ハノイのホアンキエム湖近くを歩いていると、BIDV本社ビルの存在感に圧倒されます。ベトナムの金融街の中心部に堂々と構える姿は、まさに国営銀行としての威厳を感じさせます。現地の人たちからは「最も信頼できる銀行」として認識されており、給与振込や住宅ローンでBIDVを選ぶ人が多いのも納得です。
ベトナム投資開発銀行(BIDV)は1957年4月26日に設立され、2012年4月に株式会社化、2014年1月にホーチミン証券取引所に上場した元4大国営銀行の1行で、最も歴史のあるベトナムの銀行です。銀行サービス(資金調達、貸付、国内及び国際決済、その他の金融サービス)、保険代理業、証券ブローカー、金融投資を主力事業としています。
現在の株価は38,100VND、時価総額は約2,675億VNDという規模で、これは日本円換算で約1兆2,000億円程度になります。外国人保有率は17%という水準で、政府が79.56%を保有する典型的な国営銀行です。ベトナム投資開発銀行(BID)企業分析レポート – 2025年8月版
基本情報
会社名: NGAN HANG TMCP DAU TU VA PHAT TRIEN VIET NAM (VN)
英語名: JOINT STOCK COMMERCIAL BANK FOR INVESTMENT AND DEVELOPMENT OF VIETNAM (EN)
証券コード: BID
設立日: 1957年4月26日
株式会社化: 2012年4月27日
上場日: 2014年1月24日
所在地: BIDV Building, 194 Tran Quang Khai Str., Ly Thai To Ward, Hoan Kiem Dist., Ha Noi
電話: (84-24) 2220 5544
FAX: (84-24) 2220 0399
URL: http://www.bidv.com.vn
Email: nhadautu@bidv.com.vn
株式情報(2025年7月15日現在)
資本金: 70,213,619,170,000 VND
流通株式数: 7,021,361,917 株
株価(終値): 38,100 VND
時価総額: 267,513,889,038,000 VND
外国人保有率: 17.00%(2025年7月15日現在)
財務データ(単位:10億VND、期末時点の株価のみ1,000VND)
損益計算書データ
年度 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025/Q1 | 2025予想 |
---|---|---|---|---|---|
資産の部 | 2,120,609 | 2,300,869 | 2,760,792 | 2,856,111 | N/A |
預金 | 1,473,598 | 1,704,690 | 1,953,165 | 1,976,946 | N/A |
貸付金 | 1,483,996 | 1,737,196 | 2,018,044 | 2,068,679 | N/A |
資本の部 | 104,190 | 122,867 | 144,911 | 155,906 | N/A |
業務利益 | 69,582 | 72,103 | 81,061 | 17,898 | N/A |
(うち:利息関連収支) | 56,070 | 56,136 | 58,008 | 13,946 | N/A |
経常利益(引当金繰入前) | 47,025 | 47,932 | 53,094 | 11,992 | N/A |
税引前利益 | 23,009 | 27,589 | 31,985 | 7,413 | 32,160 |
税引後利益 | 18,420 | 21,977 | 25,604 | 5,955 | 26,102 |
期末時点の株価 | 38.60 | 43.40 | 37.55 | 38.75 | 42.30 |
各種財務指標
指標 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025/Q1 | 2025予想 |
---|---|---|---|---|---|
ROA(総資産利益率)% | 0.95 | 0.99 | 1.01 | 0.21 | N/A |
ROE(株主資本利益率)% | 19.34 | 19.36 | 19.12 | 3.96 | N/A |
LDR(預貸率)% | 100.71 | 101.91 | 103.32 | 104.64 | N/A |
総資産に占める貸付金の割合(%) | 69.98 | 75.50 | 73.10 | 72.43 | N/A |
総資産に占める預金の割合(%) | 69.49 | 74.09 | 70.75 | 69.22 | N/A |
EPS(1株あたり利益)VND | 3,125 | 3,314 | 3,204 | N/A | 3,507 |
PER(株価収益率)倍 | 12.35 | 13.10 | 11.72 | N/A | 12.06 |
NPM(税引後利益率)% | 26.47 | 30.48 | 31.59 | 33.27 | N/A |
