。
航空業界特有の構造的課題も深刻です。燃料費の高騰、為替変動リスク、機材更新に伴う巨額投資、競合他社との激しい価格競争など、収益性を確保するのが困難な要素が多数存在します。
現地でベトナム航空を利用した経験から言えば、サービス品質や安全性に大きな問題があるわけではありません。スカイチーム加盟や4つ星認定など、一定の評価も得ています。しかし、それが財務改善に直結しているとは言い難い状況です。
2025年の業績目標でも、売上高は微増の3.5%増に留まる一方、税引前利益は34%減少する見通しです。これは厳しい事業環境を反映したものでしょう。
投資判断としては、現在の財務状況と業界環境を考慮すると、リスク許容度の高い投資家でも慎重にならざるを得ない銘柄だと考えます。政府による救済が前提となっている企業への投資は、本来的には投機的な性格が強いものです。
ベトナム経済の成長や観光業の回復は確実に追い風になりますが、それだけで構造的な財務問題が解決するかは疑問です。より健全な財務基盤を持つ他の投資選択肢を検討する方が賢明かもしれません。
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