CAR(自己資本比率)% | 8.80 | 9.18 | >9.00 | N/A | N/A |
NPL(不良債権比率)% | 1.19 | 1.29 | 1.44 | 1.93 | N/A |
配当(VND) | 0 | 0 | 0 | N/A | N/A |
配当利回り(%) | 0.00 | 0.00 | 0.00 | N/A | N/A |
資本の変遷
時点 | 資本金(10億VND) |
---|---|
2023年12月 | 57,004 |
2024年12月 | 68,975 |
2025年2月 | 70,214 |
大株主構成(2025年6月19日現在)
株主分類 | 保有株式数(株) | 保有率(%) |
---|---|---|
政府 | 5,586,154,083 | 79.56 |
国内 | 241,576,308 | 3.44 |
海外 | 1,193,631,526 | 17.00 |
金庫株 | なし | なし |
5%以上を保有する株主(2025年5月4日現在)
株主名 | 保有株式数(株) | 保有率(%) |
---|---|---|
ベトナム国家銀行 | 5,586,154,083 | 79.56 |
KEB Hana Bank Co.,Ltd | 1,034,627,290 | 14.74 |
子会社・関連会社(2024年12月31日現在・保有率上位5社)
会社名 | 資本金(10億VND) | 保有率(%) |
---|---|---|
BIDVアセットマネジメント(BAMC) | 100 | 100.00 |
カンボジア投資開発銀行(BIDC) | 1億USD | 98.50 |
ラオベト合弁銀行(LVB) | 7億9136万LAK | 65.00 |
BIDV証券[BSI](BSC) | 2,028 | 51.97 |
BIDV保険[BIC] | 1,173 | 51.00 |
事業内容
企業概要・沿革
ベトナムにおいて大規模で最も歴史のある銀行の1行。前身は1957年に設立された財政金庫下のベトナム建設銀行。1981年にベトナム国家銀行(中央銀行)の傘下となり、ベトナム投資建設銀行に改称、さらに1990年にベトナム投資開発銀行に改称した。2011年に株式会社化した。
主要買収・統合案件
- 2015年5月、メコン住宅開発銀行(Mekong Housing Bank=MHB)を吸収合併
事業基盤・ネットワーク
- 全国63省・市に及ぶ店舗網(本店1か所、支店187か所、出張所930か所)を有し、海外支店1か所、海外駐在員事務所4か所を展開(2025年3月末)
- カンボジアとラオスに子銀行がそれぞれ1行(2025年3月末)
戦略的提携
韓国KEB Hana Bankとの提携
- 2019年10月、韓国のKEBハナ銀行(KEB Hana Bank)が資本参加。戦略的パートナーシップ契約のもとで、同行からの支援を受けている
- 2019年12月、デジタルバンキングセンターを開設。国内大手銀行の中でいち早く、銀行業務における情報技術アプリケーションの開発を専門とするデジタルバンキングセンターを設置
技術革新・デジタル化
ICチップ付き身分証明書(IDカード)ATMサービス
- 2022年5月、公安省傘下の社会秩序行政管理警察局(C06)と協力し、ICチップ付き身分証明書(IDカード)によるATMサービスを試験的に開始した。国内では初の試みとなっている
グリーンボンド発行
- 2023年10月、グリーンボンドの発行を開始した。国内でグリーンボンドを発行したのはBIDが初めて
- 2024年9月、国際資本市場協会(International Capital Market Association=ICMA)によるサステナビリティボンドガイドラインを満たしたサステナビリティボンドを発行した。ベトナム国内でサステナビリティボンドが発行されたのはこれが初めて
FPTとの戦略的提携
- 2024年10月、ベトナムIT最大手FPT情報通信[FPT](FPT Corporation)傘下のFPT情報システム(FPT IS)との間で、国内初となる輸出入向けデジタルエコシステムプラットフォーム「TradeFirst」のサービス・ソリューション提携覚書を締結
- 船舶輸送、税関、保険、物流に至るまでの様々なサービスを統合した輸出入分野向けのデジタルエコシステムを構築する
事業戦略・投資計画
2025年事業計画
業績目標
- 利益目標は未定:世界的な貿易摩擦が続く中、BIDは今後の明税政策の決定を見極めた上で、具体的な数値を提示する構え
- 2025年末時点の貸付成長率は前年末比+16%、不良債権比率は1.4%未満となる見込み
リスク管理・米中関係対応
米国の関税強化措置への対応
- 米国の関税強化措置により、輸出関連企業の経営が圧迫されるリスクが高まっており、これに伴い銀行の信用コスト上昇可能性がある。BIDはこうしたリスクに備え、2025年は信用コストの管理により注意を要すると予想される
融資戦略・重点分野
影響を受ける顧客の融資残高
- 約30兆VNDと推定され、同行の貸付金残高全体の約15%を占める
- 対象業種は鉄鋼、プラスチック、機械、水産、皮革・履物、繊維、物流、工業団地向け不動産などと多岐にわたる
資本政策・増資計画
段階的資本増強計画
- 資本金倍増を活用して約4億9850万株の新株を発行するほか、2023年の利益剰余金を原資とする株式配当として、約13億9730万株の新株発行も行う。さらに、第三者割当または公募増資を通じて、約2億6980万株を発行する計画
- 発行後の資本金は現在から+21兆6560億VND増加し、約91兆8700億VNDとなる見通し
- 調達資金は、中小企業や海外直接投資(FDI)企業への融資、グリーンファイナンス、リテール分野の強化、IT・デジタル投資などに充てられる
デジタル化戦略
デジタル資産取引への参入
- デジタル資産取引には慎重姿勢。同行は独自のデジタル資産取引所を設立する予定はないものの、関連政策の枠組み整備には積極的に関与してゆく方針
ネットゼロ戦略
2045年炭素中立目標
- 2045年までに投融資ポートフォリオの温室効果ガスの排出と吸収の均衡を追求しネットゼロ銀行になることを目指す
- 事業戦略の一環として、サステナビリティボンドや、グリーンボンド、グリーン資金を積極的に取り扱い、グリーン融資を継続的に推進している
プライベートバンキング事業
富裕層向けサービス強化
- 2023年11月、スイスの金融機関であるエドモンド・ドゥ・ロスチャイルドグループとの間で、プライベートバンキングサービスに関する戦略的提携契約を締結
- 同グループはBIDに対し、国際基準を満たしたプライベートバンキングサービスの提供能力向上をサポートする
- これにより、BIDは国内最大のプライベートバンキングサービスを提供する金融機関になることを目指す
- 双方はベトナムのハイエンド顧客向けに特化した投資商品や効果的かつ安全なサービスソリューションを開発する計画もある
外資規制緩和対応
海外投資家の保有比率拡大
- 海外投資家の保有比率を最大30%に引き上げ、政府保有率を65%まで引き下げる計画
投資のポイント・リスク要因
強み
- ベトナム最大・最古の銀行としての圧倒的地位
- 政府系銀行としての安定性(政府保有率79.56%)
- 全国規模のネットワーク(63省市・1,118拠点)
- 海外展開実績(カンボジア・ラオス子銀行)
- KEB Hana Bankとの戦略提携(14.74%出資)
- デジタル化への積極投資
- ESG・グリーン金融の先駆者
リスク要因
- 米中貿易摩擦の影響(輸出関連企業の信用リスク)
- 不良債権比率の上昇傾向(1.44%→1.93%)
- 預貸率の高さ(104.64%)による流動性リスク
- 金利変動リスク(利鞘への影響)
- 規制環境の変化(資本規制・外資規制)
- 競合激化(他大手銀行との競争)
投資判断のポイント
- 2025年の業績目標設定状況
- 米中貿易摩擦による信用コストへの影響度
- 大規模増資計画の実行状況
- 不良債権比率の推移
- デジタル化投資の成果
- プライベートバンキング事業の収益貢献
まとめ
このベトナム投資開発銀行(BID)の分析を通じて感じるのは、まさに「国営銀行らしい安定感と重厚さ」です。政府保有率79.56%という数字からも分かるように、事実上の国策銀行としての役割を担っています。
財務面で注目すべきは、預貸率が104.64%という高い水準にある点です。これは預金よりも貸出の方が多いことを意味し、流動性管理の観点からはやや気になる数値です。また、不良債権比率が2022年の1.19%から2025年Q1には1.93%まで上昇していることも、信用リスクの増加を示唆しています。
一方で、米中貿易摩擦の影響を受ける融資残高が全体の15%程度という数字は、リスクとしては管理可能な範囲内だと考えられます。BIDVの強みは、何といっても全国63省市にわたる1,118拠点というネットワークの広さです。これは他の民間銀行では真似できない規模です。
KEB Hana Bankからの14.74%出資と戦略提携も重要なポイントです。韓国の銀行業界のデジタル化ノウハウを取り入れることで、競争力強化が期待できます。
2045年ネットゼロ目標やグリーンボンド発行など、ESG分野での取り組みも先進的です。これは今後の国際的な資金調達や投資家からの評価において重要な要素になるでしょう。
約91兆8700億VNDという大規模な資本増強計画は野心的ですが、これが実行されれば資本基盤は大幅に強化されます。ただし、既存株主の持分希薄化は避けられないでしょう。
投資判断としては、安定性と成長性のバランスが取れた銘柄だと評価しています。派手さはありませんが、ベトナム経済の成長とともに着実に拡大していく典型的な国営企業です。配当が実施されていない点は残念ですが、将来的な復配期待は十分にあります。
リスク要因としては、やはり米中関係の悪化による輸出関連企業への影響が最も懸念されます。この点については今後の動向を注意深く監視する必要があります。
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